#9
さて、今日は均ちゃんの言ってた場所に行かないといけない。
何があるのか、何を説明してくれるのか。
でも、そんなことより、昨日買ってきたケーキを食べよう。
わかんないことは考えるだけ意味ないし。
おいしいケーキには敵わない。
私も食べずにはいられない。
我慢することを許さない、ケーキの魅力。
食べるのは私なのに、私の意識はケーキに飲み込まれてるみたい。
ふふ、うまいこと言ったんじゃない?私。
甘いケーキにはやっぱり紅茶かなぁ。紅茶、あったかなぁ?
んっと、この棚にしまったような……あった。
あれ?こんなにも種類があったっけ?
ダージリンに、アールグレイに、ヌワラエリア?セカンドフラッシュ?
こんなにも買ってたかな?それか優さん?
そうか。優さんからもらったのもあるんだ。優さんって凝り性っていうか、こだわりは強かったのよね。
紅茶をいれるお湯の温度も気にしてたっけ。
私が紅茶をいれてるときもいろいろ言われたなぁ。「そこはそうじゃなくて」とか、「順番が違う」とか、「そこは静かに注いで」とか。それでも優さんは笑って飲んでくれたっけ。
……あれ?でも、あれから紅茶をいれさせてもらえなくなったような気がする。
…………優さん。私のいれた紅茶はマズかったのね。
今さら気づくなんて……。いや、気づいてて、そのことから目をそらしてただけかも。
なんていろいろ考えたり、紅茶をいれすぎたり、ケーキの味に感動したりして、いつの間にか時間がたっていた。
約束の時間があるわけじゃないけど、あんまり待たすのも悪い気がしちゃう。
急いで仕度をする。
においの対策をしとかないと、話もできないかもしれない。
マスクは絶対いるよね。予備も三つくらいいるかな。
それだけだとまだにおいがきついかもしれないから、ウェットティッシュとか、香水とか持っていっとこうかな。
あとは、服ににおいが残るのもイヤだし。捨ててもいいのを着てこう。
しっかり仕度を整えて、電車やバスを乗り継いで、しっかり歩いて、言われた場所にたどり着いた。
結構山の中。何でこんなところに?
見回しても、均ちゃんたちの姿は見えない。
「均ちゃーん!来たよー!どこにいるのー」
下手に歩き回らないほうがいいよね、こんなとき。
こんなところで迷子っていうか、遭難っていうか、そんなことにはなりたくない。
「なみぃ?」
奥の方に人影が見えた。
近づいてくると、昨日見たまんまの均ちゃんだった。その後ろから、優さんに三井君、それと大ちゃんの姿が見えた。
大ちゃんだけ血まみれじゃないけど、顔色が相当悪い。
「わざわざ遠くまでごめんね、なみぃ。迎えに行こうにもこんな格好じゃあね」
はは、と自嘲気味に笑う均ちゃん。
うん。笑えないよ、均ちゃん。
そもそも迎えにって、どうやって?
バイクとか車とか?
バイクは抱き着けないからムリだし、車もにおいが我慢できそうにないからムリよ?
その辺のこと、私が我慢できるようだったら、昨日説明してもらってるし。
「それで、均ちゃん。何を説明してくれるの?」
「それは、今わかってる状況、全部……かな。多少、っていうか大半は推測なんだけど」
そんなことを言う均ちゃん。推測って、
「それじゃ、ほとんどわかんないってことじゃないの?そんなこと説明されても……」
「私たちもよくわかってないんよ。それでも、現状から考えて、とりあえずこういうことじゃないかっていう考えはまとめたんよ。それがあってるかどうかは別として、つじつまはあってると思う」
三井君の言ってることはわかった。よくよく考えたら、私、説明なんて聞かなくてもよかったんじゃない?
別に優さんたちの状況を知らなくても生きていけるし、むしろ関わりになる方が面倒じゃない?
でも、そっか。無視したら無視したで、優さんたちの方から私のところに来ちゃうのか。それは困る。
とりあえず、今はみんなの話を聞くのがいいのかな。
「それじゃ、説明して。何がどうなってるの?何が起こってるの?」
私の問いかけに均ちゃんが答えた。
「なみぃは大ちゃんからいろいろ話を聞いてると思うけど、最初にこれだけは言っておくよ。俺たち四人は一度死んでる。というか、今も心臓は動いてない」