第五話 要塞と懺悔
地下深くに落っこちたその空間はどこかの広間のようだった。人の誰もいなくなった体育館のようでもある。
「まずい!ここは間違いなく協会の要塞だ!」
『てことは、敵の本拠地!?』
「そのようだな。協会はあの明日香という少女の姿をしたアレを囮にして、貴様を協会の本拠地に連れて行こうとしていたというのは明白。だが、すでに到着していたとは予想外だった。おそらく部隊員はこの要塞への誘引作戦の準備の間に貴様を留まらせるための要員だろう。ということは、今戦った敵はただの捨て駒で、これから戦う敵が本命!しかもおそらくただの部隊員ではなく、改変能力を持った現実改変者だ!」
協会にとって人間の命の価値は非常に低い。いくらでも供給することができるからだ。だが、異常能力をもった現実改変者の命は非常に大事にする。そのため、現実改変者を実戦投入する際には安全を十分に確保してからである可能性が高い。
そして俺が愚痴を言う暇もなく敵が現れた。
「どうも、お久しぶりですな」
「一週間経ちましたかな?この年齢になるといかんせん、時の流れが早くなってしまって困る」
「まだ耄碌してないと思ってたのですがな」
それは俺が引きこもる直前に戦ったあの初老の男だった。しかも複数人の。
「へっ、俺に何回も同じ手が通用すると思うなよ!」
ここにいる人達は全てホログラムの幻影だ。なぜなら存在性が不自然なのだ。
騎士は存在性とその流れを把握する能力が非常に高い。だが能力を万全に生かすためには精神を集中させる必要がある。
勝利を妨げる雑念。負けるのではないか?そもそも戦う意味なんてないのではないか?早く逃げてしまえ。そのような考えを振り払ったことで、俺の感覚は非常に鋭敏になっていた。
剣で違和感の元を断つ。すると今までホログラムを映し出していた球が現れ、二つに割れて落っこちる。
「近くにこの球を操っていた現実改変者がいる。こんな近くにいると言うことは、直接戦闘する意思があるのだろう。挑発すれば姿を表すはずだ。それに一般戦闘員は足手まといにならないように戦闘へ参加しないはずだしな」
「ここにいることはわかってるんだ。出てこい」
するるとこの空間の陰からあのホログラムと全く同じ外見をした男が現れた。しかし、ホログラムと違い『そこに存在する』ことに対する違和感がない。
「まだ手を出すな」
『わかった。姫はあいつを倒すために一番適切な指示を出すことだけに集中してくれ』
そして俺と男の視線が合わさった。
「憐れですな」
それは男のおどけていない、本心の言葉だった。
「貴方様の騎士という異常存在について詳しく聞いてきた。我々には見えない姫という異常存在にそそのかされて騙された一般人、なのか。そして貴方様を騙した張本人である姫とやらは今もこの近くにいるのだとか。それは本当か?」
「違う。姫は俺を騙していない」
俺は姫がこの近くを漂っているという話ではなく、姫が俺を騙したという部分に反論した。
自分の意思で姫の忠告を無視して軽率に騎士契約したし、姫を助けようと思ったのも俺の意思によるものだ。
「なんと、カモは自ら騙されたことに気づかないとよく言われるがここまで酷いとは。しかもその貴方様を騙している張本人がすぐそこにいるというのに!」
「俺は何もカモにされてなんかいねーよ」
もとから俺に価値なんてなかった。その俺の命がどうなったってカモになったとは言わない。
「取りつく島もないか。まあ、問題ない。なんせもう準備が終わったのだから」
「構えろ!」
複数個の球状のプロジェクターが一瞬で散開する。それらは思い思いの方向に飛び俺に向かって光線を放つ。極太の高密度な存在性の繊維を束ねた線だ。体に直接触れてしまえばなすすべもなく肉体に巨大な穴が開くことになる。
だが攻撃より「構えろ」と言った姫の合図の方がワンテンポ早買った。俺は前にいる男に向かって突進した。
自分が攻撃する瞬間は同時に最も隙が生まれる瞬間でもある。その機を逃すまいと渾身の一撃を横から薙ぐ。
男は少し反応に遅れたが、バックステップしながら体を後ろに倒し回避する。さらに懐から拳銃を取り出して至近距離から射撃する。だが俺は体を屈ませて回避する。しかし余裕はない。もしコンマ2秒でも遅れてしまえばあの銃の餌食になってただろう。
男は拳銃の反動を利用してバック転をして体勢を立て直す。
「ずっと貴方様を監視し続けてきたが、思ったより攻撃的で大胆な行動をとるじゃないか。いったいどのような心境の変化ですかな?」
「第二波がくる!今貴様の上にあるプロジェクターに向かって飛びかかれ!」
空中を浮遊していたプロジェクターたちが再び俺の周りを取り囲む。今度は一点集中攻撃ではない。ランダムに攻撃を浴びせてくる。そのため回避難易度が一段と上がる。そこで姫が選んだ最善の方法は跳躍で上に活路を見いだして、攻撃要員を少しでも多く排除する。その作戦は成功して第二波による攻撃の雨をくぐり抜けることに成功した。
その滞空してる俺に向かって男は再度引き金を引く。だが体を捻って銃撃から逃れ、返す刀に剣を投げる。男に向かって惹きつけられるように一直線で飛ぶ。だが男はまた大きく後ろに飛んだため、その攻撃が当たることはなく地面に突き刺さり霧散した。しかし男の回避によって生まれた隙のおかげで距離を取ることができ、再度剣を構成した。
そしてまた攻防が始まる。
「拳銃を恐れて距離を取るのも大事だが、いつか接近戦に出て賭けをしなければいけない。そもそも貴様に遠距離攻撃する能力がないからな。だから賭けの覚悟を今から固めておけ」
『賭けの覚悟って例えば?』
「賭けの結果がどのようなものであっても受け入れる覚悟がいる。接近戦をすれば、銃撃の回避が非常に難しくなる。撃たれたり殺されるかもしれない。それらを全て受け入れた上で戦闘のためだけに全ての意識を使え」
『戦闘のために全ての意識を使うって具体的にはどうやるの?』
「全体の存在性の流れに耳を傾けろ」
存在性の流れ。前も姫が言っていた言葉だ。しかし、そのイメージをちゃんとつかむことはできなかった。今では局地的な存在性の流れの不自然さはわかるものの、全体の存在性の流れというのはまだ掴み切れてなかった。
「第三波が来る!しかも今度は回避の隙を与えないために上から雨のようにランダムに光線を降らせる算段だ。私の指示が間に合わない!」
『俺の判断で回避しなきゃいけないってことか!』
そしてプロジェクターがまたも散開する。だが今回は前回までと違い、かなり上方で展開しようとする。
プロジェクターである球の位置に意識を割く。一つの球だけではなく、視点を広げた全体の球の位置に。球の位置に意識を割けば、球の動きが見えてくる。すると、これまでの球が動いてきた道筋だけではなく、これから球が進もうとしている進路までわかる。それも全ての球の動きが。世界がゆっくりと進み、コマ送りに見える。
刹那、第三波が放たれた。雨のように降り注ぐ光線は密集していて避けようのない攻撃に見えるかもしれない。しかし存在性の乱れを感知して攻撃がどこに向かっていいるのか予知できた。そして全ての攻撃から回避できる道筋を頭の中で組み立てて、それ通りに動くことに成功する。
できた。存在性の流れに耳を傾けて、戦闘にだけ全ての意識を集中させる。
『姫、覚悟できた。接近戦に持ち込むためのタイミングを教えて欲しい』
「それなら、すぐだ!」
俺は男を突き刺しにするために剣を構え、突進する。男は拳銃を構えて数発撃つが、銃口の向きから射線を読みきって回避する。男は舌打ちしながら俺の突き刺しを右にそれて回避しようとする。だが、俺は男が回避しようとした先に向かって横薙ぎをする。そして男は驚愕の表情とともに息絶えた。
「気を緩めるな!」
俺の緩みかけた意識が姫の言葉によって再び緊張状態に戻る。するとこの広間の周囲にある扉が乱暴に開かれ、中から銃を持った協会の即応部隊がやってくる。
そう、ここは敵地の地下深くなのだ。乱闘の中では上下左右は意味をなさない。視界は目まぐるしく変化し、さっきまで右だったものが左に上になるからだ。そのためここが地下であることを忘れていた。
さらにこの敵地で気を緩めることは死を意味する。まだ銃弾の雨嵐の中をくぐり抜けなければいけない。
「最も大きな扉に向かって飛び込め!」
敵部隊の頭上を飛び越えて広間の扉の中に飛び込むことに成功。するとそこから先は真っ暗な廊下があるだけだった。
「左に曲がって走れ!」
背後からの追撃を気に留めず、姫の言葉に従って走る。そうして一つの小部屋にたどり着いた。
この小部屋の中に一つの異様な雰囲気を漂わせる渦巻きがあった。渦巻きというより、ねじれと形容した方がいいもしれない。
「来い」
そして渦巻きを通った先にあったのは、夜の世界だった。地下の世界ではない。地面の岩肌がここが地上であることを示している。
「ここは、どこ?」
「私の世界だ。私の世界に戻ってきたのだ」
「え、ほんとに?でも、どうやって?」
「協会と本格的に戦いになってから明かそうと思った話だが、この際だから教えよう。私が噴水に作った天梯を覚えているか?」
「あの、姫の世界と地球を行き来するために作ったやつね」
「地球にて協会によって収奪されている宝具。それらも、天梯を出現させる力を持っているのだ。私の世界の住人が宝具を奪還するのを楽にするためにな。だが宝具とひもつけされている天梯が出現する位置は宝具の近くに限られている。それにランダムに天梯その場所は変わる。だからあの天梯を通って私の世界に戻ることができたのは奇跡だ」
「俺はめっちゃ運が良かったってことか。でも、協会の舞台とかが追ってきたりしない?」
「問題ない。もし協会の部隊が天梯を通ってきたとしても、この世界であれば私の力を十全に発揮することができる。実際にこれまで天梯を通って協会部隊が私の世界に侵入してきたことはあるが、その全てを撃退している。なので心配することはない」
「つまり、もう俺は死ななくて済んだのか」
死地から脱したことに俺はホッとする。
「ところで、貴様は私に言いたいことがあるといっていた」
「そうだった。危うく忘れるところだった。少し、懺悔したいことがあるんだ。ほんと、自己満足でしかない話だけど、どうしても姫にいっておきたくて。聞いてくれる?」
「ああ、いいだろう」
そして俺はこれまで向き合うことのできなかった、姫に対する内心の思いを吐き出した。
「俺は訓練に対して全然前向きじゃなかったり、姫のことを突っぱねるようなことをしてしまった。
だけど、本当は姫が嫌いだからそんなことをしたわけじゃなかった。俺は姫に見捨てられたくなかったし、それどころか俺は姫に頼られて尊敬されて恋されるような存在になりたかったんだ。それだけ姫は魅力的なんだ。初めて出会った時も思ったけど、すごい完璧で神秘的な姿してるし。
むしろ姫のことが好きだった。だから、俺は少しもかっこ悪いところを姫に見せないでいたかった。姫の期待に応えられるような成果を出せなかった。それでふてくされた。しまいには、協会の戦闘員との戦いだ。逃げるだけしかできなくて、姫のおかげでなんとか命が助かっただけ。ほんとにかっこ悪い姿しか見せられなかった。
そんな現実を否定するために姫をないものとして扱ったんだ。それで明日香を求めた。もしかすると明日香は俺のことを見捨ててないんじゃないか、なんていう楽観的予測にすがって。
でも、本当にカッコ悪いものは現実から目を背けることなんだって。そう理解した時に初めて決心できた」
そして俺は膝をついてかしこまって宣言する。
「宣誓。騎士として、俺は姫に全てを捧げ、姫を協会との絶望的な戦いと孤独から救い出すことを宣言する。
何もないゼロの俺は姫に全てを与えられた。その恩返しを必ずする。姫に絶対の忠誠を誓う。もし、姫を救うために人類を滅ぼさなければいけないとしても」
姫は俺の内心の吐露に少し驚いたものの、すぐに鋭い眼光を持ついつもの表情に戻す。
「口だけならばなんとでも言える。ちゃんと行動が伴わなければいけない。貴様のその言葉に偽りない行動を取れるか?」
「偽りのない行動を取れるように頑張る。明日から、いや、今日から」
すると姫は笑った。
「いい心がけだ」