第一話 旅行の計画
「えー!マジ?」
明日香が目をキラキラさせながら、驚いたように声を上げた。その明日香の視線の先には、恥ずかしそうだけど嬉しそうに頬笑む瑞穂が座っていた。
久しぶりに三人で会う夏休みの一日。とりあえず何か食べようと入ったファーストフード店の一角で、瑞穂が話し始めたのは、彼氏である先輩と一緒に行くという旅行の予定だった。
「部活の合宿も兼ねて…って事になってるんだけど、行く人は全員恋人同士なの。一緒にマネージャーやってる利枝先輩とその彼氏の佐伯先輩、それから、佐伯先輩の親友の土屋先輩と私と同クラの彼女の美保ちゃん、それと中村先輩と私、計六人。」
「それ、親にバレたりしないの?」
「うん。うちの親、利枝先輩の事超信頼しててさ。利枝先輩が一緒なら大丈夫だろうって安心しきってる。」
「でも実際は、向こうに行ったら別行動になる訳でしょ?」
「勿論ずっとでは無いよ!一応合宿も兼ねてるんだし。でも、練習が終わったら…そうなるの、かな。」
頬を染めながらそう話す瑞穂の隣で、私はドキドキしながら二人の会話を聞いていた。
高校に入学してから正式に付き合い始めた瑞穂と中村先輩。学年が違うとあまり会えないからと、瑞穂は中村先輩が所属する陸上部のマネージャーになった。
付き合って今月で四ヶ月目の、話を聞くところでは凄く仲の良さそうな二人。
キスは付き合って一ヶ月でしたと聞いていた。そして今度は一緒に旅行に行くという。しかも一緒に行くのが全員恋人同士。…ってことは、その日はもしかしたら初めての……。
「しちゃう…んだよね?」
明日香が瑞穂に顔を近付けて、じっと瑞穂を見つめた。
「…やっぱり、そうなるのかなあ……?」
自分の事を聞かれたのに、瑞穂はなんとも言えない複雑な表情をしながら明日香に問い返した。
「部屋割りにもよるけど、でも一緒に行く人達は、もうそういう事経験済みなんでしょ?だったら絶対二人ずつに分かれるよ。」
「そうなのかな…?」
「絶対そうなるって!」
「そっか…。そうだよね。」
何故か瑞穂が不安そうな声を出す。その瑞穂の声を聞いて、明日香が
「嫌なの?」
と、再び瑞穂に問いかけた。
「嫌…じゃないよ。付き合ってもう四ヶ月だし、そういう雰囲気になったこともあるし。…それに、先輩だったらいいって思う。けどやっぱり、ちょっと怖い。」
いつも強気な瑞穂がそんな風に言うなんて、よっぽど不安なんだろう。それもそうかもしれない。なんて言ったって“それ”は、赤ちゃんが出来ちゃうかもしれない行為なんだから。それに人にもよるらしいけど、初めては凄く痛いってよく聞く。そんなの、誰だって不安になるよね…。
「大丈夫だよ!」
そんな不安を取り去るかのように、明日香が明るい声を出した。
「ちゃんと避妊さえすれば平気だって、クラスの子も言ってたし。それに、本当に好きな人となら、凄く幸せな気持ちになるって。瑞穂、中村先輩の事本当に好きなんでしょ?だったら覚悟決めなきゃ!会ったことは無いけど話では中村先輩って超優しそうだし、きっとその時も優しくしてくれるよ。」
「…そうかな?」
明日香の言葉に、瑞穂の表情が少し明るくなった。
「そうだよ!絶対大丈夫だって。」
大丈夫を繰り返す明日香を見て、瑞穂が
「そうだよね。」
と笑った。
「うん、そうだよ!…よし。そうと決まったら買い物行こう!」
瑞穂の笑顔を確認した明日香は、テーブルに置いてあったジュースを急いで飲み干すと、バッグを持って立ち上がった。
旅行の買い物でもするのかな?私はそう思いながら明日香の後を追ったけど、着いた場所は予想とは違い、可愛い下着が並んだランジェリーショップだった。
「やっぱり女の子らしくピンクかなあ。」
明日香が楽しそうに下着を物色する。その隣で瑞穂が
「でも、初めては白の方がいいんじゃないの?」
とか言いながら、少し恥ずかしそうにでも真剣に下着を手に取って眺めていた。
どうやら二人が選んでいるのは、所謂“勝負下着”らしい。初めての事だからと気合いを入れて品定めをする二人の横で、私はズラリと並んでいる下着に目を奪われていた。
実は、こういうお店に入るのは初めてだった。下着を買うのはお母さんとデパートに行った時位で、しかもいつもお母さんと一緒に選んでいるから、こんなに可愛いのは持っていない。明日香や瑞穂はいつもこういう所で買ってるのかな。そういえば体育の着替えの時などにちらっと見る明日香の下着は、いつも凄く可愛いな…。
「沙和は買わないの?」
何着かを手にして試着室へ向かおうとした瑞穂が、突然私の方を振り返った。その声にはっとして、私は
「え?買わないよ。こんなに可愛いのじゃないけど、この前お母さんと買い物に行って買って貰ったばっかりだし。」
と瑞穂を見た。
瑞穂は私の答えを聞くと
「違うよ。」
と言って、それから私に顔を近付けて、耳元で囁いた。
「普段着けるのじゃなくて特別な時に着けるのだよ。…沙和はそういう話、ないの?高瀬君とエッチしたりとか…。」
「ええ?!」
瑞穂の言葉に私は思わず大きな声を出した。その瞬間周りにいた人達が、驚いた様に私達に振り返った。その視線と瑞穂の言葉、両方が恥ずかしくて、私は赤い顔をしながら隠れるように店の隅へと向かった。その後を笑いながら明日香が追い掛けて来て、一緒にいた瑞穂に向かって
「沙和は当分ないよ。だってもうすぐ付き合って三ヶ月になるのに、まだキスもしてないんだもん。」
と、私が答えるよりも先に言った。
「……別にいいじゃん、してなくったって。」
からかうような明日香の言葉に、私は膨れながら明日香を睨んだ。でも明日香は
「それでもそろそろキス位してもいいんじゃないの?減るもんじゃないんだし。」
と、ニヤニヤしながら言葉を続けた。
高校に入って暫くしてから付き合い始めた、私と高瀬祥太君。学校が遠いし今は野球部の試合で忙しいからあまり会えないけれど、この夏休み中にきっと一日位は会えるだろう。
そりゃあ私だって、祥太君とならいいかな…とは思うけど、そんなに焦ってすることじゃないし、第一、あんまり会えないし。…そういえば、明日香もキスの経験はあるんだよね。今は彼氏いないけど、中学の時に付き合ってた田中君と…。
「まあ、そういう事がないにしてもさ、可愛い下着着けるだけで何か女の子って気持ちになるよ。デートとかちょっと特別な日に着る用に、沙和も一枚位買ってみたら?」
「…そんなに言うなら、買う。」
そう言うと、私は瑞穂達に背を向けて、密かに可愛いなと思っていた下着が陳列されている場所に行き、ピンクのレースとリボンが付いた白い下着と、小さな花柄の下着を手にしてレジに向かった。
選ぶだけで楽しかった。私って女の子なんだって気持ちになった。これを着たら、もっと“女の子”っていう気持ちになるかな。
祥太君にこれを見せることはまだ当分ないと思うけど、でもそれを服の下に着けた女の子な私を見て、“可愛い”って思ってくれるかな?そして今よりもっと仲良くなって、何ヶ月後かはわからないけど、いつかは私も瑞穂みたいに……。
「何ニヤニヤしてるの?」
既に買い物を終えてショップの袋を手に持った明日香が、私の顔を覗き込んだ。
「な、何でもないよ!」
私はそう言って、赤くなった顔を冷ます様に首をブンブンと振った。
瑞穂が初体験を済ませたと聞いたのは、それから数日後の、みんなで行った花火大会の時だった。