19話:佐光英才塾に4人の教師採用
その後、英才教育クラスの子たちは全国の名門中学に名門高校に次々と合格
して佐光英才塾は有名になり上野駅近くのマンションに60人は入る教室を
土日祝日限定で月に10万円で借りる契約を上野の不動産屋と交わして拠点を
移した。成田から上野駅まで特急で1時間で1時間に1本の割合で出ていて
便利だった。その後、英才教育クラスの子たちは、全国の名門中学に名門高校
に次々と合格した。そこで2008年4月4日から佐光英才塾を東京に移す
計画を建てた。
3月15日から上野駅近くの不動産屋を回った。そして土日祝日、限定で
60人、入る教室を月に20万円で借りる契約を上野の不動産屋と交わして
拠点を移した。成田から上野駅まで特急で1時間で1時間に1本の割合で出て
いて便利だった。そして染谷君子さんが筑波大付属駒場中学校に進学し東大
医学部か東京都内の医学部をめざせと言い、弟の染谷次郎も姉と同じ中学に
進学し、東大、東工大、早稲田理工学部をめざせと激励すると両者とも目標が
決まった方が、やる気になると笑いながら言った。その後、東大、東工大、
千葉大、橫浜国大、早稲田、慶応、上智大、卒業で社会になじめない人を常勤
で随時募集し採用面接をするとパソコンの佐光英才塾のホームページにのせた。
すると2007年に5人面接に来て2人、富岡節子さんと手塚恒彦さんを
採用して土日、祭日、勤務で月10万円で契約した。そして佐光英才塾の生徒
の募集人数を240人に増やした。月謝は週1回で1万円は変えなかった。
その後も2008年末まで教師募集に8人の応募があり姫島敏次さんと臼田里子
さんを採用した。そうして2008年が終了し2009年を迎え、教師の数が
佐光夫妻を含めて6人となり少数精鋭でやっていきたいと思い教師の募集を
やめた。そして2008年から生徒の総数を360人までに増やした。
2009年の初詣でに染谷君子、染谷次郎、佐光夫妻と両親の6人で成田山
新勝寺に出かけ、染谷君子の筑波大付属駒場中学校に合格祈願と家内安全、
健康を願ってきた。染谷君子さんは合格祈願の絵馬を奉納してきた。そして
染谷君子さんは一心不乱に自分の目標に向かって夜遅くまで集中して勉強した。
2009年2月2日早朝、MB銀行の重松さんから電話で豪ドル円が安いから
手数料込み57円で32000万円で561万豪ドルを買い、残金が4億円
となった。そして受験日を迎えて、体調も整えて試験に挑んだ。もちろん
試験日には佐光夫妻が同行し試験会場に入る前には少し緊張していたが出て
来たときには、笑顔で集中してでき、見直しも十分出来たと言った。
数日後の合格発表には、弟の染谷次郎君も来て、彼が、一番最初に姉の
受験番号を合格者名簿から見つけた。染谷君子さんは最初、気丈に受かったわ
と言ったが目に涙がにじんで、こぼれ落ちると涙が止まらなくなった。それを
見ていた佐光俊充の母が染谷君子さんを抱きしめて、よくやったね偉いと言い
気が済むまで泣きなさいと言った。数分後、泣き止んで、次の目標に向かって
頑張りますと宣言した。それを見ていた染谷次郎が姉ちゃんすごいと言い、
俺も続くぞと、気勢を上げた。
この年、染谷君子さん以外に佐光英才塾の3人の塾生が筑波大付属駒場中学
に合格した。お姉ちゃんが筑波大付属駒場中学校に合格してから染谷次郎も目
の色を変えて、真剣に勉強に臨んで集中力を持続させる方法を身につけながら
夜遅くまで勉強していた。やがて春になり、たまには息抜きも必要だろうと
春休みに上野恩賜公園の桜を見に出かけ銀座の有名なレストランで佐光夫妻と
両親と染谷兄弟の6人で出かけると、銀座松屋で佐光陽子さんが染谷君子が
中学進学の記念に素敵なスカーフをプレセントした。これには大喜びして、
はしゃいでいた。その姿を見ると、いくら英才といえども13歳の可愛い少女に
見えて佐光夫妻も両親も胸が熱くなった。
そして染谷君子さんが、しんみりとした声で、この姿をない両親にも見せた
かったと言い、涙ぐむと、佐光夫妻も両親も、たまらず涙を流した。その重苦
し雰囲気を弟の染谷次郎が俺が合格した時にはノートパソコンを会ってくれよな
と言うと姉の君子さんが、あんたは、まだ受かってないでしょと大きな声で
たしなめた。すると涙が来て笑い声となった。そして上野から京成特急で成田に
帰った。5月が過ぎる頃に染谷次郎が筑波大付属駒場中学校の最近5年間の入試
問題集を買ってきて解き始めた。やがて梅雨を迎えて暑くなってきた。夏休みに
なり染谷次郎が毎朝5時に起きて涼しいうちに勉強して、午後2-3時頃に
昼寝して、夜遅くまで勉強していた。夏休みを終えると筑波大付属駒場中学校
の最近5年間の入試問題集も全て終えて最近の入試の傾向もわかったと強がって
いた。
やがて涼しくなってきたと思うと10月が終わり11月が去り12月を迎え
2009年が終わり2010年を迎えた。いよいよ染谷次郎の受験の年になった。
すると姉の君子さんが体調をこわさないこと過度に緊張しないこと集中すること
、3回見直すこと、これが受験に受かる秘訣だよと教えた。やがて受験日を迎え
、当日は佐光夫妻と姉の君子さんの3人で受験会場に向かって染谷次郎が少し
緊張した面持ちで教室に入った。終了時間になり出て来た染谷次郎は笑顔で
ベストは尽くしたと言った。数日後の合格発表の日、姉は用事で来られず、
佐光夫妻と3人で出かけた。合格発表の掲示板を見て、直ぐに、あったと
叫ぶと染谷次郎の受験番号が出ていた。
これを見て染谷次郎がノートパソコンを買ってくれるの昨年約束したので
秋葉原へ行こうと言い、電車で大きな電気店に入り、NECの格好良い、
ノートパソコンを購入した。そして光インターネット入れて欲しいというので
佐光俊充が早速、NTTに連絡しておくよと言った。




