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20話:染谷次郎も筑波大付属駒場中学校へ

 その後、4月の筑波大付属駒場中学校への登校日までに姉の染谷君子の

住むマンションに空きがあれば連絡してもらえるように話していたが数日後

、出たと連絡があり、染谷次郎が姉と同じマンションに入居した。染谷兄弟

の金の管理を佐光陽子がして、それぞれの銀行口座を作らせ小遣いも含め

必要な学費を学校へ、子供達の必要な小遣いは彼らの口座へ送金していた。

その後、長期休みになると成田に帰ってきてプールや海水浴に行った。


 2010年4月12日、早朝、MB銀行の重松さんから電話で豪ドル円が

上昇してるので561万豪ドルを手数料込みの86円で売却したほうが良い

と言われ売却し44830万円となり残金が84830万円となった。

 その後、2010年5月21日、早朝、MB銀行の重松さんから電話で

豪ドル円が下落してるの1豪ドル74円で400万豪ドルを29600万円

で買い残金が55230万円となった。


 今年も有名中学に合格させたいと言う御両親が見学に来る様になった。

そして有名中学卒業して有名高校に入ると辞めていく塾生が多く、そこで新旧

の交代となっていた。今年も新しく23人が入ってきた。そして7月を迎え

夏休みに入り、この夏休みと冬休みに急成長する塾生と伸びない塾生さんで

大きな差が付く傾向があった。やはり心がけの良い塾生は伸びて自分の

能力精一杯の塾生が自分の能力に嫌気がさして落ちこぼれていく場合も

見られた。そう言う意味で土日祭日だけの塾でも多くの人生ドラマが垣間

見えた。一般的に楽しんで勉強してる塾生の成長が早いと言えそうだ。


 そして今年も夏休みが終わり9月になり急成長した塾生が18人いた。

その後、自信を失って佐光英才塾から離脱する塾生の後ろ姿が寂しそうで

佐光陽子さんが、

「ここを辞めても頑張って自分の道を歩んでね」と言うと、中には、

「世の中が広いと言うことがわかっただけでも、良かった、ありがとうと言う

、塾生がいるのに、すくわれた気がした」。そうして2010年が終わり

2011年を迎えた。2011年2月、3月になり有名中学の入学試験が

次々と合格のニュースが入った。有名進学中学校に落ちても公立高校に入れる

塾生も多いが、やはり志望校に落ちた塾生のほとんどが塾を辞めて行くのが

現状だった。


 2011年4月27日早朝、MB銀行の重松さんから電話で豪ドル円が

上昇してるの1豪ドル88円で400万豪ドルを売ると良いと言われ売りを

入れた。その晩に、売れ、残金が97600万円となった。


 そして今年も佐光英才塾に入塾して自分の実力ではついて行けないとか

志望高校へ入学できなかった生徒が18人辞めていき、新しく青雲の志を

持った若者が20人、入塾してきた。その中でも頭が痛い問題は塾生の両親が

自分の子供の能力を過大評価して子供を悩ませ、せっかくの子供の才能の芽を

摘むことであり、あまり性急に決めつけないで最低3年間は見てやった方が

良いと両親に進言することも多い。実際に入塾後1、2年は目立たなかった

のに3年目に要領を覚えて急成長する塾生を何人も見て来て、そう言う塾生の

方が現在も順調に成長しているという事実を見ていた。次に多い問題は、

いわゆるガリ勉タイプで、とにかく理屈抜きに覚えることを最優先している

タイプ。


 低学年のうちは暗記問題ができれば、かなりの優秀な成績を取れるが小学校

4年以降の思考問題の応用問題となると成績がガクンと落ちてくるタイプの塾生。

こう言う場合は正直に将来性について両親に伝える様にしているが、そう言う

両親に限って自尊心が強く、こんなひどいこと言われたのは初めてだと言ったり

、侮辱するのもいい加減にしろと言って怒りだしてトラブルを抱えたまま退塾

していく。そんなことで佐光英才塾には英才塾ならではの悩みがあるのも事実

だった。先生は優秀な塾生の背中を押したり、興味の泉美の栓ををあけてやる

ことしかできないのだ。実際に行動をするのはあくまでも本人。


 先生は伴奏者、悩み相談、強み弱みを教えるコーチでしかない。こんな事を

述べていると思い出される事件がある。それは4年前、東京の富裕層のお嬢様

が入塾してして来て、もちろん成績優秀だったが、名前は土光幸子さん。この

塾で勉強してることは、何か自分のめざしてるもののではないと悩みを持って

いた。そんな時、佐光陽子さんが、私に考えがあると言い、塾の日、電車で

上野を出て佐倉のDIC川村美術館へ連れて行った。ここは大日本インキが

運営している私立の美術館。何も言わないで館内巡りをすると土光幸子さん

が何かにとりつかれた様に自分の気に入った絵の前で立ち止まり、何か独り言

を言った。


 1時間半で鑑賞を終え美術館の外の素晴らしい景色を見ながらを散歩してると

、わかったわ私の進むべき道がと言い、素晴らしい笑顔を見せてくれた。

彼女は小さい頃から父に言われてピアノ、バレーを専任講師を家に招いてもらい

、かなりの腕前になったが、しかし、もう一歩、積極的に進む気がしなかった

という。ところが今日の美術館巡りで私は美術をやるべきだとわかったと言い、

やれる気がするとも言った。それを聞いた佐光陽子は一緒にお茶しながら、

良かったわね、やっと自分の進むべき見えてというと涙ぐんだ。それを見て

陽子さんが、泣いてる場合じゃないのよ、東京芸大に入って絵で一等賞を

取るために頑張りなさいと激励すると涙は消えキリッとした顔になった。


これで決心がついたと言い佐光英才塾をやめて絵の先生に来てもらって、

絵の道を突き進むわと素晴らしい笑顔を浮かべた。陽子は、

「これが私達の仕事だと思い、内心、やった !」と叫びたい位だった。

それから半年たった頃、土光幸子さんが両親同伴で成田の佐光の家に来て

、お陰様で、今回、娘が、大きな絵画の賞をいただいたと菓子折を持って

やってきた。やがて2011年も本格的な冬になり2012年を迎えた。

そして2012年入試の塾生がラストスパートにさしかかった頃、染谷君子

は順調に筑波大付属駒場中学校でも優秀な成績であり、筑波大付属駒場高校

へも間違いなく進学できると聞かされていた。


 そして、その通り筑波大付属駒場高校への進学が決まった。弟の次郎君

も筑波大付属駒場中学校のクラスでもベスト3を維持し順調に勉強を続けて

いた。2012年も佐光英才塾で敗北していった塾生が18人いて思い通り

の中学、高校に合格できたので卒業していった塾生が21人いて、新規

入塾生が40人入り、一気に新しい顔が増えた。この年、今迄にいない

タイプの塾生が入ってきた。

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