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If白雪姫が格闘家であったら

作者: YokohamaMiddle

後添えのお后様が一方的に悪者になっている童話は好きじゃありません。白雪姫も適度に悪く、最終的にはみんないい奴という話にしてみました。ご意見いただければありがたいです。

薄暗い空間に様々な光跡が宙に投げ出されたロープのように飛び交っていました。その中を猿のように落ち着きなく飛び跳ねていく姿がありました。よく見ると肌は黒く蛇の鱗のようにぬらぬらと光っており、意地悪そうにひしゃげた口角からは禍々しい牙が覗いています。どうやら何かの魔物のようです。


その後を真っ白な光の塊が追いかけてきました。光の塊の中心には鎧をまとった美しい女の人がいました。魔物のことを厳しい眼差しで睨んでいます。


「ヒッ・・・」


魔物が追ってくる光をみて短い悲鳴を上げます。女の人がついに魔物に追いつき言いました。


「魔神グレム!罪なき幼子の魂を食み、人々の優しさを逆手に取って不幸に陥れる貴様の悪行、この戦の女神アフロディーナが許さん。覚悟せよ」


アフロディーナが腰の鞘から白く光り輝く剣を抜き去ると、グレムは必死になって命乞いをします。


「わるかったぁ~、待ってくれ。そうだ、手に入った金貨は全てお前にやろう。なぁ、見逃してくれたらなんでもするぜ。金が欲しいのか?それとも若い男の魂でも捕まえてこようか?誰か憎い奴を人知れず呪い殺すこともできるぞ。気に入らない奴の一人や二人はいるんだろ?」


しかし、それを聞いたアフロディーナの怒りは益々高まるばかりです。


「汚れた魂め、地獄に落ちよ!」


その時、偶然魔物の近くに流れるように現れた光の筋の中に、優しそうな王様がお腹の大きくなったお后様の手に取って笑顔で語りかけている姿がありました。先程まで泣き顔で命乞いしていたグレムは、その姿を見てニヤリと笑います。


「あばよ、アフロディーナ!お前に幼子が殺せるかどうか見ものだな」


そう捨て台詞を吐くと、グレムはお后様のお腹の中に消えていきます。


「しまった、やめろ!!」


アフロディーナの叫びはグレムの居なくなった空間に空しく響きます。ひとり残されたアフロディーナはグレムが入っていった光の筋の中に目を凝らしました。すると、美しい少女が図書館で本を読んでいるのに気付きました。


昔は、本と言えば聖書や詩集が多かったので、アフロディーナはてっきり信心深い少女なのだろうと思い込みました。アフロディーナが乗り移っても、女神であることを明かせば、信心深い少女の魂は協力してくれるに違いありません。


ただ、信心深い少女を危険な悪魔祓いに巻き込むのには心が痛みます。しかし、あの悪魔を逃せば多くの人々が傷つくでしょう。アフロディーナは静かに呟きました。


「已むを得んな・・・」


そしてアフロディーナは少女の胸の中に静かに消えていきました。



むかしむかし、ある国の王様とお后様の間に可愛い女の子が生まれました。雪のように白く美しい肌をしていたので、ふたりは女の子を「白雪姫」と名付けました。


美しく誰にも優しい白雪姫はみんなから愛されていました。でも、城で一番美しいのはお后様でした。みんな『一番可愛いのは白雪姫だよ』とは言ってくれますが、『一番美しいのは白雪姫だよ』とは言ってくれません。


そんなある日、夕食の後で王様に遊んでもらおうと部屋を訪ねると、王様がお后様を背中から抱きしめながら耳元に囁いているのを聞きました。


「白雪姫には世界中で二番目に愛してるって教えてやりたい。一番愛しているのは君だ」


王様とお后様の仲が大層良いのは有名なことで、城のメイドたちも『また始まった』と大して気にせずに聞いていたのですが、ふと気が付くと白雪姫が顔を紫色にしてプルプル震えています。メイドは不味いと思って白雪姫に声を掛けました。


「ええっとー、白雪姫様?王様がおっしゃったのは、歌詞になったこともある有名なセリフで、二番目が劣るって意味じゃぁ・・・」


「・・二番目、二番?一番じゃないの?・・・一番じゃなきゃ意味が無いんです」


白雪姫はぶつぶつと独り言を言いながら自分の部屋に帰っていきました。


その夜、メイドたちが寝ていると、不気味な呪文が何処からか聞こえてきました。メイドたちが気味悪がって布団を頭からかぶって震えていると、お后様の悲鳴がお城に響き渡ります。


お后様は何かに怯えたように醜く顔を歪めベッドの上で死んでいました。


皆がお后様の死を悲しんでいるとき、メイドは白雪姫の口元が一瞬笑ったように見えて驚きました。しかし、白雪姫は直ぐに悲しそうな顔を皆にみせます。メイドは多分、自分の見間違いだろうと思いました。


お母さんのお后様が亡くなってから、皆が今まで以上に親切にしてくれるようになりました。白雪姫は調子に乗って色々と我儘を言うのですが、みんな多少無理なことでも聞いてくれます。


特に青年騎士団の若者たちは、白雪姫がニッコリ微笑むだけで、何でも言うことを聞いてくれました。


ある日、白雪姫は格闘技を習いたいと騎士団の若者達にお願いしました。しかし、万一白雪姫が怪我をしたりすると大変です。初めは若者達も断ったのですが、白雪姫が悲しそうな目をして『お願い!』と手を合わせて頼むと、若者達は仕方なく何を教えるか相談しはじめました。


まずは自分を守れるようになることが先決だと一人の若者が言いました。


「だからパーリングで相手のパンチを逸らせる練習をしたらいいんじゃないかな?」


しかし、白雪姫はちょっと怖い顔で睨んで言いました。


「守るんじゃなくて攻撃する方法を知りたいの」


「そうだよね。そりゃそうだ・・・」


若者は慌てて白雪姫の意見に同調します。


もう一人の若者が言いました。


「なら、相手の力を使って相手を投げ飛ばす練習なんかどうかな?」


白雪姫は先程ほど怖くない顔でしたが、やはり睨んで言いました。


「相手が力を使わなければ使えないなんてつまらない」


「そうだよね。そりゃそうだ・・・」


若者は慌てて白雪姫の意見に同調します。


「なら、相手の首を絞めるのを練習したらどうかな?相手が気付かないうちに近付いて、いきなり首を絞める方法だ。上手くなると、あっという間に相手が気絶するんだよ」


白雪姫は暫く考え込んでいましたが、にっこり笑って答えました。


「それって素敵。それがいいわ」


白雪姫が喜ぶ顔を見られて、若者達も大喜びでした。早速、相手の襟を使って頸動脈を絞める方法をいくつか教えて白雪姫に試してもらいます。


白雪姫が後ろから抱き付くように若者の首を絞めると、とてもいい匂いがして、若者達はついつい防御を忘れてしまいます。あっという間に何人もの若者達が締め落とされて気絶しましたが、それでも白雪姫に首を絞めて欲しい若者達が列を作って自分の順番を待っていました。


そうして白雪姫は絞め技の達人になったのです。勿論、このことは青年騎士団以外には秘密です。


ただ、白雪姫は青年騎士団ばかりと一緒にいるのではありませんでした。お城には乙女騎士団の強いお姉さん達もいました。白雪姫は乙女騎士団のお姉さんに、既に相手の力を使って相手を投げ飛ばす方法を教えてもらってました。


乙女騎士団のお姉さんたちは思いました。『投げ技だけなら教えても大したことないだろう。絞め技や固め技、それと突きや蹴りを知って漸く格闘技の基本が出来上がる。所詮はお姫様のお遊びだ。かわいいじゃないか』


青年騎士団の若者達は思いました。『絞め技だけなら教えても大したことはないだろう。投げ技や固め技、それと突きや蹴りを知って漸く格闘技の基本が出来上がる。所詮はお姫様のお遊びだ。かわいいじゃないか』


白雪姫は青年騎士団達に言いました。


「今度は突きを教えてくれる?ビュッ、ビュッ、って音がするぐらい早く動けるようになりたいの。ダンスに取り入れたらきっとカッコよくなるわ。お父様に今度見せてさしあげたいの」



アフロディーナは図書館で本を読んでる美しい少女の魂に潜り込みました。少女はクレアという名前の貴族の娘で、勉強もスポーツも得意なのですが、人と話したりするのが苦手でいつも一人で過ごしているらしいことが直ぐにわかりました。


さて、何を読んでるのかと少女の目を通して見てみると・・・、筋肉質の男が殴り合いしている絵が描いてある本でした。少女は手元の紙に何やら計算式を掻きながら独り言を漏らしました。


「やはり相手の拳が動くのに反応してるのでは遅すぎる。相手の心を読めとか師匠は言うけど、人間は他人の心なんか読めやしない。多分、相手の呼吸やステップから最も可能性の高い攻撃を想定して行動するか、先手必勝で先制攻撃をかけるしかないんだわ」


(な、・・・ちょっと何よ。聖書や詩集じゃないの?)


アフロディーナの声が心の中に響きクレアがピクリと反応します。


「だ、・・・誰?」


クレアが立ち上がると机の上に積み上げた本が崩れました。本のタイトルは、『最強の格闘技 ムエタイ』、『一撃必殺の空手』、『心の修行 合気道とともに』、『暗殺術 拳法』、・・・。


アフロディーナは眉を寄せて首を振りながら言いました。


(痛い・・・。この娘痛すぎる。思春期が遅れた真面目っ子程度と思ったら、中二病の格闘技オタクなんて、・・・。せめて、姫騎士系で剣術とか極めるとかなら萌だけど・・・、よりによってムエタイとか空手とか汗臭そうなの選んでるし、きっと聖書や詩を理解する繊細さなんて無縁の娘だったんだわ)


「し、・・・失礼ね。聖書だって読んでるもん。『人はパンのみに生きるにあらず』とか、なんかそんなんでしょ?」


確かにマタイ福音書にそのような記述はあるが、そんな言い方されたら聖書だってたまらない。しかし、アフロディーナも女神とはいえ武神なだけあって脳筋でした。いまいち、適切な返しができません。


(まぁ、・・・確かにそんな所はあるわ。でも、それを知ってるだけじゃダメね)


アフロディーナは、難しい質問に正しく回答する生徒を何とかして認めないようにする意地悪な先生のようなことを言いました。クレアはイラッときましたが、取り敢えずアフロディーナの話に耳を傾けます。


(クレア、私は武を司る女神、武神アフロディーナです。人々に仇をなす魔神グレム追ってきました。悪しき魔神グレムを打倒すのにあなたの力が必要です。さあ、剣を取って・・)


アフロディーナがそう言うとクレアの目の前に光輝く剣が現れます。ところがクレアは即座に拒否しました。


「嫌よ。剣なんて振り回していたら手の皮が固くなっちゃうじゃない」


(ちょっ、・・・わからないの?あたし女神なんだけど。拒否できるって思ってんの?)


「拒否できないんなら仕方ないわ。でも、拒否する権利があるなら当然拒否するわよ。私が武道を学びたいと思ったのは綺麗になりたいから。魔神グレムとか物騒な名前の奴に剣で切りかかるなんて、顔に怪我でもしたらどうすんのよ」


(でも・・、ちゃんと防御方法も教えるし、回復魔法も使えるようにするから。それにほら、私って『美と武』を司る女神なの。私に協力すると漏れなく美しくなるって特典が付くわ)


「さっきは『美』はついてなかったじゃない。なんか眉唾なのよね」


クレアが立ち去ろうとすると慌てたアフロディーナが何やら唱えました。するとクレアのわき腹が急に重くなり掴めるような脂肪がつきました。


「ちょっと、何したのよ?」


(美の女神に愛想をつかされたら醜い脂肪があちこちに付くことになるわ。さあ、光の剣を取りなさい。そして修行を受けるの。そして魔神グレムを倒すの。今なら光の剣を取るだけで、付いた脂肪を胸に寄せてあげるわ)


「くっ、・・・悪魔め」


仕方なくクレアが光の剣を受け取ると、クレアの身体が一瞬光につつまれ、ロリ巨乳美少女になりました。クレアは怒りの全てを叩きつけるが如く、それから毎日近隣の剣道場を訪ね、師範代たちを片っ端から叩きのめします。


又、アフロディーナの加護はクレアのムエタイにも磨きをかけました。師匠はいきなり胸が大きくなったクレアを見て、最初は修行をサボったのかと疑いましたが、以前にも増してフックが鋭くなったのを見て安心しました。成長期の女の子は突然体形が変わるもんだと納得して、引き続きクレアを指導してくれたのです。


やがてクレアが王国一の姫騎士として名声を得たころ、お后様が亡くなったとの悲しい知らせが国中に伝えられました。



王様はお后様が亡くなって悲しみに暮れていましたが、家臣たちは王様に再婚して欲しいと思っていました。そこで、貴族の娘達から誰か選んで、王様とお見合いをさせようということになりました。


もう王様がひとり残されて悲しい思いをしないように、健康で強い娘が良いということになり、王国一の姫騎士であるクレアに白羽の矢が立ちました。


でも、いきなりお見合いだと言うと王様がまだ早いと嫌がるかもしれません。そこで、美しい湖畔の別荘で白雪姫にお茶会を楽しませようという名目で王様を連れ出し、そこに偶然クレアが通りかかるというシナリオを家臣たちは書き上げたのです。


当日の風向を王国一の気象予報士に予報させて、丁度湖の反対側から朝日が昇る中、湖の岸側に向かって風が吹くベスト・ロケーションをはじき出します。


王様には緩めの帽子を渡し、湖畔に立った王様の帽子が風に吹かれて岸側に飛ばされるようにしました。クレアは家臣に連れられて偶然岸側から歩いてきて、王様の帽子を拾うという設定です。


家臣たちの目論見は見事に当たりました。


憂いを含む眼差しで王様が湖畔に佇むところ、一陣の強い風が湖面を吹き抜け王様の帽子を飛ばします。帽子が飛ばされて驚いて振り向く王様の美しい髪がふわりと端正なお顔の上にかかり、朝日が後ろから差して後光のようなエフェクトを与えました。


((し、・・・渋い!))


家臣たちは自分で演出したのも忘れて、王様の美しい姿にしばし見とれていたほどです。


一方、クレアは飛ばされた帽子を見事なステップでキャッチし、王様に振り返りました。クレアは逆に朝日を顔いっぱいに浴びて、その若く美しい姿をきらびやかに見せます。


((うぉお、・・・妖精?))


クレアの美しさはとてもこの世のものとは思えません。家臣たちは再び息を呑んでクレアの姿に見とれました。


クレアも王様に見とれましたが、アフロディーナも一瞬心臓が止まるほどのショックを受けていました。ここはなんとしてもクレアに王様を落としてもらって、王様と一緒の生活を楽しみたいものだと思いました。


アフロディーナがクレアに話しかけます。


(いい?クレア。脅かさないようにゆっくり近づくの。さあ、にっこり無害そうに笑って!)


クレアがニッコリと微笑んでゆっくりと王様に近付きます。


王様が近付いてくるクレアに戸惑い一瞬顔を強張らせました。


(ストップ。怯えてるわ。話しかけて警戒を解かせましょう。これ以上、近付く前に一旦安心させるの。ほら、帽子を風に飛ばさせましたねとか言って)


クレアは立ち止まり、手に持った王様の帽子を目の前に見せて言いました。


「陛下、風に飛ばされたお帽子をお持ちしました」


「ありがとう。随分強い風に飛ばされたのに、よく捕まえられましたね」


王様が気さくに右手を上げたところでアフロディーナの指示が飛びます。


(よし、王様の右手が届く範囲まで近寄ってストップ。ゆっくりとした動作で帽子を渡す。但し、渡すときに軽く手が触れるように。拳ダコが出来た部分じゃなく、一番柔らかいところ!触ったら速攻で謝るんだ。顔赤らめて。息止めて気張れ!)


クレアの柔らかい手というか、手の柔らかい部分に触れて、王様は一瞬ビクリとしました。クレアが素早く言いました。


「失礼いたしました。私、ぼうっとしてました」


王様はイチコロで落ちました。



王様とクレアの結婚式が盛大に執り行われ、クレアは新しい后として城に住み始めました。白雪姫は王様がクレアのことをウットリ見つめる姿にイラっときていました。


ある晴れた夏の日の午後、白雪姫はクレアを湖のほとりの散歩に誘い出します。白雪姫はスキップするようにクレアの少し前を歩き、振り向きざまに鋭く息を吐きながらフックを振り出しました。


「シッ!」


クレアはノーガードのままスウェイして交わします。オーソドックス・スタイルで腕をアップ・ライトに構えなおしたクレアが余裕の笑みを浮かべます。


「踏み込みが足りないようね、白雪姫。攻撃も連続した流れがないわ」


クレアはそう言うとワン・ツー、ワン・ツー、フック、右ミドル・キック、ストレート、左ミドル・キック、の連続を白雪姫に叩きつけます。特に強烈な右ミドル・キックを受けた直後のストレートは防ぎようもなく、真面に喰らってバランスを崩したところに左ミドル・キックというのは厳しかったようです。


白雪姫は無様に地を這うことになりました。口の端から血を流した白雪姫はヨロヨロと立ち上がりながらクレアを睨み言いました。


「貴様・・・、アフロディーナだな。しつこい女だ」


「魔神グレム、このまま滅ぼすのでは白雪姫が不憫。王国を諦めて森で隠遁生活をおくるなら見逃してやらないこともないぞ」


美しい白雪姫を倒せば親衛隊のような青年騎士団が面倒なことになりそうです。それにクレアは純粋な格闘家として、類まれな才能を持つ白雪姫をこのまま葬るのも惜しいとも思ってました。


白雪姫は傷ついた獣のような暗い目をして呟きました。


「仕方ねぇ・・・」



赤いキャスケット帽に白のジャケット。キャンバス地のボクサーバックを背負った白雪姫が森の入り口にある橋を渡っていきます。全てに絶望したような暗い目をした白雪姫を見たアル中の小人のおじさんが臭い息を吐きながら話しかけてきました。


「どうしたい?誰かをぶっ殺してえような目をして・・。へへへっ、・・お姉ちゃん、拳闘やってみねぇか?」


白雪姫は冷たく無視するように森に入っていきます。それでも小人は白雪姫に付き纏いました。そして飯をタダで食わせてやるからと誘って、ボロボロの工場のような建物に白雪姫を誘います。中からは何かを叩く激しい音が聞こえてきます。そこは小人のおじさんが経営するボクシング・ジムでした。


小人は白雪姫が今まで食べたことのないような不味い焼き肉を出してきましたが、何故か白雪姫は脂ぎった肉の全てが自分の力に変わっていくような気がします。城をクレアに追い出されてから見失っていた希望が身体の中から湧き出てくるようでした。


小人に言われるままにトレーニング・ウェアに着替えた白雪姫は、軽く柔軟体操をした後、バンテージを拳にまきながら自分の人生を考えていました。このまま何もないだけの人生なんて悲しすぎます。


グローブをはめてサンドバッグの前で構えると、サンドバックにクレアの顔が浮かんで消えました。


「シッ、シッ。シッ・・・」


短く息を吐きながら白雪姫がサンドバックを殴ると鋭い音がジム中に響き渡ります。そして最後に白雪姫が渾身のストレートを叩きつけると、サンドバックが激しい音をたてて大きく揺れました。小人が目を大きく開いて、嬉しそうに興奮しながら言います。


「おどろいたぜ。姉ちゃん、一緒に世界を取ろうぜ・・・。あんたなら出来る。あの橋を逆に渡って、城の開催する格闘技大会に参加するんだ。新しい后に勝てば英雄だぜ」


その日から白雪姫の厳しいトレーニングが始まりました。


朝、まだ日が昇らないうちから柔軟体操が始まり、腹筋、腕立て、スクワットを繰り返し、暗闇の中を蝋燭の火の灯りを反射した白雪姫の白い息が暗闇の中に立ち昇ります。


やがてロードワークに出た白雪姫が朝日を受けながら森の中を風のように走り抜けるころ、小人のおじさんはその姿をながめながら朝食の用意を始めましす。


ロードワークが終わった白雪姫はシャワーを浴びて汗を流し、小人のおじさんが用意した安物の焼き肉を食べ、そして一旦ベッドに戻って休息を取ります。二時間ほど休んでから白雪姫は起き上がり、牧を斧で細かく割る作業を始めます。細かく割った牧を担いで村の人たちに売り歩いたあと本格的なトレーニングが始まります。昼はほとんど何も食べません。


攻撃パターンを反復練習する基本から始まって、つぎに防御の動きを確認するように繰り返します。そして森の熊さんとスパーリングを行い、その後はサンドバックで自主トレーニングです。


再びシャワーを浴び夕食をとっていると激しい眠気が襲ってきます。しかし、小人のおじさんは白雪姫の前に蒸した豚肉や鶏肉、小魚のフライ、ほうれん草やニンジン、ビーマン、セロリなど、見るだけで胃がむかつくような大量の食べ物を積み上げます。


「食べるんだ。身体を作んなきゃならねぇ。苦しくても食べろ。后に勝つ身体を作るんだ」


その言葉を聞くと白雪姫は最後の力を振り絞り夕食にかじりつきます。食事というより作業のような光景でした。白雪姫は肉に食らいつきながら気絶するように眠ってしまうこともたびたびでしたが、そんな時は小人のおじさんが大切な宝物のように白雪姫を抱き上げてベッドまで運んでくれました。


「俺の白雪姫。お前は俺の夢だ・・・」



やがて夏が終わるころ、白雪姫が殴るサンドバックの音が明らかに変化してきました。骨に響くような強い打撃が繰り返されていることが、ジムの外に立っていてもわかるほど、白雪姫のパンチ力は明らかに高まっていました。


「シッ、シ、・・・、シッッ!」


白雪姫が渾身のストレートを叩き込むと、サンドバックはついに耐え切れず破れ、中から零れた砂がジムの床に小山を作ります。白雪姫は膝に手をついて肩で息をしながら言いました。


「悪りぃ・・・、とっあん。また、やっちまった」


「構わねぇ。今日は少し休め。シャワーを浴びてこい」


白雪姫が片手を上げながらシャワールームに消えていきます。その肩にはもっこりと筋肉が浮き上がっていました。


白雪姫がシャワーから出て冷たい水を飲んでいると、小人のおじさんが真っ白なガウンを白雪姫の前に広げました。


「腕を通して見ろ。もう直ぐ収穫祭が始まる。后の対戦相手を決めるトーナメントは来週からだ。もうエントリーは済ませてある」


自分は粗末な服を着ているのに、高級な真っ白なガウンを自分のもののように喜んで広げて笑っている小人からは、既に酒の匂いなどしませんでした。


小人の横に静かに腰を下ろした白雪姫が遠くを見るような目で言いました。


「とっつあん・・・、後生だ。タオルなんか投げねぇでくれよな」


小人の背中がピクリと震えました。


「何言ってんだ姉ちゃん。お前は最強なんだ。タオルなんか必要ねぇ。縁起でもねぇこというな」



やがて収穫祭の日が訪れました。メインイベントの格闘技大会の特設会場は既に熱狂的なファンで溢れ返っていました。


リングに繋がる廊下を白雪姫と小人が歩きます。白雪姫は一瞬立ち止まると、小人の方に振り返って言いました。


「とっつあん、・・・色々とありがとな」


「なんでぇ、いきなり。お前はこれから后に勝つんだ。そしたら、英雄になって贅沢できるんだぞ。でっけえ家建てて、美味ぇもん食って、綺麗な服着て、・・・何でも出来るんだぞ」


「金はいらねぇよ。どうやって使うのか忘れちまった・・・。みんな、とっつあんにやるよ・・」


「馬鹿言ってんじゃねぇ。でっかい金を手に入れるんだ。お前ぇはそのために頑張ってきたんじゃねぇか」


小人のおじさんは白雪姫を抱きしめて泣き出しました。白雪姫の目にも涙が浮かびます。やがて、二人は大きな息をついて、再びリングに向かって歩き出しました。



お后様は既にリングの上にいました。片手を高く上げて熱狂的なファンの声援に答えます。強いライトに照らされたお后様が、王者の風格でゆっくりとこちらを睨んでます。


白雪姫は白いガウンを着たまま、走って一気にリングの中に飛び込みます。そして、ライトの光を浴びながら優雅な動作でガウンを脱ぎます。観客たちは白雪姫の引き締まった身体を見て静かな溜息をつきました。


お后様と白雪姫はお互いを睨み合ったまま一歩もさがりません。やがて、ゴングの音と伴に戦いの火蓋が切って落とされました。


お后様が猛然と白雪姫に襲い掛かり、いきなり激しい連打を浴びせかけます。白雪姫はその猛攻をブロックで防ぎ、軽やかなステップで間合いを取りました。


白雪姫はニヤリと笑い、お后様を馬鹿にしたようにガードを下ろします。お后様は再び激しい連打を浴びせようとしますが、白雪姫はノー・ガードのままスウェイするだけで躱していきます。


お后様のスピードが一瞬にぶったところで、白雪姫が激しい攻勢に出ていきます。顎を狙ったジャブとストレートの連打にお后様が頭部を守るためにガードを上げると、白雪姫はレバーを狙った鋭いボディを打ち込みます。


お后様は足をふらつかせながらも、鋭いアッパーを放ちました。白雪姫はアッパーの直撃は避けられましたが、頬からすうっと血が流れていきます。


白雪姫のストレートがお后様の目に当たります。お后様が放ったフックが白雪姫の顎を打ち付け、白雪姫は一瞬足をふらつかせます。


その後は一進一退の攻防が続き、いよいよ最終ラウンドです。お后様は腫れあがった瞼をセコンドに切ってもらい、無理にでも目が見えるようにしています。白雪姫は切れた頬の上にワセリンを塗って血止めをしています。


ふたりとも立っているだけでも苦しそうです。しかし、白雪姫が最後に渾身のフックをお后様の顎に打ち込み、お后様は静かにリングに沈み込みます。


テンカウントの後もお后様は立ち上がれません。レフリーが白雪姫の右腕を高く上げます。


「勝者、チャレンジャー白雪姫!!」


勇敢な勝者を讃える観客の声でリングが溢れ、漸く立ち上がってきたお后様がセコンドから貰ったリンゴを白雪姫に投げ渡しニヤリと笑います。


「あんた、・・・・やっぱり強いねぇ」


「へへっ、・・・・」


笑いながらリンゴを受け取った白雪姫は、何故かゆっくりと倒れて意識を失いました。


救護室に担ぎこまれた白雪姫を一人の若者が訪れました。お忍びで格闘技大会を観戦にに来た隣国の王子で、強い女性を妻にしたいと常々思っていたのです。


「どうか目を覚まして私の妻になって下さい・・・」


王子がそういって白雪姫にくちづけすると、白雪姫は目を覚まして王子様に抱き付いて一言。


「なる!」


こうして白雪姫は王子様と結婚し、お后様は勝者にリンゴを手渡した爽やかなイメージで国民の支持を受け、小人のおじさんは名トレーナーとして大きなジムを手に入れました。


魔神グレムと武神アフロディーナは、それそれ白雪姫とお后様が気を失っている間に身体から抜け出て異次元に戻っていったようです。


その後、王国では邪心を心から取り除く儀式として、毎年格闘技大会が盛大に開催されるようになりました。


めでたし、めでたし。

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