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外伝 激情閃鋼アイゼンファイヤー

〜主な登場人物〜


叶勇騎(かのうゆうき)

 主人公。ツナイダーロボの後継機である新型兵器「アイゼンファイヤー」の専任パイロットを務める。一見すると寡黙な冷血漢だが、その胸中には滾るような激情を秘めている。年齢は18歳。


・クレア・デリンジャー

 ヒロイン。ダグラス・マグナンティの元で指導を受けた新人パイロットであり、かつてはロンドンの街を守るヒーローとも呼ばれていた。市街地戦の渦中、アイゼンファイヤーの戦闘を目撃するのだが……。年齢は17歳。


叶勇騎(かのうゆうき)、時は来た! アイゼンファイヤーを出動させ、怨厄魔獣共を叩き潰せッ!』


 通信機に傍受された、獰猛な叫びが私の聴覚を刺激する。

 この戦場に新風が吹き抜けたのは、その直後だったが――それ(・・)を目の当たりにしても私は、抜け殻のように座り込んでいた。


 ◇


 灰色の空に、慟哭が響き渡る。瓦礫と機械の破片が入り混じる、モノクロの地獄が私の視界に拡がっている。大きく傾き、倒壊寸前となっている時計塔の痛ましさが、この世界の無情さを物語っているかのようだった。

 だが、この惨劇を前にしても――愛する母を、目の前で喪っても。その骸を抱く私には、何の力もなくて。ただあるがままの現実を、眺めているしかない。


『デリンジャー少尉! その区域にはもう民間人はいない、君も速やかに離脱しろッ!』

『お願い、クレア逃げてッ! クレアまで巻き込まれちゃうよッ!』


 腕の通信機からは、絶えず上官や戦友の呼び声が聞こえてくる。だが、亡き母の身体を抱く私は、そこから一歩も動けずにいた。

 ――空を仰げば、まだ激しい戦闘が続いていることがわかる。彼女達の言う通り、すぐさまここを離れなければ、確かに私も危ない。


 だが、そうと知りながらも。私は金縛りに遭ったかのように、微動だにせず――この紅い瞳で、空を駆ける人型兵器(ロボット)を見つめていた。

 赤と白で塗装された、全長18mもの体躯を誇る鋼鉄の巨人。全身を固める雄々しい超合金ボディは、他者を圧倒する気迫に溢れている。額の紅いツノと、背部に搭載された可変翼がその特徴だ。


『ブラストアントラーッ!』


 操縦士(パイロット)である男性の「怒号」が、地上まで轟くと同時に――額のツノがジェット噴射と共に撃ち出され、私達を襲う異形の怪物を粉砕する。地底より出でし、巨大な蠅のような怪獣は――巨人の額から放たれた一角に貫かれ、瞬く間に爆散してしまった。

 その肉片が私の周辺に降りかかり、大きな水音と共に悪臭が立ち込める。だが、その死臭に苛まれる中でも、私は絶えず上空の巨人を凝視していた。


『アイゼンパニッシャー・パーンチッ!』


 ――鋼鉄の拳を振るい、次々と怪物達を撃破していく勇姿を。


『超光波ビームッ!』


 そう。彼には、大命がある。圧倒的な力を振るい、人類に牙を剥く怨厄魔獣(インベーダー)を屠る――その使命を帯びた彼には、私達のような地上の人間に構っている(いとま)などないのだろう。

 巨人の蒼い両眼から、眩い熱光線が放射され――巨大蠅の群れが次々と焼き払われていく。

 その骸が矢継ぎ早に、隕石の如く……この街に降り注いでも。手足をもがれ大破し、無人の鉄塊に成り果てていた……私の乗機(ロボット)が消し飛ばされても。決して、彼が攻撃の手を緩めることはない。


 街の隙間を吹き抜ける猛風が、セミロングに切り揃えられた私の金髪を、激しく靡かせる。

 ――もしこれで地上の人間に犠牲者が出たとしても、それは「やむを得ない」のだろう。……そんな、意地の悪い見方をしてしまう。


『ヴゥ……ラァ、ヤァ……!』


 すると、熱光線を浴びても死に切れなかった個体がいたらしく。

 私の眼前に墜落した生き残りが、醜い複眼でこちらを射抜いてきた。その眼に映る私の白い肌が、近過ぎる距離感を示している。


 それでも、私は動かない。恐怖で足が竦んでいるのではない。……お母様を喪ったことを受け止めきれず、ただ座り込んでしまっているだけのことだ。

 お母様を置いて、逃げることなどできない……ただ、それだけのことだ。


 1人でも多く、道連れにするつもりなのだろう。生き残りの巨大蠅は牙を剥き、私ににじり寄ってくる。

 ――このまま殺されて、お母様の所へ逝けるのなら、それもいいのかも知れない。


『させるかッ! ――アイゼンミサーイルッ!』


 だが、あの巨人はそんな自棄さえ許してはくれなかった。側頭部のポッドに搭載された小型弾頭が連射され、一瞬にして生き残りを跡形も無く焼き尽くしてしまう。絶妙に、私にだけは被害が及ばないように。

 しかも地上に降りてきた巨人は、墜落した全ての個体を念入りに捻り潰して行く。鋼鉄の鉄拳は死を偽ることも許さず、侵略者達は悉く断罪されて行った。


『バリアブルウィンガーッ!』


 ひとしきり地上の敵を掃討した後。巨人は、一瞬だけ私を一瞥すると――背部の可変翼を展開させて、再び灰色の空へと舞い上がって行く。その鋼鉄の翼を刃に変え、群がる新手を切り裂きながら。


 ――たった1機でこれほどの強さを誇る巨人を前に、巨大蠅の軍団はなす術もなく。10分も経たないうちに、侵略者達は全滅してしまうのだった。


 だが、民間人の(・・・・)生き残りがいないこの街に、彼の活躍を讃える者などいない。巨人の操縦士も、そんなことはとうに理解しているのだろう。

 彼は痛ましい街の惨状になど目もくれず、次の獲物を探すかのように――遥か彼方へ、飛び去ってしまった。


「……どう、して」


 我が世界防衛軍の誇る、最新技術の結晶。かの「ノヴァルダーA」をベースに、ジュウモンジ博士によって新たに設計され、怨厄魔獣共を撃滅するべく開発された――「ツナイダーロボ」に続く感情式特殊人型兵器第2号。


 それがあの「アイゼンファイヤー」であることは、私も話に聞いていた。日本でのテストを終えた機体が、つい先日ロールアウトされたということも。

 ――恐らく今回の戦闘が、そのデビュー戦なのだろう。丁度近くの街に侵略者が現れたから、試運転がてらに出撃させた。そんなところなのだろう。


 それは、分かっている。分かっているのだ。彼は別に、遅れてきたわけではない。

 むしろロールアウトされて間もない機体だと言うのに、早速実戦で期待通りの戦果を挙げたことについては、大いに賞賛されるべきだろう。彼によって、多くの人命が救われたことも事実なのだから。


 ――だのに。


「なんでッ……!」


 浅ましいことに。


「どう、してぇッ!」


 私は、この街(ロンドン)を守る防衛軍の隊員でありながら。


「私のお母様を……助けてくれなかったのッ!」


 私情のままに、感謝すべき英雄(ヒーロー)に罵声を上げていた。


 ◇


 今では、ただ恥ずかしい限りだが――かつて私は人型兵器(ロボット)の操縦士として名を馳せ、この街を守る英雄(ヒーロー)と呼ばれていた。お母様も、師であるダグラス・マグナンティ教官も、そんな私を誇りに思ってくれていた。

 だが、奴らに敗れた私は、目の前でお母様を喪い――街の英雄から、ただの浅ましい敗残兵に成り下がった。


 もしほんの一時でも、私が英雄だったのなら……その英雄譚は今日で終わってしまったのだろう。そしてきっと、「アイゼンファイヤー」の英雄譚が新たに始まったのだ。

 ならば私は、何としてもこの戦争を生き延びて――見届けなくてはならない。今日という「終わり」と、明日からの「始まり」を。


 それがきっと、あの時に英雄(ヒーロー)を恨んでしまった私にできる、数少ない贖いなのだから――。


 ◇


 鋼の巨人を運ぶ大翼が、曇天を裂く。その下に広がる惨状を一瞥し、叶勇騎はコクピットの中で神妙な表情を浮かべていた。

 乗機(アイゼンファイヤー)と同じく、赤と白を基調とするパイロットスーツを纏う切れ目の青年は――黒髪を掻き上げ、戦いの結末を憂いている。


「……ロンドンを襲っていた蠅型の怨厄魔獣は全滅させた。これより帰投する」

『うむ、ご苦労だった。試運転としては上出来であったな』

「……」


 だが、通信の向こう側にいる十文字博士の声に、そういった類の情緒は窺えない。地球を守るためとあらば、実の娘さえ兵器に仕立て上げる彼には、遠い感情なのだろう――と、勇騎は諦観の念を抱く。

 博士もそんな義息子の反応に、気づかないほど無関心ではない。が、彼はその上で淡々と言葉を交わしている。


 それは感情式特殊人型兵器という「心」に左右されるマシンを、「兵器」として制御する者にこそ必要とされる冷徹さであった。


『……アイゼンファイヤーは過去のロボット兵器を参考に、ツナイダーロボ以上の攻撃力を目指して設計された機体だ。その余波で被害が拡大するのも、多少は(・・・)やむを得ない』

「……あそこで亡骸を抱いていた隊員に、そんな事情は関係ない。マグナンティさんが鍛えたあの2人(ツナイダーロボ)なら、きっと……もっと上手くやれていた」

『これは戦争なのだ、勇騎。如何なる犠牲を払おうとも、勝てば全てが赦される。結も、煉君も……君もな』


 ――叶勇騎は十文字結と同様に、感情をエネルギーとして発現させる超能力を持っている。


 その上、能力を発揮するために赤銅煉(パートナー)を必要としている彼女と違い、「感情エネルギー」を自力で制御することを可能としていた。幼い頃から戦士として育てられてきた彼は、自身に燻る激情を操る術を心得ていたのである。


 しかしそれは、常に自分の中に在る「怒り」を飼い続けることを意味しており――衝き上がるような自身への「怒り」を咬み殺すため、普段はこうして静かな口調に徹しているのだ。


 そして……育ての親である博士は、それを知るがゆえに察していた。普段は冷淡であるはずの勇騎の声が、微かに震えていることの意味を。


「そうだろうな。……だからこそ俺だけは、俺を許さない。日本の守りは結達に任せるが……残る全ての怨厄魔獣は、俺が討つ。どんな誹りを受けようとな」

『……それも良かろう。君は、そのために育て上げられたのだからな』


 戦士としての「殻」さえ破りかねないほどの激情――闘志の渦が、その胸に渦巻いているのだと。


 ――そして、この戦いから数ヶ月後。ツナイダーロボと共に怨厄魔獣を殲滅した叶勇騎は、防衛軍の正規パイロットを引退。

 独りロンドンに渡り、義勇兵(ボランティア)として復興に尽力する日々を送ったという。


 だが。その暮らしの中で――ある女性隊員と、運命的な「再会」を果たしていたことを知る者はいない。



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