01 俺がゲームで活躍する可能性0%!?
「ね、ねえお兄」
「な、何だ?」
夕焼けに照らされる室内。自宅の一室、妹の部屋に、俺こと黄間昴流は、部屋の主である妹の涼花から呼び出されていた。
開け放たれた窓からふわりと吹く風が、涼花のトレードマークであるツインテールを揺らす。
「あの、さ。大事な話があるんだけど、いいかな……?」
その時、強烈な違和感が俺を襲う。
——おかしい。
あの傍若無人な俺の妹がしおらしいだと?
普段は俺の気分なんてお構い無しに、色々なとこを連れまわしては荷物持ちをさせるような妹が。俺の事を道具の様に扱ってる妹が。
これは喜ぶべきところなのか? やっと妹様の奴隷的生活から抜け出せると?
それとも、兄としてこの急激な変化を心配するべきなのか?
「ちょ、黙らないでよ……。何か言ってよ……」
今にも泣き出しそうな声を出す俺の妹。
「ご、ごめん。急にどうしたんだ? 話なんて。それに、俺の顔色を窺うなんてお前らしくないじゃないか」
俺は後者を、心配する方を選択した。
というか目の前に泣きそうな女の子が居るのに、「ついに奴隷的生活から解放!? マジで!? イヤッフー!」なんて叫んだら、ただの頭のおかしい人だろう。いや、そもそもそんな事叫んだら、状況関係なくおかしい人だけども。
「あの、言いたいことがあって、それで、呼び出したんだけど……ダメ、だった?」
「い、いや、そんなことはないぞっ? 暇だったしなっ」
ごめん、嘘。部屋でラノベ読んでた。めっちゃ続き読みたい。
「そっかっ!」
一気に顔を輝かせてにっこりと笑う涼花。そんなに俺が暇だったことが嬉しいか。貶されてる気分だぞ。
「そうだよね! お兄はいっつも暇そうにしてるもんね!」
確かに正しい。部活にも所属してるわけじゃないし、友達も多いとは言えない。だけど、そうやって言い返しづらいのはズルいと思う。
「で、その大事な話ってのは何なんだ?」
早いとこ話を聞いて、部屋に戻りたい。そして、続きが読みたい。
俺が話の続きを促すと、涼花は顔を赤らめ始めた。そしてもじもじしながら、
「そ、その、えっと……話って言うのは……あ、あたしと、あたしと——」
「——あ、あの……昴流、君?」
「んあ?」
あれ? ここは……教室?
俺は家に居たはずだが……まさか今のは夢だとでも?
「次、移動教室なんだけど……」
消え入りそうな声で、俺を起こしてくれたであろう女子を見る。
「もしかして、俺、寝てた?」
「う、うん、寝てた。皆が先に移動しちゃって、私も、小説読んでたら遅くなっちゃったんだけど、そうしたら、昴流君が居て、それで起こしたんだけど……」
しどろもどろになりながらも説明してくれている。
ってことは俺、妹に呼び出される夢を見てたってこと? 遂に俺の夢にまで進出してきやがったか。
「そうか、ありがとう」
時計を見ると昼休みだった。まだ予鈴は鳴ってないし、歩いても間に合うかな。
「次、どこだっけ」
「え、えっと、パソコン室」
「そうか。じゃあ全然間に合うな」
というか何で皆そんなに早いんだよ。もっとゆっくりでも良いだろうに。
ふとそこで、彼女が手に持っている小説に目が行く。
その本は、世界最強の吸血鬼である少年が、その監視役として派遣された少女と一緒になって、その強大な力とともに事件を解決していくという、俺の好きな作品TOP10には入る名作だ。まさかこんなところに同志が居るとは。
「その本って……」
「えっ? あ、これは……その」
「俺も好きなんだよその作品! いやーまさか君がこの作品を知ってるとは思わなかったよ!」
「ひゃっ!」
彼女の手を取り、その顔をちゃんと確認する。
少し大きめな、角が丸まった眼鏡を掛けており、髪型は三つ編みのおさげ。件のラノベを豊かな胸に抱いてる姿は、少しだけ可愛くて、ドキッとした。慌てて、掴んだ手を離す。
「ご、ごめん」
俺って女子に耐性ねえんだな……。
「あの、俺、まだ皆の名前ちゃんと覚えてなくて、良かったら、教えてくれないか?」
そういえば、と思い出したように聞く。
まだ入学して半年も経っていないから、当然と言えば当然だが、やっぱり失礼だったのだろうか、その少女は少し落ち込んだように、
「え……うん、そうだよね……」
「? どうかしたか?」
そんなに落ち込むことでもないと思うんだが、何か思うところがあるのだろうか。
「う、ううん、何でもない。えっと、私は、詠。天風詠。よろしくね、昴流君」
「おう、よろしくな。それで、その本って……」
「こ、これは……! その……」
「好きなのか?」
「うん、好き、かも、しれない」
「かもしれない、かあ」
ちょっと期待してたんだけどな。
「で、でも、昨日買ってきて、今、夢中になって読んでたから、多分、好き」
ああ、それなら良かった。よく見たら一巻だしな。作品について話したいけど、そういう事情なら仕方ないか。
俺はその本について語りだしたい衝動を抑えて、もう一つの質問をする。
「その、天風は、他の作品も読んだりするのか?」
「あ、えっと、小説なら沢山読んでるよ、ライトノベルはまだこれだけだから、あんまり分からない、かな」
「そうか。じゃあ今度おすすめとか教えるけど、どうだ?」
俺が教えたいだけだけどな。
「良いの?」
意外にも、明るい反応が返ってきて安心した。
「もちろん。仲間が増えるなら嬉しいよ。ちなみに、どんなのが良いんだ?」
やっぱり異能力モノだろうか。いや、ラブコメという線もあるか。まさかこの見た目でエロコメは無いだろうし……。
「あ、えっと、じゃあ——」
言いかけたところで予鈴が鳴った。
「やべっ! 話し過ぎた! 急ぐぞ!」
「う、うん!」
歩いても間に合う時間だったはずが、つい話し込んでしまい、走る羽目になってしまった。
まあ、同志が見つかったから良しとするさ。
妹の、俺に対する理不尽な仕打ちの話をさせてくれ。
俺の妹様は、何もかもが平凡な、いや、平凡以下な俺と違って、容姿端麗で勉強は出来て、スポーツもそれなりに出来て、更にはゲームの知識まで持ち合わせているという、ハイスペックな人間だ。
俺が何を言いたいかというと、その妹様は、俺の事をもはや人間ではなく、便利な道具として見ているのではないか、という事だ。
妹が俺を外に連れ出すせいで、貴重な休日は潰れ、妹のゲームの相手をするという名目で、やったことのないゲームを買わされ、あまつさえ、心的有利を保つためか、そのゲームで、妹以上のレベルになることを禁じられている。
逆らう方が時間もかかるし、最後はなんだかんだ言って用事に付き合わされるため、抵抗するだけ無駄だと悟った俺だが、それにしたって、
「——俺の部屋まで占領しないでくれる!?」
流石に一度は目を疑った。
だってこいつ、自分の部屋あるし、自分のPC持ってるし、というか俺が持ってないもの全部持ってるし、今さら俺の部屋を占領して何をしようというのか。
「あ、お兄帰ってたんだ」
「帰ってたんだ、じゃねえよ! 何でお前、俺のベッドに寝転がって小説読んでるんだよ!」
「だって、たくさん買い物したら疲れちゃったし。やっぱり荷物持ちは必要だよね」
「俺が聞いてるのはそうじゃねえ。自分のベッドあるだろうが」
というか、もう少し長いスカートを穿いたらどうだ。チラチラ見えそうになって、目のやり場に困る。
「あたしのベッドは今、荷物置き場になってるから」
「床に置けば良いだろ!?」
何でわざわざ寝る場所塞いでまでベッドに物置くんだよ。というか何買ってきたんだよ。
「嫌だ。踏んだらどうするの? 壊れたらどうするの?」
知らん。踏んだらそれは自分の責任だろうが。
「踏まないようにすれば良いだろ。というか俺、疲れてるんだけど。寝たいんだけど」
「知らない。床に寝れば?」
「俺の扱い物以下!?」
俺が踏まれたらどうすんの!?
「人間の身体って丈夫に出来てるらしいから、そんな簡単には壊れないって」
「壊れなくても痛いだろうが!」
ここ俺の部屋なんだから、もう少しこのアウェイ感どうにかならないのか。完全に妹様に主導権を握られてやがる。
「ほら、分かったらさっさと出てって。踏まれたいの?」
ごみを見るような目を俺に向ける。
ダメだ。埒が明かん。
こうなったら素直に従う方が疲れないし、時間も取られない。
俺は仕方なく部屋を出て、リビングのソファーに寝転がる。
——ああクソッ、可愛くねえ。
俺の妹は、こうやって俺の日常を破壊していく。見た目は良いんだから、もう少し大人しくなれば、俺だって従うのはやぶさかでも……いや、何にしても妹に従うのはごめんだな。
そんな事を考えてるうちに、睡魔がやってきた。
先ほどまで妹と口論していた疲れからか、俺はそのまま夕食の時間まで寝続け、その後、妹様の強力ビンタによって起こされることになった。
というか、起きた後も叩き続けるのはどうかと思うぞ……めっちゃヒリヒリする……。