15話:故郷、成田に帰ろう1
2004年9月に入りスポーツジムを辞めて自転車で散歩するくらいに
なり、なんだか、都心に住んでる意味が、あるのかと思い始め、2004年
10月6日、成田の実家へ電話すると母の佐光照美が、うれしそうに
久しぶりだねと言われたとき、佐光は自分が両親に随分、不義理していた
と言うことに気がついた。ごめん、いろいろ忙しくてと言ったが仕方ない
若いのだからと言った。そっちはどうですかと聞くと変わりなく野良仕事
を無理しないように、やってると言い、近所の老人達も亡くなって寂しく
なったと答えた。その話を聞いている時に、なぜか涙がこぼれてきた、
今度、近いうちに行くよと言って電話を切った。
そして佐光俊充が俺は、やっぱり成田に帰って両親と一緒に生活すべき
で背伸びして都会のエリートの仲間に入った気になっていたのは単に、
のぼせ上がっていたのだと悟った。その話を奥さんに話すと、確かに
背伸びしてたのかも知れないと同意した。成田に帰って、違った何か
をしていこうと話した。すると奥さんが何をするとの聞くと自分達の
ためだけでなくて、他の人に良い影響を与える事をすべきだと言い、
でも私達にできるのは、せいぜい家庭教師くらいよと奥さんが言うと
、そうだ、成田で優秀な若いエリートを育成していこうと言った。
そうね、その方が子供もいない、私としては楽しいかも知れないと
笑いながら言った。そうしよう成田の実家へ行って、あいてる土地を
探して家を建てて離れで勉強を教える塾を始めようと言った。悪寒は
十分にあるから。それで行こうと言うと、奥さんも、その方が楽に
生きられるかも知れないと賛成してくれた。そして10月12日、
朝10時に上野を出て京成特急で成田に11時に着いて、久しぶりに
故郷に帰ると、やっぱり水があうと言うと両親が、やっとわかったか
と言い涙を流して喜んでくれた。そして両親が隣の佐光友和さんが
亡くなり奥さんの啓子さんも3年目に亡くなって子供達は東京と
ロサンゼルスにいて帰ってくこなくて昨年、亡くなる前に佐光俊一さん
に後を託すと言った事を話した事。息子さんと娘さんは葬式に来ないの
と聞くと来なかったと良い、仕方なく、私が葬儀を取り仕切ったと言った。
そう言う人もいるんだと佐光俊充も驚いた。だから私が佐光友和さん
の家に入り、お前が、ここに住んだら良いと言った。ここは敷地どの位
あると聞くと、350坪、いや納屋、昔の牛小屋を入れると500坪に
なるかなと言った。ちなみに佐光友和さんの家はと聞くと、うちの半分
くらいで250坪程度だろうと言った。そして地元に工務店、建築業の
知り合いはいないかと聞くと昔なじみの小泉工務店の小泉太郎がいるが
、自分だけでは商売にならないので、どっかの木造住宅の会社の
フランチャイズの傘下に入ったと言った。注文があると千葉県内で家を
建ててると言った。
その人を紹介してと言うと直ぐに電話かけてくれた。電話で概要を聞くと
木造在来工法で120平米から180平米の規格住宅を格安で販売してる
と言い成田にモデル住宅を建てて、そこの事務所にしてるから、一度来て
みたら良いと言った。そして佐光俊充が来週中に上野のマンションを
引き払って、こっち引っ越してくると言うと、わかったと言い、お前が
ここに住んで俺が佐光友和さんの家に住むと言った。その後10月17日
、引っ越し屋に4tトラックの満載の荷物を積んで、佐光夫妻が自分の車
で成田の父の家に引っ越して来た。
1日で荷物を運び込み、引越を終えた。10月19日、父の友人の
小泉工務店の小泉太郎さんに電話を入れて佐光夫妻が甲泉工務店を訪問した。
そこが180平米の小泉工務店の一番、豪華で大きいモデル住宅になって
いた。そこで住宅のパンフレット見せてもらうと180平米4LDKが
1500万円、120平米が1200万円だと話した。そこで佐光が
今モデル住宅を売ってもらうわけにはいきませんかと聞くと、別に
売っても良いかと言った。もちろん、移築だから、価格は勉強するよ
といった。次に180平米で間仕切りを少なくして教室みたいに使える
家は、もっと安く作れますよねと聞くと、そう部材も減るしやすく出来る
と言った。それを聞いて、このモデル住宅をそのまま移築して、もう1軒
180平米の家をテラスハウスの様にくっつけて建てる。それとは別に他の
土地に120平米のモデル住宅を建てるとして、いくらでできますかと
言うと、ちょっと待って、直ぐには出せない。誰が建てると聞くと佐光俊一
の長男の私、佐光俊充が建てて、支払いもしますと言った。
それなら、できるだけ勉強して幾らになるか2-3日中に連絡すると
言った。この話を実家に帰って佐光俊充が父に言うと、お前、そんなに
金あるのかというので、株投資で成功して数億円あると言うと驚いた。
そりゃ、ありがたい話だが絶対に無理するなと両親が言うので大丈夫と
答えた。10月25日、小泉太郎さんが父の佐光俊一の所へ来て図面と
パンフレットを持って来た。佐光俊一の所を整地し、今のモデル住宅
を移築してい、もう1軒、同じ大きさの家をつけて4つに部屋を間仕切り
、2階建てで8部屋、板張りの部屋にし1の2階に、男女別の4つ
ずつのトイレを作ってもらうようにお願いした。




