08
ガチャ
「ひぃっ!?」
急に部屋の扉が開いた。俺はびっくりして椅子から跳ね上がるようにして立ち上がった。
「お兄、前借りた本読み終わったから新しい奴——」
涼花の眼前にはさぞ間抜けな光景が広がっていただろうな。
「あっれぇー? 開けちゃマズい時に開けちゃった? エロサイトでも見てたの?」
「見てねえよっ!」
いや、確かに涼花がそう思うのも無理はないとは思うけどな……だって俺、PC守るようにして立ってるし、見られたくないようなものが映ってるようにも見える。そりゃ見える。
けど、分かってくれると思う。俺は今までゲームをしていた。現に天風の、『どうしたの? 大丈夫?』なんて声も聞こえるしな。
「じゃあ何やってたの? ……もしかしてレベル上げ? あたしより強くならないでって言ったよね?」
「そ、それはそうだけど、こっちにも事情ってもんがあるんだよ……」
俺は何だか後ろめたい気分になって声が小さくなる。約束は約束だし、それを破ったのだから涼花が怒るのも無理はない。
「事情って何? それによっては許したげる」
ここで返答を間違ったら死に直結するような予感がする。デッドエンドだ。
「そ、それは……」
「それは?」
「あ、あれだよ。俺も助けられてばかりじゃなって思ったんだよ」
「どういう事?」
「いやほら、この前、助けてくれただろ? 何か情けなくなってな。それで、俺も強くならないと、せめてゲームの中だけでも、兄貴っぽく振舞えたらなって思ったんだ」
すっげぇ恥ずかしい。何で妹の前でこんな事言わなくちゃならないんだよ。
「へ、へえー……じゃあ、あ、あたしもゲームやる」
「話聞いてたか? 俺今、お前より強くならないとって話したよな?」
というか、顔赤いな。熱でもあるんじゃないのか?
「あ、あああたしを守ってくれるんでしょっ? じゃあ良いじゃないっ」
「ぐっ……」
俺の吐いたセリフの恥ずかしさが移ったのか、声を上ずらせながらも俺を追い詰めることを止めない涼花。
自分で言うより、妹に言われる方が精神にクるな。
「……ったくしゃーねえな。やってやるよ」
俺だって少しは知識を付けたし、レベルも上がった。今なら前みたいな情けない姿も見せることは無いだろう。多分、な。
「繋げたか?」
『うん、大丈夫』
「天風も、ごめんな。こんなタイミングで」
『ううん、良いの。後々こうなるなら、早い方が良いもんね。よろしくね、涼花ちゃん』
PCに繋いだヘッドホンから各々の声が聞こえてくる。
『お兄、誰この人』
「涼花、そういう言い方は止めろって言ったよな。前に書店に居ただろ。そいつだよ」
『ああ、あの地味な』
「その言い方も止めろって言ったよな!? 名前は詠だ。天風詠。覚えろよ?」
何でこいつは敵愾心むき出しなんだよ。そんなに悪い奴じゃないのに。犬か。犬なのか。見知らぬ人に吠える犬なのか。
『そっか……やっぱり地味だよね……』
ほら天風落ち込んじゃっただろ。
「天風、そんなに気にするな。うちの妹からしたら全部地味みたいなものだから」
ザ・リア充って感じで普段からキラキラ光ってるような奴だ。自分より明るいものなんてそうそう見つからないさ。
『何よその言い方! まるであたしが嫌な奴みたいじゃん!』
自覚無かったのかよ!
「人の部屋占領したり、人に荷物持ちさせたり、人のもの盗もうとしたりするやつが嫌な奴じゃないわけあるか!」
『あーもう、うっさいから怒んないでよ。ほら、さっさと始めるよ。どこ行けばいいの』
原因は涼花だと思うんだがな。
「天風、頼む」
『あ、うん。えっと、向かうのは——』
良いさ、この後格好良く決めて見返す予定なんだ。今だけ調子に乗らせておくのもやぶさかじゃない。
…………まあその、何だ。自分が精霊使いだってこと、すっかり忘れてたよな。
格好良く決めてやる! と息巻いたは良いものの、そもそも支援職の精霊使いじゃ、攻撃職の暗殺者に勝てるわけないよな。
『はあ……カッコわる……』
「うっ……」
ヘッドホンから、涼花の落胆した声が聞こえる。
『ま、まあ、援護は十分できてたし、そういう意味では十分活躍できてたと思うよ』
天風のそんな言葉も、今は心が痛くなるばかりだ。天風はフォローのつもりで言ったんだろうけど、俺、サポートがしたかったわけじゃないんだよなあ……いや、それが本来の俺の仕事なのは分かってはいるんだけどさ。
『お兄って昔からそうだよね。肝心なとこでミスったりしてさ』
「そ、そんなことないだろ!」
『あ、うん、分かるよ。私におすすめの本を教えてくれるってなった時も、後から、エロ要素が多いのしか無いって言ってたし』
『はあ!? あんた女子にそんなことしてんの!? うっわーやってらんないわー……』
あからさまに引いたような声が聞こえる。
確かに的を射ているような気もするため、俺は言い返す言葉が見つからない。
『詠さん、ごめんね? うちのお兄が変なことしなかった? 襲われたりしてない?』
『だ、大丈夫だよ。そんな変なことは何にも……そう、何にも……魅力が……はあ……』
天風が落ち込んだような声を出していたが、俺は聞いちゃいなかった。
『まあ、お兄は変態だから、言葉の半分は真面目に受け取らないほうが良いよ』
『うん、そうしてる。昔もそうだったもん』
『昔? お兄と何かあったの?』
『うん、実はね——』
話の内容までは聞こえてこないけど、何でお前ら意気投合してんの? さっきまで喧嘩というか、涼花が一方的に敵愾心むき出しだった気がするんだが?
完全に蚊帳の外に追い出された俺は、一人寂しく悲しみに浸ることにした。どうせ俺なんか格好悪いまんまですよ……。
『へえー! そんなことが! 詠さんも大変だね。お兄聞いてた?』
「ん? どうかしたのか?」
『あっそ、聞いてないなら良いわ』
「おい、どうしたんだよ。気になるだろ。天風、何があったんだ?」
『ん? んー、何でもない、かな』
「……そうか」
この様子じゃ、絶対に教えてくれないだろうな。大方、女子トークみたいな、俺には理解できない何かなんだろう。
ああ、結局蚊帳の外か……。
もう本格的に泣きたくなってきた。俺頑張ってるよな? 実は傍から見たらそうでも無くて、一人でピエロやってるなんて無いよな?
いや、そもそもゲーム頑張ってるって何だ……もしかして俺、本当にピエロしてた……?