18話:英才教育の小学生を引き取る
これで決まりだなといい、今晩は僕らの家で一緒に泊まろうというと
染谷君子さんと染谷次郎君がうなづいた。そうと決まれば、御飯食べようと
言うと、もういただいたと言い、お風呂に入って早く寝たいと言うので、
佐光俊充と陽子さんの家に一緒に行った。先生達のお子さんはと染谷君子
さんが聞くと、陽子さんが残念ながら、いないのよと言った。家に入ると
する、お風呂を沸かして子供達が風呂に入って少しテレビを見て夜20時
には眠たいと言い布団をとって21時には寝た。佐光俊充と陽子さんが、
明日、東京の警察と、彼らのマンションに行こうと言って22時には床に
ついた。
翌12月23日、朝9時に警視庁に電話を入れて、遺体の安置場所を聞く
と警視庁に来て下さいと言われ成田から桜田門に11時前について焼け焦げた
赤いフェラーリのナンバープレートを見て染谷君子さんが間違いないと言った。
遺体は見ないのと警察官に聞くと、あまりに激しいので、やめたと言い
多分判別できないと言った。それでは、男年ちゃんのサインを下さいと
警察が言うと、染谷君子さんがサインした。これで終わりですかと聞くと
、終了ですと言った。その後、地下鉄で三越前に行き、歩いて、染谷君子
さんの住む、マンションへ行き入り口で暗証番号を入れてエレベータで
28階へ行き鍵をあけて部屋に入った。すると大事な物は全て頑丈そうな
金庫に入っていて、両親しか鍵を持ってないと言った。
佐光がフェラーリは、お父さんが新車で買ったのと聞くと、そうよと
言ったので、電話借りるよと言って、電話をかけて東京千代田区の
フェラーリの管轄わと聞いて、担当営業所に電話すると、担当者が出て
、事情を話すと、えー、本当ですかと驚いていた。そして入っている
自動車保険会社と聞くと教えてくれたが、生命保険が社知ってますかと
聞くと何か日本で一番の生命保険会社と言っていたと担当者が思い出した。
しかし具体的にどこかは知らないと言った。そこで最初に日本生命に電話を
かけると契約者にはいないと言われSN生命に電話すると確かに我が社の
生命保険に入っていますと言った。
そこで交通事故の話をすると驚いて今から行きますと言って15分後に家に
来て事情を話し、この子2人が遺児ですと紹介し生命保険を下ろす手続きを
して下さいと言った。また開業先の電話番号と住所も聞いて佐光が電話して、
事情を説明した。それが終わると、その担当者が名刺を差し出して生命保険の
方はサインだけで済みますので保険金を下げるのに問題ありませんと言ったが
、振込先をどこにしましょうと言うとので、私が代わりに代行しても良いの
ですがその方法を教えてと言うと、書類を送りますと言った。
その他、このマンションの売りだしとか開業先の閉鎖の手続きとか大変ですよ
と言った。すると佐光が乗りかかった船だと言い人助けすれば良いことがある
だろうと開き直って話した。できるだけ協力しますよと言い、何かあったら
、電話して下さいとSN生命の飯綱研次さんがいってくれた。すると飯綱さんが
、これで失礼しますと言って去って行った。そこでマンションの管理人に
事情を話して資料の送り先、連絡先を教え開業先にも教えた。医院の事務長が
医院の閉鎖の手続きを取りますので必要書類があったら送りますと言った。
最後に通っている小学校に電話を入れて、彼らの居場所と今後、預かっている
と伝えた。それらが全部終了したのが16時で昼食もとらなかったので、お腹が
空いてヘトヘトになり、日本橋の旨い店で食事をとり、再び、成田に帰った。
時間が19時を過ぎて風呂に入って21時には4人とも床についた。その後
、分厚いSN生命の書類が送られてきて、全部記載して、振込先も書いて
送った。すると、その日のうちに1億円の生命保険が振り込まれた。
その後、開業先の事務長から電話で死亡診断書はどこへ行ったら良いかと
聞かれ、警視庁へ行ってくれと言うと了解ですと言い、その日のうちに閉院
の手続きは終わりましたと連絡が事務長から入った。マンションの売買を
どうするかとそのマンションの不動産屋から連絡が入り、買い手が付いたら
、名前と購入希望価格を教えて欲しいと連絡した。やがて2007その後も
塾は以前と変わらず続け染谷君子さんと染谷次郎君は佐光夫妻と共に生活し
、成田の小学校へ通った。
その後も染谷君子さんと染谷次郎君を我が子のように面倒を見ていると
染谷君子さんの記憶力の素晴らしさに気づいた佐光俊充は、英語だけでなく
5ケ国語を一緒に学べる本を渡すと1ケ月で精読を終わり完璧に理解した。
次に数学のインド数学の本を読ませると計算能力も格段に向上した。そして
将来、何に成りたいと聞くと、両親のように、お医者さんになりたいと
言った。弟の染谷次郎君は既に計算応力が秀でているのはわかっていたが
記憶力を向上させる方法の本を数冊、買い与えると、記憶ってテクニック
なんだねと言い記憶力を向上させた。
そして将来、どんな仕事をしたいと聞くと天才プログラマーと即座に
答えた。それに対してプログラム言語というのは語学と同じ様、一定の規則
を覚えると、その通りに例外なく構成されていると言い、最初インターネット
のホームページ作成の本を与えると1週間でマスターして、自由にホーム
ページを作り出した。そこで、パソコンに強い佐光俊充がプログラム言語
で将来性のあるRuby「ルビー」とPython「ペイトン」をマスター
してから、最終的にJavaScript「ジャバ・スクリプト」を
マスターできれば、完璧だと言った。
そして染谷君子さんに桜蔭中学に進学し東大医学部か東京都内の医学部
をめざせと言い、弟の染谷次郎に開成中学校に進学し、東大、東工大、
早稲田理工学部をめざせと激励すると両者とも目標が決まった方がやる気に
なると笑いながら言った。2009年に染谷君子さんが桜蔭中学にが合格し
、翌年2010年に染谷次郎が開成中学に合格した。そして2人とも
マンションにで1人暮らししてお金の管理を佐光陽子がして、それぞれの
銀行口座を作らせ、小遣いも含め、必要だと言われる資金を送金し、
それぞれの中学への学費も送金した。その後、長期休みなると成田に
帰ってきてプールへ行ったり海水浴へ行った。




