21話:世界のリーダーを目指したい
それは宗像走一君、17歳、ジュニアユース・サッカーの選手。彼は自分の
才能がどこまであるか試したと、彼の両親に懇願してサッカークラブの練習
と佐光英才塾の両方をやると言う。この逸材には佐光俊充も注目していて
自分で教える事にした。数回の授業で、彼の人並み外れた集中力と回転の良さ
に舌を巻いた。いままで多くの塾生を見て来たが、その中でも指折りの逸材
だった。特に思考能力の高さ柔軟性は目を見張るものがあった。そこで授業を
得たときに、なぜ、こんなに忙しいの佐光英才塾に来てるのかと聞くと、
わらいなが、ちょっとオーバーだと笑われるかも知れないが私は中田英俊みたい
にクレバーなサッカー選手になり、自分の選手を上手く動かしてサッカーの
ゲームを支配したい。
そのためには、素早く、正確な判断力、確実な実行力、ゲームの展開を予想
する優秀な頭が必要だと考えたのでこの英才塾に入ったと言った。別に東大に
入ろうとか、海外の名門大学に入りたいという訳でなく、サッカーのゲーム
メーカーになりたい、全てはサッカーのためですと言い切った。これには、
さすがの佐光俊充も驚いた。年をとってサッカーの現役を引退したらと聞くと
、そうなったら、いままで培ったサッカーでの人を上手くまとめて使いこなす
技術を使い、世界で今困っている事、例えば公害問題、貧困問題、台風、
海の水が増えて陸地が減ってる問題などを世界中の富裕層大企業の若い
リーダーを束ねて、解決して行きたいと言った。そりゃーすごい、応援するよ
と、佐光夫妻がうれしそうに言った。それを聞いて、宗像走一は、やはり
佐光英才塾に入って良かったと言い早稲田大学経済学部に合格して佐光進学塾
から去って行った。
2012年6月1日、早朝、MB銀行の重松さんから電話で豪ドル円が下落
してるので76円で買うと良いと言われ76円で526万豪ドルを
39800万円で買い残金が57800万円となった。そして今年から3ヶ月
に1回ずつ、自分の夢というテーマで塾生に作文を書いてもらう事にした。
すると奇想天外な作文や優等生の作文、ただ単に有名大学に入りたいとか、
自分への挑戦とかの作文が多かった。宗像走一は、今、世界が直面してる
問題を書き出してきた。そうしてるうちに2012年も夏休みが終わると
、宗像走一君はサッカージュニアユースの合宿で真っ黒に日焼けして出席
してきた。
その後、秋になり、ついて行けない塾生が12名脱落していった。やがて
12月になり足早に去り、2013年を迎えた。宗像走一君は早稲田大学
受験して合格した。合格のお礼に来たときに、佐光俊充が君の将来に興味が
あるから、いろんな出来事、相談事も含めて、僕のメールアドレスを教えて
おくから、近況、悩み、相談、話したいことを書いて送ってきてくれと言い
、メールアドレスと電話番号を教えた。2013年にも個性的な生徒が
やってきた、その塾生の名前は猿田剛介、身体が大きい割に足が速く運動
神経抜群と書いてあった。
自己アピールが強烈で佐光俊充が興味を持った。そして佐光英才塾に1人で
来た時に折り入って相談がしたいと言われ別室で話を聞くと彼が私の家は母1人
、子1人で貧しい、だから月謝を払えないから出世払いにしてくれと言うのだ。
それでは、どうやって借りた金を返すのかと聞くと医者になって大金稼ぎ返すと
言った。そんなに簡単に医者になれないし医者になるには大金がいると言うと
確かにそうだが、俺には、どうしても医者になりたい理由があると言った。
それは何だと聞くと俺が生まれたとき両親が健在で父は腕の立つ外科医で忙しく
仕事をして経済的にも恵まれていた。しかし俺が4歳の時、手術の時に患者さん
の血液にに触れて肝炎になり5歳の時、肝がんで、あっけなく死んでしまった。
母は看護婦で稼いでいるが東京のマンション生活は生活費が高く父の残した
財産も、そろそろ底をつきそうだと言った。亡くなった父は看護婦の母と
結婚すると両親に話すと祖父の逆鱗に触れて親子の縁を切られたと話した。
その話を聞いて佐光が佐光英才塾の月謝は君を信じて貸してやろうと言った。
すると、ありがとうと言った。その話を聞いていた佐光陽子も気になったようで
、その後、猿田剛介に注目していた。そして入塾して2ヶ月がたち、また
猿田剛介が相談事があると、佐光俊充に言うと、奥さんの陽子さんが私も話を
聞いて良いかと聞くと、猿田剛介が、その方がありがたちと言った。
そして話を始めると猿田が塾の先生に聞いたのですが佐光先生は成田から
上野の教室まで通われているのですねと言うので、そうだよと答えた。また
、子供さんがいらっしゃらないのですねえと聞くので、めんどくさくなり、
成田の実家の農家に夫婦2人だけで4DKの家に住んでると正直に言った。
次に、これは提案ですがと言い、もし良かったら私と母の2人を住まわせ
いただけませんかと聞いた。その質問に佐光俊充が、なぜと聞いた。猿田剛介
が、それは私達、母と子は東京では今度生活していけない、家賃と生活費を
払えないからですと言った。
それでは成田なら生活できるという根拠はと聞くと、まず家賃を私が働くまで
、貸していただければ母の稼ぎで食べていけると言った。それを聞いて笑い
ながら佐光俊充が、そんな、うまい話にのるような、お人好しが世の中にいると
思うかと思わず言った。すると、はじめて猿田が顔色を変えて、やはり駄目ですか
と悲しそうに言った。それを聞いていた陽子さんが駄目というわけじゃないわよと
言い、もし猿田君の言うとおりにしたら私達には、どんなメリットがあるの
かしらと聞き返した。それは猿田が金の卵かも知れないこと、次に母は看護婦で
、成田の病院で看護婦をして地域に貢献すること、もちろん佐光夫妻、御両親が
病気になったとき強い味方になると言った。それを聞いた佐光俊充が突然笑い
出して、こりゃー面白い、おとぎ話みたいだと言った。すると佐光陽子も笑って
、猿田君、君は政治家か起業家になると良いわよと言った。最後に佐光俊充が
真剣な顔して了解した。




