第五話 同じように
祥太君の手が、いつの間にか私の服に触れていた。彼が何をしようとしているのか――その位私にもわかる。
教室で回し読みしているちょっとエッチなマンガでは、ほとんどが当たり前の様に男子に服を脱がされていた。でも一枚一枚脱がされていく緊張感に耐えられる気がしなくて、私は
「自分で脱ぐから…!」
と言って祥太君から離れた。
「…見ないでね。」
今から嫌でも全てを見せるというのに、思わずそんな事を口走る。でも祥太君は
「わかった。」
と頷き、私から目を逸らして背中を向けた。その優しさがちょっと嬉しい。
震える手で服を脱いでいると、どこまで脱げばいいのかという疑問が湧いた。…結局は裸になるんだから全部脱ぐべきなのかもしれない。でもせっかく可愛い下着を着けて来たし、始めから裸を見られるのは恥ずかしいし…。
そんな事をグルグル考えていると、後ろから
「…もういい?」
という祥太君の声が聞こえた。私は焦って下着だけを着けた格好でベッドに潜り込むと
「うん…。」
と言って祥太君に背中を向けた。
姿は見えないけど、祥太君が近付いて来るのがわかる。そして背中に触れた感触で、祥太君も服を脱いでいるという事も――。
「沙和。」
名前を呼ばれて、私は体を強ばらせながら祥太君の方に顔を向けた。すると祥太君は私に顔を近付け、再び唇を重ねた。
さっきよりも――ううん、今までした事のない長いキス。触れている唇から、肌から緊張がばれてしまいそうで恥ずかしい。
唇を離すと、祥太君は私を仰向けにして、じっと胸元を見つめた。これから起こる事に恐怖に似た気持ちを感じて、私はぎゅっと目を瞑った。
「あの…さ。」
その時、少し言いづらそうに祥太君が声を出した。
「…これも外して貰っていい?」
『これ』と言われた物が一体何なのか、一瞬私にはわからなかった。でも恐る恐る目を開けて祥太君を見ると、彼がさっきと同じ様に胸元を見ているのが目に映って、それが何なのかを理解した。
…これを外せば小さな胸が顕になってしまう。でも彼がそう言うのなら、外すべきなのかもしれない。…せっかく可愛い下着を着けて来たのに、あんまり意味なかったな…。
色んな感情を抱きながら、私は震える手でブラジャーを外した。顕になった胸が恥ずかしくて、思わず隠す様に腕を組む。でも祥太君に
「…見せて。」
と腕を掴まれ、私は戸惑いながらも言われるがままに腕を離した。
祥太君の手が私の胸に触れる。緊張して恥ずかしくて、私は再びぎゅっと目を瞑った。
何も考えられなかった。祥太君の手が私に触れている事はわかるけど、それよりも大きく鼓動する心臓が苦しくて…。
そういう所を触られたら、普通の女の子なら『気持ちいい』と思うのかもしれない。でも私にはそれがわからなかった。祥太君の手がそこにある――その事実しかわからなかった。
その時、胸を触っていた祥太君の手がショーツの中に伸びた。その瞬間、私は痛みに似た刺激を感じて、ビクッと体を震わせた。
それは今までに感じた事のない、体に電流が走った様な刺激。祥太君の指がそこに触れる度に、その刺激が繰り返される。
「嫌…!」
どうしても耐えられなくて、私は祥太君の体を押し退け、彼から逃れる様に体を丸めた。思わず取ってしまった自分の行動に気が付いて、祥太君の顔をはっと見ると、彼は一瞬驚いた顔をして、それから目を伏せて私に背中を向けた。
どうしよう…!
私は動揺しながら祥太君を見つめた。
もしかして、嫌われた…?
その真意はわからないけど、誤解された事はわかる。それを裏付ける様に祥太君が低い声で
「…嫌なら、最初から言えばいいのに…。」
と呟いた。
「違うの!」
彼の誤解を解きたくて、私は焦りながら大きな声を出した。
「そうじゃなくて、痛くて…。」
その時、瑞穂の声が頭を過った。『言葉は選んだ方がいいけど…』という声が。
何て言えば伝わるのか、私にはわからない。でもこれ以上祥太君に誤解される様な事は言えない…。
「…人の話を聞くとね、みんな胸とか…触られたら気持ちいいって言ってて…。でも私はそう思わなくて…。」
…こんなんじゃ駄目だ。これじゃあ祥太君が悪い様にも聞こえる。
どう言えばいいのかと思った時、何故かするりと言葉が出た。それは凄く正直な言葉――さっき私が感じた“不安”だった。
「…きっと私の体がおかしいの。だってみんな気持ちいいって言うのに私にはそれがわからなくて…。好きな人に触れられてるのに、こんなの絶対おかしいよ…!」
改めてそれを口にしたら感情的になっていまい、涙が溢れて流れ落ちた。
「だから、私が悪いの。嫌な気持ちにさせてごめんなさい…。」
祥太君が私の方に振り返った。きっと泣いている事に気付いたのだろう。でもこんな時に泣くなんて、私ってズルい。泣いて許してもらうなんて間違ってる…!
私は涙を拭うと、祥太君の目をじっと見た。祥太君も私の顔を見てくれている。…今なら誤解を解けるかもしれない。正直な気持ちを言えばきっと――。
「私、祥太君とするの嫌なんて思ってない。それどころか祥太君とならいいってずっと思ってた。…私の体、おかしいかもしれないけど…お願いだから止めないで…。」
祥太君の表情が少し変わった。そして今の言葉が嘘でない事を確認するかの様に、じっと私の目を見つめた。
「…本当に?」
彼の問い掛けに、私はコクリと頷いた。それでもまだ信じてもらえていない気がして、私はどうすればいいか考えた。そして思いついたそれは凄く恥ずかしい事だったけれど、それで祥太君が信用してくれるならするしかないと思い――私は初めて自分から、祥太君にキスをした。
唇を離すと、祥太君は驚いた様に私を見つめていた。その視線に自分が凄く大胆な事をした気になって、私は赤くなって俯いた。でも祥太君はまだ私を信じてくれていないかもしれない。そう思って、ドキドキしながら顔を上げて
「…まだ、疑ってる?」
と彼に問い掛けた。
「いや、そんな事はないけど…本当にいいの?」
『そんな事ない』と言いながら、まだちょっと疑ってるじゃん…。恥ずかしい事をした後で気が大きくなっていたのか、私は
「信じてない…。」
と上目遣いに祥太君を睨んで、唇を尖らせた。
「違うって。ただ…俺、沙和の気持ち考えずに突っ走っちゃったよなって…。」
「そんな事ないってば。私だって祥太君とならいいって思ってたって、さっき言ったでしょ?」
ふっと祥太君が笑った。彼が本当に信じてくれたみたいで、私はほっとした。でも祥太君は次の瞬間真面目な顔になって、そしてふっと顔を俯けた。仲直り出来たと思ったのに何故…?と不安になり祥太君を見つめると、彼はちょっと言いづらそうに
「あの、俺も…こういう事初めてで、正直どうしたらいいかわからなくて…。だから沙和の体がおかしいとか…そういうのはないと思う。気持ちよくさせられなくてごめん。」
と謝った。
「え…。」
思わぬ謝罪に、胸がドキドキと高鳴った。そしてとても嬉しくなった。
きっと私達同じだったんだ。二人共同じ様に不安な気持ちだったんだ。
「…だから、痛いとかあったら正直に言って。なるべくそうしない様に努力するけど…。」
「うん、分かった…!」
私は祥太君抱きつくと、再び自分からキスをした。