02
両親と共に夕飯を食べてから数刻。
俺は今、妹と共にとある魔物と対峙していた。
食虫植物、ハエトリグサが巨大化したようなその魔物は、無数の触手をうならせて、俺たちを撃退しようと暴れていた。
「チクショウ、こいつ予想以上に硬いな」
俺たちは、なかなか倒れる気配のないその魔物を見て、軽く絶望した。
やっぱり二人で倒せるわけないんだよなあ。
だってほら、涼花なんて吹っ飛ばされてるし。
『はあ!? 何こいつ!? 強過ぎない!?』
妹様は大変ご立腹の様子だ。
「当たり前だろ。今の俺たちじゃレベルが違い過ぎる。それに二人で挑むような相手でもない」
『そんなことない! あんたの支援が悪いのよ! 何で攻撃受けた後に、防御上げる魔法なんて掛けるの!?』
いや、だからそれは悪かったって。魔法にだって詠唱時間ってものがあるんだよ。
『あーもう! やってられるかぁ!』
ガシャーン!
「ぅおう!?」
急にヘッドホンから流れだしたでかい音に、思わず声を上げる。
隣の部屋に居る涼花が、何かをマイクに投げつけたようだ。
「耳痛ぇ……」
俺たちが今やっているのは『プロクル・プレイス・オンライン』というゲームだ。
世界でも大人気のMMORPGで、世界最高峰のグラフィックと、高性能なCPUによる治安維持が話題となって、今ではゲームをやっている人間に知らない者はいないと言われる程の大ヒット作だ。しかも、運営が新興のゲーム会社だということでも、話題を呼んだ。
ちなみに略称は『プロプレ』
妹のせいで耳鳴りがするためヘッドホンを外すと、未だにドッタンバッタン聞こえてくる。そろそろ怒られるんじゃないか。
あ、治まった。
「お兄!」
ドン!
「うおっ!?」
今度は何だ!?
見ると、部屋の扉を勢いよく開けた妹様が立っていた。
「絶対さっきの奴倒すからね! 倒すまで寝ないからねっ!」
それだけ言うと、また自分の部屋に戻っていく涼花。
「マジで言ってんのか……」
思わず天井を仰ぐ。
倒すまで寝ない、要するにそれはつまりオールナイト宣言と等しい。というか勝てるビジョンが見えない。レベルが足りない。
もっと仲間増やせよ。
『今度こそ勝つんだからね! 絶対寝ないでよ!』
「うっせえ。さっさと寝させろ。明日学校あるだろうが」
マイクに向かって悪態をつく。
さっき、逆らわないほうが楽だと言ったな? あれは嘘だ。めっちゃ疲れる。
俺の人権は存在しないのか……?
「ったく、しゃーねえな。やってやるか」
俺は覚悟を決め、ディスプレイに向き直る。
空が白み始めても、一向に勝てる気配はしてこない。何時間やったんだよこれ。
俺は、何度目か分からない敗北時の暗転の中、未だに元気に暴れまわる魔物を見て溜息を漏らした。
デスペナルティの経験値消失と所持金のロストが地味に痛い。
「弱点突いても体力全然減らないとか……」
呆れすぎて逆に笑えてくる。やはりレベル不足と人数不足は大きなハンデだな。
「ってかもう五時かよ!?」
目の端にチラッと見えた時計が示す時間は、五時十五分。普段の起床時間の一時間半前。
やばいな、無理してでも寝ておけば良かった。このままじゃ学校で死ぬ。多分死ぬ。
今更ながら、自分の馬鹿な行動を後悔する。
『お兄、今日は中止。また学校から帰ってきたらやるからね』
「ちょっと待て。お前まさかまだ諦めてないのか?」
俺は耳を疑った。
『当たり前じゃん。絶対勝てるって』
「無理に決まってんだろ。レベルが足りねえんだよ。あと人も」
というか何でこいつに固執するんだよ。他の奴倒してレベル上げるとかすれば良いじゃねえか。
『じゃあ人連れてきて』
「無茶言うなよ!?」
俺、ただでさえあんまり友達居ないのに、その中からこのゲームやってる人探すとか無理あるだろ。
「まあ、やるだけやってやるかあ……」
正直気乗りはしないが、この負担が少しでも軽減されるなら万々歳だ。
「ところで涼花」
『何?』
「何でこのモンスターに執着してるんだ? 他の奴倒してレベル上げてからでも遅くないだろ?」
『むかつくから』
「は?」
何言ってんの?
『形が気持ち悪くてむかつくから倒したい』
「まさか、それだけとか言わないよな?」
思わず声が震える。
まさかそれだけのためにオールまでして……?
『そうだけど、何かあったの?』
「俺の睡眠時間を返せええええ!!!!」
『うわぁ!?』
マジで言ってんの? それだけ? 形が気持ち悪いってだけで、俺の睡眠時間は消え去ったの?
「お前、マジでふざけんなって……何でそれだけの理由で勝てもしない敵に挑んでオールしてんの……俺馬鹿みてえじゃん……」
『ど、どんまいっ?』
「お前のせいだよっ!」
あーもうだめだ。精神的にも体力的にもオーバーキルだこれ。
アハハ、おかしいな……目の端から汗が流れて来たぞ……?
『ほ、ほら、そんなに気を落とさないでよ。早起き出来たじゃん』
「最初から起きてんだよなあ……」
目が痛い。ついでに頭も痛い。というかずっと椅子に座ってたから全身痛い。
あ、今、背中から鳴っちゃいけない音が……。
「今から少しでも寝ておく。じゃねえと死ぬ」
『そ、そう』
「じゃあな」
通話を切って、フラフラとベッドに向かう。
あー、ベッドがすげえ気持ちいい。普段思わないけど、今だけはすげーフッカフカなの分かるわ……。あ……もう意識が……。
超強力な睡魔に襲われた俺は、結局のところ普段より遅く起き、そのことを両親にとがめられることになった。一方で妹は起きていたらしく、何かを言われている様子は見えなかった。
「た、大変だね……」
所変わって教室での事。
「目の下のクマすごいけど、どうしたの?」と、先日話すようになったばかりの天風に心配され、昨夜から今朝にかけての悲劇を伝えたところ、顔を引き攣らせて同情してくれた。正直辛い。
何より眠いし、目が痛いしで授業に集中できない。
「まあ、今日もやることになったんだけどな……」
絶望しかない。
「あ、でもそのゲーム、私もやってたよ。今は読書が忙しくてやってないけど、データは残ってると思う。手伝おうか?」
「ホントか?」
意外だな。まあ、有名な作品ではあるしな。
「うん、おすすめの本教えてくれるって言ってたしね」
「あー、そうだな。すっかり忘れてたよ。じゃあ、帰りにでも本屋寄るか? あ、でも部活とかは無いのか?」
「あ、えっと、一応文芸部に所属はしてるんだけど、活動自体は自由なんだ。だから問題ないよ」
「そうか。文芸部ってことは、天風も本とか書いたりするのか?」
「う、うん、書いてるよ。今度の文化祭で発表するんだ」
「いいな、それ。じゃあ、その時は読ませてもらうよ」
「え!? う、うん」
「? どうかしたのか?」
「い、いや、何か恥ずかしいなぁって」
頬を赤らめて頭を掻く天風。
まあ、確かに恥ずかしいのかもしれないな。俺だって、テンション上がってラノベの台詞叫んだところ見られたら、悶死するしな。いや、違う話かもしれないけど。
「じゃあ、放課後に。後でね、昴流君」
「おう、後でな」
天風と別れると、途端に眠気が襲ってきた。
俺は、その眠気に逆らわずに机に伏せる。
どうせ眠い状態で授業聞いてもわかりゃしないしな。