第六話 熱の行方
一度気持ちを開放した所為か、緊張感が和らいだ。そしたら妙に安心して、今までわからなかった事を感じる余裕が出来た。
ぎゅっと抱き締められた体に、祥太君の鼓動が伝わってくる。それはとても力強くて速い鼓動で、ああ祥太君もドキドキしてくれてるんだと思うと、なんだか嬉しかった。
祥太君は再び唇を重ねると、私をそっとベッドに寝かせた。そして自分の体を下にずらして、唇を私の首筋に這わした。
そんな所にキスされるなんて初めてで、カアッと顔が熱くなった。しかもその感触がくすぐったい様なそうでない様な、今まで感じた事のないもので…。もしかしたらこれが“気持ちいい”って事なのかな。祥太君の唇の柔らかさを感じながら、私はぼんやりと考えていた。
首筋に触れていた唇はだんだんと下って行き、それはやがて私の胸へと到達した。いつの間にか彼の両手もそこにあり、胸を優しく包んでいる。まるで遊ぶかの様に谷間や膨らみにキスをしていた唇は、既に胸の天辺近くにあって、そこをそっと指で触れた後、優しくちゅっと吸い付いた。
その瞬間、私の体はぴくりと揺れて、聞いた事のない声が口から漏れた。初めて聞くその声にびっくりして恥ずかしくて、両手で顔を覆う私に、祥太君は
「気持ちいいの?」
と、意地悪な質問を投げ掛けた。
例えそうだったとしても、恥ずかしくてそんな事言えない…!もう既にいっぱいいっぱいなのに。
でも祥太君はそんな私を許してはくれず
「…教えてよ。」
と更に私に問い掛けた。
「教えてくれないと、わからない。」
それは純粋な疑問なのか、それとも意地悪で言っているのか。彼の顔すら見れない私には、祥太君の気持ちが判断出来ない。けれど、言わないとわからないって、確かにそれはそうかもしれない…。
言葉にする事はどうしても出来なくて、私は両手で顔を覆ったまま、小さくコクリと頷いた。それが精一杯だった。お願いだからこれで許して欲しい…!
「ねえ、顔見せて。」
祥太君が私の手を優しく掴んだ。抵抗しようと思ったけど何故か出来ず、手は簡単に外された。自分の顔が真っ赤なのが嫌でもわかる。恥ずかしくて目が開けられない。
ふっと祥太君が笑った様な気がした。何故?って思って、確認する為に少しだけ目を開けると、祥太君は鋭い視線を私に向けて
「沙和、すげえ可愛い…。」
と口角を上げた。
今までそんな事一度も言った事なかったのに、何で今この状況で言うの?!しかもそんな意地悪そうな目をして…。普段だったら“可愛い”と言われたら嬉しいけど、今はそんな事言われても恥ずかしいだけだよ…!
「もう…!そういう事言わないでよ…!」
私は赤い顔のまま、涙目で祥太君を睨んだ。
「祥太君…今日意地悪だよ。」
「何で?意地悪なんてしてないじゃん。」
「意地悪だよ。恥ずかしい事いっぱい言うし…。」
「恥ずかしい事って?」
「……全部!」
祥太君は私の答えを聞くと、困った様に目を泳がせた。私にしてみたら意地悪な質問だったけど、祥太君はそんなつもりじゃなかったのかな…?
「…わかった。」
暫く無言でいた祥太君がぽつりと呟いた。
「じゃあ…もう言わない。」
「本当に?」
それを聞いてほっとしたけど、また彼の機嫌が悪くなっていないかと心配になり、私はじっと祥太君の顔を見つめた。すると祥太君も私を見つめ返してきて
「…でもその代わり、正直に声、聞かせて。沙和が気持ちいいのかどうか、それで判断するから。」
と、再び胸に唇を当てた。
戸惑う暇もないうちに与えられた気持ち良さに、自然とため息に似た声が漏れた。恥ずかしくて声を抑えようとしたけれど、『正直に聞かせて』と言われた手前そういう訳にもいかず、私は口元に当てていた手を迷いながら外して、かわりに祥太君の腕に触れた。
体がどんどん熱くなって、頭の中がクラクラしてくる。祥太君の熱い息を感じる度に、私の口から吐息が漏れる。
暫くそんな状態に翻弄されていると、モゾモゾする様な熱が下半身に宿った。ショーツの中が少し気持ち悪い。
そこがどんな状態になっているのか…確認しなくても何となくわかった。性的な興奮を感じると女の人はそうなるって聞いてたけど、私の体もそんな風になるんだ…。
かあっと顔を熱くした瞬間、祥太君の手がショーツの中に伸びた。そしてさっき私が痛みに似た刺激を感じた場所を、そっと指で撫でた。
ビクンッと体が跳ねた。でもそれは痛いからじゃなかった。ヌルリと触れる祥太君の指が、胸とは違う気持ち良さを私に与えた。
「や…っ…、駄目…!」
どうにかなってしまいそうで、私は思わずそう言って、彼の手を押し退けようとした。すると祥太君はピタリと動きを止めて
「…痛い?」
と心配そうに私の顔を見た。
「…ううん…痛くは、ない。けど……。」
「けど?」
「何か変なの…。だから…。」
うまく言葉に出来なかった。何を言ってもいやらしく聞こえる様な気がして。
すると祥太君はふっと笑い、今まで触れていた場所より少し下に指を進め
「ねえ、わかる?」
と私を見た。
「な、何が…?」
「ここ…凄いよ。沙和もこんな風になるんだ。」
恥ずかしくて泣きたい気持ちになりながら、私は祥太君を睨み付けた。
「…そういう事言わないって、さっき言ったのに…!」
「ごめん。でも…嬉しくて。」
「……何が…?」
「だってこれ…沙和が俺で気持ち良くなってくれてるって証拠でしょ?」
そう言うと祥太君はショーツに手を掛けて、唯一私の体を隠していたそれを取り去った。そして私が駄目と言ったにも関わらず、同じ場所を繰り返しなぞったり、やがて彼のものが入るであろう場所に指を差し入れたりした。
その度に私は何も考えられなくなっていき――頭の中が真っ白になった。
暫くして、祥太君の手が私から離れた。薄らと目を開けて祥太を見ると、彼は苦しそうな顔をして
「ごめ……もう無理…。」
と大きく息を吐き、じっと私を見つめた。
「沙和…入れていい…?」
どくんっと心臓が鳴った。遂にその時が来たんだ。
嫌なんて言えなかった。ちょっと怖いけど、そうなる事を望んでいたから。
私は握った手を口元に当てて、小さくこくんと頷いた。そして私が頷いたのを確認してベッドから離れた祥太君の背中を、目でぼんやりと追い掛けた。
体から彼の手が離れた為か、熱が少し和らいだ。すると急に不安が襲ってきて、私はぎゅっと目を瞑った。
…やっぱり痛いのだろうか。それって、どれ位だろう。個人差があるって瑞穂は言ってたけど、でも彼女はどれ位痛かったのか聞いておけば良かった…。
ギシッとベッドが沈んで、祥太君がそこに腰を掛けた事がわかった。
どうしよう…きっと、もうすぐ来る……!
物凄い勢いの心臓の音を聞きながら、私は体を強ばらせその時を待った。でも何故か、祥太君はそこから動かなかった。
…どうしたのかな?
瞑っていた目を開けて祥太君が居るであろう方向を見ると、そこには、全く動かず俯き加減で座る彼の背中があった。
私がいる位置からでは祥太君の表情はわからない。勿論、どうして彼が俯いているのかという理由も。
ドキドキしながら背中に近付き
「…祥太君?」
と声を掛けると、それに反応して彼の肩がピクリと揺れた。でもその視線は私の方には向かず、やや下の方にひたすら向けられていた。
何を見ているのか不思議に思い彼の顔を覗き込むと、どうやらその視線は彼の手の方に注がれている様だった。
彼の下半身を見ないように慎重にそちらに視線を向けると、まずベッドに置かれている小さな四角いパッケージが目に入った。そこから更に視線を動かすと、彼の右の手のひらに、びろんと伸びた半透明の物体があるのが見えた。