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最終話 帝都攻略戦(後編)

 帝都の街壁を破壊したウェルスランド軍は市街地へ殺到するかと思われたが、土壇場で駆けつけたフェリア王国からの援軍に押し返され、長距離砲の狙撃位置を確保することができなかった。フェリア軍の到着が遅れたのは、陸路で敵の占領地を大きく迂回して不完全な包囲網の穴から大都市圏に入ったためだ。一方、ウェルスランド側にも大森林からの援軍がようやく加勢し、さらに森から帝国へ帰還していた内通者達が呼応したことで両軍の力が拮抗したが、帝国軍は後方の諸都市から兵や物資を補充できるうえ、皇帝も健在なので未だ戦意を失ってはいなかった。戦死したベルクに代わり事実上の前線指揮官となったのは、フェリアの将軍とその目付役の神官団代表である。

 魔鉱兵部隊のうち最も敵陣深く食い込んでいたブレードダンサーは、たった一体で自軍の大部隊と対面することになった。

「姫様だ……!」「女王陛下だ……!」

 獣頭人身の女王専用魔鉱兵を認めると、フェリア軍がどよめいた。


《女王ネフェルクレアである!戦の勝敗は決した!軍を引け!》

 クレアの一声で戦闘中にもかかわらず何千何万という褐色の肌の兵士達が地にひれ伏し、これを見たウェルスランド軍も各部隊の指揮官が兵を待機させた。女王だかなんだか知らないが、小娘ひとりの言葉で戦力を消耗せずに済むならそれに越したことはない。


 片膝をつく獣頭人身の魔鉱兵部隊の奥から、神官団代表のシャーマンが進み出てその場を制した。

「女王陛下、お迎えに上がりました。ここに集いしは、悪のウェルスランド王国を成敗すべく立ち上がった勇者達。皆、ウェルスランドに捕らわれた姫様の御身を案じ、はるばる遠征して参ったのです。さあフェリアへ帰りましょう」

《勇者だと……?この私に恥をかかせるな、お前達のせいで戦が長引いているんだぞ。フェリアは帝国には与しない。帰るというならお前達も一緒だ。女王の名に於いて繰り返す、軍を引け!》

 やれやれ、聞き分けのない小娘だ。お前の背後に控えている敵軍は、帝国との戦が済めば大挙してフェリアに攻めてくるのだぞ……?神官は黄金の耳飾りに手をやった。

「閣下、攻撃命令をお出し下さい」

《姫様に弓引けと!?》

「殺せとは言っておりません。お飾りの女王などは、手足を切り落とし神殿に縛り付けておけばよろしい。力ずくでも連れ戻すのです。それとも……閣下の首も槍の穂先がお望みですかな?」

《くっ、全軍前進!命令に変更はない!どうした、進めー!》

「お……おおおおおおおおおおおおおおお!!」


 ブレードダンサーの足元でウェルスランド軍とフェリア軍が衝突し、歩兵部隊に紛れて砂色のナイト部隊と獣頭人身のソードマスター部隊が走ってくる。全身の魔法回路に黄金の稲妻が駆け巡り、獣の両眼を光らせて地面を蹴ったブレードダンサーの操縦席のクレアの目尻を、一筋の涙が走った。

「無礼者おおおおおおおおおっ!!」

 マジックブースターもパーシャルアーマーも持たないブレードダンサーは姿勢を低くして砂色のアーチャー部隊の弾幕を避け、脚力だけでナイトの頭の高さまでジャンプして顔面に跳び蹴りを食らわせた。続いてソードマスター部隊の振るうジャイアントケペシュをとんぼ返りの連続でひらりひらりと躱しながらシャーマン部隊への接近を試みるが、着地するそばから足場を狙ってくる光の槍に邪魔されてなかなか前へ進めない。

《はっはっは!踊れ、踊れぃ!》

 確かに独りでも戦い抜く覚悟だったが、まさか本当にたった独りで敵のために自分の軍隊と戦うはめになるとは。しかも、こいつらと刺し違えたところでフェリアを支配する神官長にはなんのダメージもない。父よ、母よ、歴代の王と女王達よ、幾千年の歴史の中であなた方が大砂漠に築き上げた国、この華奢な両肩では支えきれそうにない。やはり私は無力だ……!そうクレアが思ったとき、次の跳躍に備えてしゃがみ込んだブレードダンサーの頭上を、ジャイアントケペシュの間合いを上回る巨大な刃物が通過した。

 クレアを囲むソードマスター部隊の首を四つまとめて刎ね飛ばしたイファルのウォーリアーは、柄の後端へと繋がる長い鎖をたぐって左右の手にダブルトマホークを回収した。

《お嬢さん、お怪我はありませんか?》

「お前は!」

《居ても立ってもいられず森から来てしまった。雑魚にとどめを刺していないということは、大将首狙いだな?》

「ああ。助かる」

《よぉし、最終決戦仕様のウォーリアーの力を見せてやる。今日の斧は、飛ぶんだよ!》

 左右から円弧を描いてシャーマン部隊の首を狙ったダブルトマホークは、その軌道面に対して垂直の半円を描くジャイアントケペシュに防がれてしまった。神官団を守った将軍のソードマスター“モンチュ”がジャイアントケペシュをひと振りしてウォーリアーに迫る。イファルは手元へ引き戻したダブルトマホークを両前腕の裏にマウントし、背中から両刃のウォーアックスを取り外して両手で構えた。

《あちらにも手練れがいたか……!ここは俺に任せて大将首を獲れ!》

「援軍はお前だけか?」

《コルネルがリムのほうへ向かったはずだ》


          *      *      *


 戦場の一角に攻略の遅れている箇所があった。ここは崩れた街壁の前方を補うように帝国軍が何層ものバリケードを築いて死守していたのだが、そのバリケードの前に捕虜を使った“肉の盾”が置かれていて、長距離砲や魔鉱兵のごり押しでは突破できずにいた。捕虜達はわざと中が見えるように荷台の天蓋が格子になった頑丈な金属製の荷馬車に詰め込まれている。そして、バリケードの間をじわじわと歩兵部隊が前進してきた。

「進めーいっ!戦わぬ者は踏み潰す!」

 死んだ魚のように澱んだ目をした捕虜達が、監視役の魔鉱兵に追われて黙々と行進する。彼らは虜囚生活が長すぎたために反乱を起こす気力さえ失い、逃げ場はどこにもないと信じ込まされているのだ。二人ずつ手首を繋がれ、自殺したり鎖を切って逃げたりしないように、武器は大人の身長の三倍から五倍ほどもある重い長槍のみ、必然的に密集陣形を取っている。大森林で捕らえられたレジスタンスが最前列なので、ウェルスランド軍も森の民もおいそれとは攻撃できない。

 突然、一体のナイトが仰向けに倒れた。前方を行く捕虜達が振り向くと、胴体に巨大な矢が突き刺さっている。

「なんだ?何が起きた!?」

「うろたえるな!進めい、進まぬかーっ!」

 リムのスナイパーとコルネル率いる工兵部隊による捕虜救出作戦が始まったのだ。

 捕虜を追い立てるナイト部隊は次々と倒れ、鞭を振るう帝国兵の周囲で小さな爆発が起こり始めた。金属片を撒き散らす手投げ弾ではなく、矢の先端に取り付けられた煙幕弾だ。もうもうと立ちこめる煙の中をコルネルの部下達が駆け回り、捕虜の手首を繋ぐ鎖を断ち切ってゆく。自由になった捕虜達はしばらく呆然としていたが、自分達を助けた工兵部隊の若者達が戦う姿を見ると長槍の柄を折って短く持ち、帝国軍への逆襲を始めた。

 コルネルはウェルスランド軍の後ろから煙幕弾を放つ弓兵部隊を指揮し、さらにその後ろでリムが敵の魔鉱兵を狙撃する。

《即興ですが上手く行きましたな》

「まさかこんなに大勢の仲間を一度に助けられるなんてね。コルネル、来てくれてありがとう」

《どういたしまして。我々は一旦負傷者を救出して後方へ運びます。あとは頼みましたぞ》

 スナイパーは見送るコルネルに手を振って、ウェルスランド軍とそれに加勢して進む捕虜達を追った。


          *      *      *


 先行するプロトナイトと別れ、ウェルスキャノン部隊に救助されたスズ達は、後方で魔術師団とともに魔鉱兵を応急修理することにした。予備パーツの豊富なウェルスナイトは損傷度の深刻な部位を丸ごと交換、プロトメイジは鹵獲した生き残りのマジックナイトから良好な状態のパーツを取って補修、そしてエリシュには新品のウェルスナイトが正式に支給された。

「レオ、大丈夫かな。手紙のことでだいぶへこんでたみたいだし」

《スズはご両親が恋しくならなかったのか?》

「そりゃあ私は仕事ですから」

《帰る場所があるって、いいなぁ……》

《実家で雇ってさしあげましょうか?》

《やだ。住み込みで働くならレオさんのとこがいい》

《あらアシュワ、レオ様はわたくしと結ばれるんですのよ》

《なんですってー!》

《むきーっ!》

 ハスティとアシュワは動けないウェルスナイトごしに目から火花を散らし合った。

《ラタはこのままルミラさんに弟子入り?》

《うん、居候先には、もう戻らないと思う……》

《でもお手紙はそちらの方が下さったんですのよね?》

《怖い人じゃ……ないんだけど、いろいろあって……》


 ラタは思い出していた。居候先の魔術師のお使いで、専門知識のない使用人には任せられない魔術書を古書店で買い込んで帰ったときのこと、ノックしようとした書斎の扉の向こうから、メイド長と魔術師との会話が漏れ聞こえてきた。

「旦那様、ラタは家事も雑用もよくこなしておりますけれど、魔術師見習いなのでしょう?そろそろお弟子になさったらいかがですか?」

「砲術は私の専門外なんだよ。書庫なら自由に使わせてやっているし、欲しがる本も買い与えている。私にしてやれるのはそこまでだ」

「それではラタが可哀想です」

「むろん、頑張る彼女を応援したい気持ちがないわけではないがね……森の民などを弟子に取って魔術師に推したりすれば、学会の笑いものだよ。知り合いにもそういう男がいるが、“森の民に人権を”といった横断幕を広げて真っ昼間から大通りを練り歩くような連中に付き合わされてばかりで、ろくに論文も書けずにいる。一生は短い。やるからには彼のように本気で戦わなくてはいけないが、それは研究もまた同じ、余計なことに残りの人生を捧げるより、私は自分の仕事をやり遂げたいんだ」


《……まぁ事情は人それぞれですわね。わたくしもたまたま魔鉱兵の適格者だったために、一族の忠誠の証としてアルフィール家からウェルスランド王に差し出された人質みたいなもの、一号機に乗る栄誉を賜ったのだって、王がゾックのおじさまを立ててのことですわ。本来はわたくしより着任の早いアシュワが乗るはずでしたのよ?》

《そうだったの!?ぜんぜん知らなかった……》

《貴族の生まれなんてわたくしには荷が重いだけ。この戦が終わっても、実家へ帰るよりアシュワやラタとずっと一緒にいたいですわ》

《ハスティ、家族は大切にしろよ。なにもかも失ってからでは後悔しても遅い》

《そうですわねエリシュ様。この戦、皆で戦い抜きましょう》

「よし、点検終わり。みんなお疲れー」

 魔術師団が散り、修理を待つ別のウェルスキャノンが横たわる整備台へパペットとともに群がってゆく。スズはところどころマジックナイトのパーツでまだらになった紺のプロトメイジに乗り込み、耳の小石に手をやった。

《みんなの機体も整備のたび少しずつアップデートされているんだけど、エリシュさんのウェルスナイトは全身が最新式、初期型よりだいぶ強いと思うわ。大事に使ってね》

《ありがとう。スズには頭が上がらないな》


「エリシュ・スタイン、ウェルスナイトは出撃をする」

 エリシュのウェルスナイトの両眼が点灯した。五体が拡張されてゆく……これが、魔鉱兵の力……!フッ、験担ぎにレオナルドの子種でももらっておけばよかったかな。しかし、あの子は精通しているんだろうか?


 露天の整備台から発進したウェルスナイト部隊はしばらくプロトメイジとウェルスキャノンに並んで走ったが、後光を背負って滑走し出すとあっという間にウェルスランド軍を追い越していった。

「おお、速いな……あれがエリシュの魔鉱兵かい。騎士の時代を終わらせる気かぁ?」

「ありゃ完全にぞっこんだね。私もちっちゃい彼氏、欲しいなー」

「あんたそういう趣味……」

「は?なによその顔。べつにいいでしょうが!!」


          *      *      *


 街壁にたどり着いたウェルスランド本隊の勢いは止まらず、帝国軍の防戦をものともせずに砲撃で崩れた箇所から騎兵部隊や歩兵部隊が市街地へとなだれ込んでいった。砲兵部隊はすでに狙撃位置に到達した長距離砲によって宮殿を直接攻撃してもいたが、炸裂弾をもってしても城壁はしぶとく、皇帝側からの降伏勧告への応答もなかった。


 戦場の混乱の中で、レオはいつしか市街地の最深部に迷い込み、気がつくと宮殿へ続く大通りに出てしまった。宮殿周辺の防衛は近衛師団が担当していたが、正面を守る魔鉱兵は師団長機を含めた五体。全身の装甲に金の縁取りがあるアークナイトが朱のマントを翻して静かに剣を抜く。


 ……レオは思った。この人達は大陸じゅうの騎士の中でも精鋭中の精鋭、田舎者の自分ごときでは一生涯会うこともなかったはず。こんなところまで来ることができたのはプロトナイトのおかげだ、と。だが同時にこうも思った。偶然が手伝ってくれたとはいえ、まさかこんなことになるなんて、と。目の前の魔鉱兵部隊を退けた先の宮殿には……。


“あなたは選ばれし者ではないのだから、悪の皇帝を倒す必要などありません”


 そうだよ母さん、俺は父さんと家の玄関を出たときから今この瞬間までも変わらず、あなたの息子のレオナルドだ。だから明らかに分不相応すぎるこの状況が、死ぬほど怖い!!


 五体のアークナイトの強さはレオの予想通りノイシュ以上で、敵はいちいち名乗りもしなければ侵入者に手加減などしてくれるはずもなかった。繰り出す全ての攻撃に、これまで戦った相手から受けた必殺の一撃と同じだけの威力がある。しかし速さに慣れたレオの動体視力と反射神経が、レオの身体に馴染んだプロトナイトの運動性能が、それほどの強敵をも一体ずつ的確に処理していった。敵の予備動作を見て先を読むなんて、できなきゃお話にならないぐらい誰でも当たり前にやっていたが、基本だけでも究めれば意外と戦えるものだ。そうか、だから奥義なのか。


「レオナルド!ここは私に任せて皇帝を……」

 エリシュが全速力で駆けつけたときには、四体目のアークナイトが崩れ落ちていた。

「ああ……まあいいか、一緒にそいつを倒すぞ!」

《はい!》


 ウェルスランド軍最強の二体を相手に師団長はカイトシールドを失い、部下の残骸から拾った剣で双剣の構えとなっても徐々に追い詰められていったが、エリシュのあとから駆けつけたウェルスナイト部隊とプロトメイジも決して暇ではなかった。宮殿の左右から新手のアークナイトが現れたからだ。

 ハスティとアシュワとラタは三体のフォーメーションで一体のアークナイトに集中攻撃を仕掛け、ウェルスキャノンの残弾が尽きると空の弾倉を二つとも敵に投げつけてからハンドキャノンを破城鎚のように使って戦った。

 スズも腰のウェポンラックから取り外した三つの使い捨てオーブをひとつずつ投擲し、オーブそのものが短時間で破裂するまで全方位に飛び散り続ける氷の散弾で広範囲の敵を氷漬けにしたあと、とどめの炸裂火球弾で一気に吹き飛ばした。

「エリシュさん、レオ、まだ新手が来る!」

《友軍は誰もたどり着いていないのか……きりがないな!レオナルド、やはりおまえが皇帝を倒せ!》


《……骨のある奴らだ。師弟か?剣筋が似ている》

「喋ったぁ!?」

《おいっ、皇帝の居所を言え!そうすれば命だけは助けてやる。まさか国民を置いて逃亡してはいまいな!》

《謁見の間だ。ふふふ……私を殺し、行くがいい。どのみち貴様らごときに陛下は倒せぬ》

《なんだと……!》


 レオが正面玄関の扉を周囲の壁ごと体当たりで突き破ると、巨大な宮殿は直上からの砲弾の炸裂によって内部が激しく壊れており、二階の床が抜けて一階のエントランスホールから謁見の間をじかに覗き込むことができた。そして、謁見の間の最奥の一段高い床の上、ちょうどプロトナイトの目の高さの薄暗い玉座に、皇帝はいた。

《そなたがここへ参ったということは、ベルクもノイシュも死んだのであろうな……。勇者よ、足元を見るがよい》

 視線を移せば、プロトナイトの両足には多量の返り血と肉片がこびりつき、兵士の死体を踏んだものか、それとも轢き殺したものか、いつの間にやら赤黒く染まっていた。そう、レオは他人を踏みつけにする敵と戦いながら、文字通り敵と同じことをしていたのだ。まっしぐらに上を目指す者は、自分が築いた屍の山を顧みもしない……。

 皇帝は続けた。

《そなたらのために余は多くの部下を失った。その者達には皆、故郷と家族と人生があったのだぞ?血塗られた勇者よ、余もまたどこにでもいる普通の人間……。夢破れ、一人息子を失い、生きる希望を根こそぎ奪われたちっぽけな老人だ。それでも余を討つか?》

「投降しろ」

《駄目だ!!殺せ!!》

 エリシュのウェルスナイトが天井のない宮殿に駆け込んできた。

《レオナルド!おまえは手足にまる毒虫を叩き潰すとき、そいつの人生に思いを馳せるのか?その男のしでかしたことは、虫けら以下だ!!慈悲などかけてよい限度はとうに過ぎている!》

 エリシュが玉座めがけて剣を投擲しようとしたとき、大気が震えて天井から大きな彫刻の破片が二体の周りにいくつも降り注いだ。原因はここではない、外で何かが起こっている。

《始まったか……。ちょうどよい、見せてやろう》

 プロトナイトとウェルスナイトがバランスを崩している隙に、皇帝の座る玉座が謁見の間の床下に吸い込まれ、エントランスホールの奥の壁と謁見の間の床とを粉々に破壊して一体の……一頭の魔鉱兵が現れた。それは人型ではなく、長い首を伸ばした頭部までの高さがプロトナイトの頭頂高の三倍以上はあろうかという黒い竜だった。

《魔鉱兵ワイバーン。これぞ、あらゆる魔鉱兵の祖にして最強の魔鉱兵である。だが驚くのはまだ早いぞ》

 ワイバーンは身じろぎして黒い翼を広げ、前足の爪で宮殿の外を指差した。レオが振り返ると、帝都の上空に見たこともない異様な物体が接近しつつあった。


          *      *      *


 帝国軍とウェルスランド軍が入り乱れる広大な市街地の空を日蝕のごとき影が覆い、その影の主の異常な巨大さが、物体が降下してくるにつれ明らかになってきた。戦に夢中で誰も空など見ていなかったし、遠くにあったときは昼間の月のように薄青く霞んでいてよく見えなかったのだ。

 はるか遠方のゾック港で海賊船からの荷下ろしを監督していたキャプテンレッドクロスは、マストの上の船員に呼ばれるまでもなく甲板へ駆け上がって目を丸くした。

「なんだい、ありゃあ……」

 大都市圏の上空すれすれを覆い尽くす巨大な円盤の上には、望遠鏡を使えば、街や森や背の高い建物が中央付近に密集して乗っているのが判別できる。円盤は表と裏が凸レンズのようにわずかに膨らんでいて、円周上に不連続ないくつもの光点が見える。


 この空飛ぶ島、浮遊都市テセラックは、竜人ルミラ・ノーゥンの故郷である。


 戦場を見渡す移動式の見張り台の上のメルは、嵐をもたらす雲のような圧力を感じてオーアルシア王女と身を寄せ合った。二人とも後方の城には残らず、少しでも愛する人の近くにいたいと言ってクレアとイファルについてきてしまい、ウェルスランド王が仕方なくルミラに付き添わせたのだ。

「なんと麗しい……軍師殿の愛人か?」

「いや、砂の国の姫君の付き人と、森の民の姫君だそうだ」

「つくづく美女に縁のあるお方だな」

 警護兵達は顔を見合わせた。


 ルミラは身を乗り出さんばかりに見張り台の柵を握り締め、帝都の空を震わせて円盤が発する地鳴りのような声に聴き入った。

「愚か者どもよ、お前達はやりすぎた。間もなく我ら竜人の“賢者の目”が、悪しき文明を滅ぼすであろう。もはや誰にも止めることはできない。心して待て」

 警告が終わるやいなや、さざ波のように悲鳴の渦が広がってゆく。錯乱した弓兵達が浮遊都市の底部に届きもしない矢を放ち、全ての大砲が上空へ向けられた。

「……ああ……あああ……!撃ってはいけない!総員砲撃中止!」


 大都市圏周縁部の諸侯の戦場や戦火が及んでいない諸都市からも上空への無意味な砲撃が始まっており、ルミラひとりが帝都で声を張り上げたところで止められるものではない。その動きに反応して円盤の端から白いワイバーンが続々と射出され、白い翼を広げて旋回した。テセラックのワイバーン部隊は全機が竜の口から炸裂火球弾を発射でき、地上目標に対して最も効果的な高度で炸裂するように急降下してくる。だがしかし、共通の敵を前にして帝国軍とウェルスランド軍が団結するような都合のいい展開は起きず、両軍の指揮官と兵士達は火の雨に降られた敵が混乱するのをこれ幸いと血みどろの戦いを続行した。市街地では、身を守るすべを持たない人々が避難先の建物の下敷きになっていった。

「先程の声、竜人、と言っていましたが……」

「僕はとんでもないことを……っ!」

「ルミラ様、どうかお気を確かに。この事態はあなた様の手に負える範囲を超えています。お知り合いだとしても、あなた様が負い目に思うことはありません」

「お知り合い?ルミラ様が、竜人?」

「僕の……僕の責任……ぼくの……」

 ルミラは見張り台から身を投げた。


「「ルミラ様!!」」

 オーアルシアと警護の兵士達がルミラを掴もうとして柵から身を乗り出すと、落ちていったルミラはぎりぎりのところで地上を滑るようにプラチナホワイトの翼を広げ、翼膜いっぱいに風を孕んで上昇した。

 落下する際の速度と地表面近くでの空気の弾性を利用したのだが、あと少し見張り台の高さが足りなかったら本当に墜死していただろう。下界はどこもごみごみしすぎていて、羽ばたこうものなら周りの物を吹き飛ばしてしまうので久しく翼は使っていなかったが、やはり風に乗るのは気持ちいいものだ。


「ルミラ様は!?」

「メルさん、あの方なら大丈夫。ご無事ですよ」


 肩を抱き合う二人に見送られてルミラは飛んだ。自分の知る限りテセラックは平和な街だ。街の中心部には細長い六角柱の“賢者の塔”が建っているけれども、“賢者の目”などという物騒な兵器の名前は初めて聞いた。故郷では何やら竜人達自身にとっても想定外のことが起きているらしい。さっきの警告……もはや誰にも止められない、というのは、助けてくれという意味かもしれない。だとしたら、下界でその声に応じられるのは自分だけだ。僕は、僕の責任を果たす……!

 ルミラはぐんぐん高度を上げていったが、突然、一本の流れ矢が翼膜を貫き、白い翼は激痛で羽ばたく力を失った。失速したルミラを助けたのは、警戒中の白いワイバーンだった。


 竜の頭から操縦席が半分ほどせり上がり、操縦者の竜人が自機の後頭部にしがみつくルミラを背もたれごしに見た。

「どこの部隊の者だ……民間人か!?ここからでは手が届かんな……。安全運転でいく、しっかり掴まっていろよ!」

 竜人は座席のリフトを操作して操縦室に戻ると、耳の石に手をやった。

「緊急事態、負傷者搬送のため一時離脱する」

《了解》 

 テセラック兵のワイバーンはルミラを振り落とさないように慎重に旋回して、静止する巨大な円盤の端の着陸デッキへ進入した。円盤の大きさに比べれば、一頭のワイバーンなどかすかな白い点にすぎなかった。


          *      *      *


 目の前に見上げるほどの大きさの竜型魔鉱兵が現れたときでさえ絶体絶命だと思ったのに、それとまったく同じものが戦場を何百と乱舞している。宮殿のエントランスホールから地獄絵図を見て、レオとエリシュは開いた口が塞がらなかった。

《あれは戦場で稼動する大量の魔法回路の魔力に引き寄せられたのだ。これほどの兵器を作り上げる者どもなら、落とし物が敵に捕獲されることを警戒し、大軍勢を率いて必ずや戻ってくるだろうと、この発掘品を見た直後から余は予感していた。もっとも黒く塗ったのは余であるが》

《では最初から、こうなることを知っていて……?》

《もしものときの切り札といったところだ。当初は推測にすぎなんだが、大当たりであったな。んふはははははは!》

「むちゃくちゃだ。自分の軍隊まで巻き込むなんて」

《ベルクのおらぬ世など消えてしまえばよい!これは復讐だ!!》

「逆恨みの間違いだろ!こんなことしてる場合か!」

 黒いワイバーンは咆哮した。炸裂火球弾が床の瓦礫を吹き飛ばし、二体の魔鉱兵はなすすべなく左右へ跳び退く。レオはエリシュの合図で左右の後足を同時に狙ったが、黒い翼が暴風を起こしてワイバーンの巨体を空中へ持ち上げた。

 皇帝は火球弾でレオ達を牽制しつつ、天井の穴から宮殿を飛び出していった。


          *      *      *


 負傷兵用の無人担架に乗せられたルミラは、マットの上に力なく横たわったまま全自動で手術室へ運ばれた。テセラックの病院は工場のようなところで、怪我の診断は担架の魔法回路が運搬中に済ませており、手術台とドッキングした際にその情報を反映した処置が行われる。魔法鉱石製の各種作業腕による局所麻酔、洗浄、縫合、消毒、傷の保護。翼が動かないようにきつく包帯を巻き終えたら、担架が手術台から分離して病棟に入り、一度も人の手を借りることなくマットごと病室のベッドへ移って完了である。汎用作業腕のある魔法構造物が担架とのデータリンクによって、早くもベッド脇に痛み止めと抗生物質と解熱剤と翼膜の再生を促進する薬を置いていったが、ルミラはその隣のコップの水を一口だけ飲んで車椅子を呼んだ。行き先は賢者の塔だ。


 翼を持つ竜人の街には階段や昇降装置がない。かつてはそれが竜人の誇りだったが、年齢や病気などの理由で飛べない者は自動車椅子に頼るほかなく、やがて誰もが便利な車椅子を日常の移動手段に使うようになってしまった。竜人達は長命ゆえにものぐさなのだ。しかし自分の興味には正直で、学問や趣味のためなら頭を使うことを惜しまない。その象徴が賢者の塔、下界に於ける魔法都市スフィアの塔のような、図書館と研究所と行政府を兼ねた建物だ。遠い昔、魔鉱兵もここで生まれた。鉱石魔術のそもそもの始まりは、手間のかかる呪文詠唱なしに魔法を自動実行してくれる装置の研究だった。魔術の本質とは魔力の流れを制御しその性質を変化させることであると突き止めた竜人達が、さまざまな素材に魔力を誘導する回路を描いて試したところ、長い長い時の中で鉱石を用いた魔法装置が一般的になり、魔法鉱石が魔法回路の代名詞になっていった。

 ちなみに下界では、鉱石魔術は鉱物の性質変化を扱う錬金術の応用分野で、スズの祖父も錬金術師である。

 魔法鉱石を手に入れた竜人達は、さっそく自らの労働を肩代わりしてくれる実用的な魔法装置の開発に取り組み、その副産物として戦闘用の魔法装置、すなわち魔鉱兵も作られたのだった。竜人は男も女も長い生涯の大半を学生か研究者としてのんびり過ごし、趣味以外で働くことはない。都市の管理も積極的な世襲や選挙などによる責任者はなく、趣味として政治に興味のある変わり者だけが長老となった。長きに渡り争いもなく誰もが豊かな社会では、不正を働いてテセラックを我が物にせんとしたり、下界にちょっかいを出そうとする愚か者など絶えて久しかったが、たまに、変化に乏しい現状に満足しない者が現れることもあった。その一人がルミラである。もっとも、そういった感情はたいてい若さ故のはしかのようなもので、長老達も若者が刺激を求めて下界へ飛び出すのを特に禁じはしなかった。下界での暮らしのあまりの不便さにへとへとになって帰ってくるのがオチだからだ。


 車椅子が最上階で停止した。賢者の塔に立ち入り禁止区画はないので、長老達が無用な議論を繰り返す講堂にもルミラはずかずか入ってゆける。十名足らずの長老は、無駄に広い講堂の中央最前列付近の長椅子に寄り集まり、茶と茶菓子を乗せた魔法構造物を囲んで世間話をしていた。……最終兵器が発動しようとしているのに、である。

「ん……ルミラか、おかえり。下界はどうじゃった?」

「“賢者の目”とは何ですか」

「それならどうせ止められん。怪我の具合はどうじゃ」

「たった今手術を受けたばかりですよ!」

「ずいぶん気が立っておるな……説明してやろう。そこへ掛けなさい」

 一人の長老が演台の裏に隠されたコンソールを操作すると、長椅子に腰掛けたルミラの見ている前で巨大な黒板が左右に割れ、その奥から碑文がせり出した。碑文の文字は古代竜言語、現用の言葉ではないが古文書を読むなら必須の基礎知識だ。

「これは……!」

「わしらはずっと前からこの碑文と、文章が示す“賢者の目”の存在を知っておった。しかしながら、秘匿する以外にはどうすることもできなかった」


 昔、一人の竜人が自ら命を絶った。この世に生まれたことこそが人生最悪の不幸だと知ったからだ。そして、その者の死後にはやっかいな遺産が残された。それが“賢者の目”、浮遊都市テセラックの基部を貫く超大型戦略攻撃用魔法構造物にして、賢者の塔そのものの正体である。

 テセラックを浮揚させる基盤構造に注意深く組み込まれたそれは、ひとことで表せば“悪意を持つ知性を駆逐する兵器”で、あらゆる知的生物からほんのわずかずつ吸収した憎しみの力を、精神力と密接な関係がある魔力に変換する。そして魔力がフルチャージされると、下界のうちで最も憎しみの濃い地点を全自動で探し出し、大出力の魔力の矢として超広範囲に向けディスチャージするのだ(“戦場で稼動する大量の魔法回路に引き寄せられた”という皇帝の推測は間違ってはいなかったが、正しくもなかった)。

 ちなみに、ここでいう憎しみとは衝動そのものであって、憎しみを吸い取られた生物が良心の呵責なく悪事を働けるようになるわけではない。また、獣や虫などの原始的な意識からは憎しみを吸収できない。


「ということは、僕達が無気力な種族なのも、代々間近で賢者の目に憎しみを吸い取られ続けているから……?」

「そういう意味では、わしら竜人が日頃抱くはずのささいな苛立ちや鬱憤を集めて下界の人間に撒き散らす迷惑兵器とも形容できよう」

「じゃが根本的には、粗暴な人間どもを自らの愚かさによって裁く兵器といえる。ただし、どの程度からが標的になるのか、粗暴さの基準は製作者にしか分からん」

「そんな身勝手な……」

「“憎しみで人を殺せたら”。誰もが一度は考えることじゃが、天才的頭脳に鉱石魔術が力を貸し、狂気の魔法装置として実現してしまったわけじゃな」

 そういえば、賢者の塔には“管制塔”という古い別名もあったっけ。街で働く無数の魔法構造物達の管制施設なのかと思っていたけど、火器管制システムだったなんて。

「一番の問題は、この兵器が善き心の啓蒙を目的としたものではなく、単なる嫌がらせのために作られたという点にある。充填、索敵、移動、攻撃、全フェイズが自動実行され、緊急停止装置はおろか手動発射装置さえどこにもないんじゃ」

「破壊も不可能なんですか?」

「墜落のおそれがある」


 ルミラは頭を抱えた。竜人は飛んで逃げられるが、魔法構造物任せの豊かな生活を街ごと捨てろなんて、猛反発を喰らうに決まっている。それに、テセラックを犠牲にすることで世界の滅亡を免れたとしても、確実にレオナルドくんや国王陛下や皆を押し潰してしまうだろう。

「じゃから言うたじゃろう?わしらもそれはもうじつに長いこと頭を抱えた。そしてとりあえずの結論に達したんじゃ。見なかったことにしよう、と」

「なぜですか!?」

「ルミラよ……賢者の目の製作者の言い分には少なからず同意できるというのがわしら長老の総意じゃ。太古の昔、竜人の間にも戦があった。数多の浮遊都市の中でテセラックが唯一生き残れたのは、憎しみを持って襲い来る敵を賢者の目がことごとく自動迎撃してくれたおかげじゃよ」

「さらにいえば、下界の者どものこともあるぞ。お前がもたらした知識によって、人間どもの兵器開発技術は飛躍的な進歩を遂げた。次の戦は、炸裂弾を発射する超長距離砲と、強力な増幅回路を備えた魔鉱兵から始まり、今回とは比較にならぬおびただしい屍が地と海原を埋め尽くすじゃろう」

「いずれ人型魔鉱兵が飛行能力や変形合体能力を得るじゃろう」

「自ら思考し、弾道を予測する高度な魔法回路が現れるじゃろう」

「無人魔鉱兵や空中魔鉱戦艦が量産されるじゃろう」

「一発で都市を更地にする魔法爆弾が作られるじゃろう」

「そして、増長した人間どもは互いの血肉に飽き足らず、わしら竜人の技術力を奪わんがため必ずこのテセラックへと手を伸ばすことじゃろう」

「次の、戦……?」

「そうじゃ。お前は魔王を倒し、次の魔王を作っただけじゃ。……もしや、何も考えずに技術を供与したのか?」

「僕が降り立ったとき、ウェルスランド王国は帝国軍に狙われていました。確かに、僕にとってごく当たり前の知識をほんのちょっと開示するだけで、圧倒的劣勢だった自軍が勝利を重ねるさまは見ていてとても楽しかった。砲術の専門家でもないただの学生なのに“砲術師”なんて異名でちやほやされて……。ですが、将軍達にいじめられたり、部下に殴られたり、いろいろな辛いことを乗り越えてでも彼らの力になりたいと思った僕の気持ちは本物です!」

「青いのう……。ま、お前が行かずとも時間の問題じゃったろう。気にするな。見なかったことにせよ。賢者の目は、危険なレベルに達した下界の文明をこれまでも幾度となくリセットしてきたのじゃから」

「そこまで知っておられながら、どうして……」

「まだ分からんか?芝生は庭に彩りを添えてくれるが、伸びすぎれば美観を損ねる。粗暴な人間は管理されるべきなんじゃよ」

「だからといって、人間を根絶やしにしていい理由にはなりません!今この瞬間も遠くの国で、戦のことなど頭の片隅にもなく、汗水垂らしてひたむきに働く人達がいます!大勢の子供達だっています!」

「そういう話はしておらん。お前は手足に留まる毒虫を叩き潰すとき、そいつの人生に思いを馳せるのか?だいいち、ここへ降下したこと自体、わしらの意志ではない。もはや誰にもどうすることもできん」

「いいえ、できます。戦を終わらせればいい。僕は、僕の責任を果たします!」


 ルミラは車椅子に乗ってまっすぐ格納庫へ向かい、いかにも魔鉱兵の専門技術者といったそぶりで手頃なワイバーンを探した。格納庫のテセラック兵達はひどく混乱していて、頭部に突き出た操縦席のリフトを降ろすルミラの存在には誰一人気がつかなかった。魔鉱兵なんて、ここでも下界でも乗ったことはないが、竜人による竜人のための機体ならきっと動いてくれるだろう。


「ワイバーン部隊は、なんで出撃している!」

「防衛出動だろ!?」

「下界の原始人なんか放っておきゃあいいのに」

「味方に被害だって出てるんだ」

「司令部は知らないと言っています!」

「だが魔法装置は動いているぞ。どういうことだ……?」

「さあ……?」


 頭部のハッチが閉じて全身の魔法回路に魔力がみなぎり、座席手前の水晶球が竜の視界を操縦室内に投影すれば、発進までは全自動だ。ワイバーンを乗せた整備台のレールが魔法カタパルトに接続して機体を射出位置まで運び、三カウントでルミラの身体に強烈なGがかかる。ルミラは奥歯を食いしばって麻酔の切れかかった翼膜の痛みをこらえ、自分の翼を動かさないよう気をつけながらワイバーンの両翼を伸展させて制動をかけた。円盤の端から大きく旋回して帝国首都の市街地を目指すと、ワイバーンが首をもたげて、はるか眼下の巨大な宮殿を見た。

「ワイバーン、あそこに彼がいるんですね」

 激しい対空砲火の中、ルミラのワイバーンは白い翼を折り畳んで戦場へ急降下した。


          *      *      *


「重い魔法鉱石の塊がどうやって……なんて疑問は、あの馬鹿でかいお皿の前では無意味ね」

 近衛師団の魔鉱兵の残骸が転がる宮殿の正門前広場では、空中を悠々と旋回する黒いワイバーンをプロトメイジが迎撃していた。たとえスズの射撃が下手くそでも、炸裂火球弾は爆風と炎の飛沫で爆発点付近の敵にダメージを与えることができるが、ワイバーンのマジックフィールドはたかが飛び散る火の粉などものともしない。ワイバーンは翼の揚力だけでなく機体下方に集中させたマジックフィールドの空気に対する反発力をも利用して飛んでいるので、下からの攻撃にすこぶる強いのだ。しかし上空からの炎の雨を浴びるスズ達もぼんやりしてはいない。火球弾の応酬ではらちが明かないと思ったのか、皇帝は一旦高度を取って機体をロールさせつつ、ひねり込むようにプロトメイジめがけて急降下した。


「スズ、危ない!」

 助走をつけてジャンプしたレオとエリシュの二本の剣が交差し、プロトメイジの頭上を跳び越えざまに空中でワイバーンの鋭い牙と爪を受けた。地上の三体はしなる尻尾で叩き飛ばされ、墜落寸前に急上昇したワイバーンは上空で宙返りをしてまたも突撃してくる。

《レオナルド!もう一度だ!》

「はい!……うぐっ!?」

 急旋回して滑走を始めた直後にプロトナイトの背中の光が消え、石畳の舗装を砕きながら片膝をついた。マジックブースターが停止してしまったのだ。くそっ、そういえば俺だけ点検修理、受けてなかった……。

《ほほう、不調か。これまでだ勇者よ!どんなに強かろうが、身動きの取れぬ機体ではなぁ!!》

「うそだろ、こんなときに……!動けよプロトナイト、動いてくれええええっ!」

《レオ様は!!》

《私達が!!》

《……守る!!》

 ワイバーンの急降下攻撃からプロトナイトを守ったのはウェルスナイト部隊だった。尻尾の打撃を受けたラタのハンドキャノンは中程からぐにゃりと折れ曲がってしまった。

《レオ、大丈夫!?》

「俺は戦えるけどプロトナイトが!」

《あっちゃぁ……ユニットへの魔力の供給量が足りないんだわ》

「どうしたらいい?」

《どこかの回路がおかしい。問題のある箇所を切り離せば動けるはずよ。でも今から分解するわけには……》

 プロトナイトは今にも力尽きそうに両眼を明滅させ、突き立てた剣にもたれた。


 火球弾の連射でウェルスナイト部隊を散らしたワイバーンが三度目の攻撃態勢に入ったとき、エリシュの耳の石にかすかな声が聞こえた。

《レオ……ん、跳……》

「なんだ?この声は、ルミラ殿か?」

《跳……い!》

 エリシュが振り向くと、一頭の白いワイバーンがまっすぐこちらへ向かってくる。

《レオナルドくん!跳んでください!》

《なんですエリシュさん?》

「跳べ!レオナルド、跳べ!」


 プロトナイトはマジックブースターを二つともパージした。すると両眼が輝きを取り戻し、軽くなった機体は胴体から頭部と四肢の魔法回路に幾条もの無音の稲妻をみなぎらせて路面を勢いよく蹴った。先程までプロトナイトがいた地面を黒い尻尾がえぐり取り、皇帝のワイバーンと背にプロトナイトを乗せたルミラのワイバーンとが、地上からの援護の届かない高空で二重螺旋の雲を引きながら対峙した。


《レオナルドくん。賢者の目の発動を防ぐ方法が分かりました。この戦を止めるんです》

「どうやって!?」

《それは、皇帝を倒すしかないでしょう!》

《無駄なあがきだ。余を討ったところで戦は止まらぬ》

《まさか、皇帝がそんなところに……!?》

《驚いたか?いかにも余が皇帝である。勇者達よ……そなたらに与する諸侯が、まったくの善意や義憤から戦に加わったと思うか?下を見ろ、三つ巴の混乱の中、すでに彼我両軍で領主同士の腹の探り合いが始まっておる。あの者どもは我が帝国とウェルスランドとの勢力争いなどよりも、それぞれの地元での近隣領主との力関係パワーバランスのほうがはるかに気がかりなのだ。自領は動かせぬからな……。どいつもこいつも、余の亡きあと始まる戦乱の時代の匂いを嗅ぎ取ってうずうずしておるわ》

 黒いワイバーンは反吐が出ると言うように火球弾を吐き捨てた。二頭の竜は互いに互いの後ろを取ろうとして旋回し続けているが、同型である両機の飛行性能にもルミラと皇帝の操縦技術にもたいして差がないので決め手を欠いて睨み合っている。


 テセラックの賢者の塔での長老の言葉を思い出したルミラには、ウェルスランド王だけは違うと言い返すことができなかった。ウェルスランド()()が大陸の覇者となって新たな勇者に攻め滅ぼされ、その勇者もまた……。

「そんなことはありません!そんな、ことは……」

《戦のない世界など余が許さぬ。血みどろの戦に明け暮れて地位と名誉を奪い合った我が世代の怨念を引き継ぎ、そなたらも子々孫々まで血で血を洗う争いを続けるのだ。余がこれほど苦しんだのだから、そなたらはもっと苦しめ。余がこれほど苦しんだのだから、そなたらは、死ね!!》


「うわぁっ!」

 レオは操縦のおぼつかないルミラのワイバーンをバンクして皇帝の突撃を避けた。

「ルミラさん!こっちも火炎放射で!」

《武器の使い方が分かりません!僕は火なんて吐かないですし》

「皇帝だってそうですよ!息を吐くところ、イメージしたらいいんじゃないですか!?」


 ルミラはレオの言う通りにしてみたものの、竜の口が開いただけだった。この機体は整備台から盗んできたわけだが、火球弾を発射する魔法回路が不調だったのかもしれない。

「君がやるしかありません。すれ違いざまに、いいですね?」

《はい!》


 プロトナイトが剣を構え、白い竜と黒い竜が交錯する。しかし、ほんの少し思い切りが足りなかったためにレオの剣は空振りとなって、二頭は再び離れた。遠心力だけでワイバーンの背中に貼り付くプロトナイトは次の攻撃に備えた。

《ふはは、無駄だと言っておろう!そのようなやぶれかぶれの攻撃を何百と繰り返し、白い竜を全て墜として回るつもりか?現実を見ろ!》

「俺、今なら分かる……。現実が厳しいのは、それが普通だからじゃない。厳しい世界を作り上げて、ノイシュみたいな奴に引き継がせ続けて、“現実は厳しいのが当たり前だ”と思い込ませたい奴らがいるからだ。ノイシュの言うように、確かに現実は変えられない……。でも、未来は変えられる!」

《ほざけ。小僧ひとりに何ができる》

「あなたを倒す!!」

 ルミラが機体を押し上げた。衝突コースだ。

「……っ!ルミラさん!?」

《レオナルドくん、今です!》

「……うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

《帝国に、栄光あれえええええええええええええええええい!!》

 二頭のワイバーンの肩と肩とが激しくぶつかり合い、その衝撃で瞬間的に跳び上がったレオはちょうど手前に来た黒い頭部に剣を突き刺した。一方ルミラは黒いワイバーンを引き剥がそうとして果たせず、めいっぱい翼を広げて落下速度を相殺しようとしたが、それにも限界があり、回転し始めた白と黒の塊は砲弾よりも速く地上の宮殿へと墜落していった。


 ひとかたまりになった二頭と一体の落着の衝撃はすさまじく、壊れかかっていた宮殿の正面玄関の壁がワイバーンの突入でとどめを刺されて完全に崩落した。進入角度が墜落し始めの時点よりもかなり斜めになっていたのは、もつれ合う二頭の背の上でレオがルミラに教えられて調整したからだ。浅いほど衝撃を逃がせるなんて、たぶん一生使う機会のない知識だろう。

 皇帝は死んだが、マジックフィールドのおかげもあってレオとルミラは生きていた。


 座席のリフトが歪んで動かなかったため、操縦室から直接這い出たルミラは、駆け寄ってきたエリシュに全力で殴り飛ばされて瓦礫の山を転げ落ちた。

「どの面下げて戻ってきた!!」

 ルミラは一同に事情を説明した。

「……なるほど。“賢者の目”とやらは誰の仕業でもなく天災めいた兵器で、竜人の長老に全くやる気がない以上、こちらで今すぐ停戦する以外に皆を救える可能性はない、と。疑ってすまなかった」

「いえいえ。言われてみれば、僕はものすごくありきたりな真の黒幕ポジションですからね」

「で、いつ攻撃が始まるんだ。予兆はあるのか?皆がそれを見て避難できるような」

「分かりません……」

《どんだけ傍迷惑なのよ!》

《その彼だか彼女だかは、よほど世界が憎かったんですのね》

《案外しょーもない理由かもね。恋人に振られたとかさ》

《それは人によっては一大事ですわよアシュワ》

《あの……皇帝は、もう倒したんですよね……?》

「そうだルミラさん、戦は終わってる。みんなに早く知らせないと」


 パーシャルアーマーの防御力で小破に留まったプロトナイトの手のひらに乗ったルミラは、声を振り絞って停戦とすみやかな避難を呼びかけたが、その言葉は戦場に渦巻く怒号と悲鳴と爆音の中へむなしく掻き消えていった。

 このままでは世界が終わるというのに、誰もが血眼になって、もはや何のためなのかも分からない手柄を立てようと討ち取る相手を漁っている。大都市圏の混乱に乗じて、戦とは無関係の諸都市でも領土争いが起こっている。ワイバーン達も今は仲間を殺されたからという理由で、大砲だけでなく騎兵や歩兵にまで無差別攻撃を行っている。世界は憎悪に満ち、憎しみの連鎖はもはや止められない。

 人はなぜこうも争う……?やはり長老達が正しかったのか……?そうルミラが思ったとき、雲を押し分けてテセラックが上昇し始めた。だが、ルミラの平和への願いが通じたわけではなかった。ついに賢者の目の発射シークエンスが始まったのだ。“現実は変えられない”。その冷徹で絶対的な厳然たる力が、純粋な破壊力として顕現するときが来た。


 真下に死角を生じないよう帝都上空に充分な高度を取った円盤の一部があばら骨のように展開し、上下六枚ずつの緩やかに湾曲した細長いパーツから瞬時に形成された非常に強力なマジックフィールドによって、テセラックは鏡の球体となった。続いて球体の直径をはるかに超える大きさの魔法円がテセラックのさらに上に顕れ、光の魔法円の円周に沿ってまばゆい光点が走ると、地上にも同じ直径の巨大な真円が血煙を上げて地表を削り取り深く刻まれた。大出力の魔力の矢は発射速度が高すぎて曳光すらしない。ただ輝点が閃き、大爆発が起こり、あとから雷鳴のような轟音が鳴り響くだけなのだ。下界の人々はあまりにも理解を超えた現象の連続に唖然としていたが、魔法円の円周がランダムに瞬いて全方向に無数の魔力の矢を放ち始めると、ようやく攻撃されていることに気づいて逃げ惑った。しかし、もう遅かった。

 魔力の矢は陸にも海にも大森林にも大砂漠にもウェルスランドにもヘクスにもゾックにもスフィアにもスクウェアにも戦場にも平和な街や村にも家々にも無差別に降り注ぎ、フェリア神殿の外へ出て薄青く霞む巨大な球体を見物していた神官長を、周りにかしづく神官団もろとも一瞬で消滅させた。ところがそれでもなお帝都の戦は続き、テセラックを完全防御するマジックフィールドのせいで帰投できなくなったワイバーン部隊は、見えない魔力の雨に巻き込まれてわけが分からないまま地上への攻撃を続行した。


 ウェルスランド軍後方の見張り台にもワイバーンが迫ったが、そこへ駆けつけたイファルがダブルトマホークで絡め取った別のワイバーンを横合いからぶつけて軌道を逸らし、両腕をもぎ取られないうちに鎖を自切した。

「オーアルシア!こっちへ!」

「イファル!必ず来てくれると信じていたわ!」


 ルミラを待って見張り台に居残っていたウェルスランド兵達とメルは、オーアルシアとともにウォーリアーの操縦室に避難し、激しい爆発と爆音の中をさまよった。

「何が起こっているんだ……敵の新兵器なのか?どう躱せばいいか、どこまで逃げれば射程外か、まったく分からない」

「我々にもさっぱり……なあ」

「ああ。だがいくら帝国のものといっても、まともな兵器なら味方まで巻き込むだろうか?」

「姫様が心配です……どうか神々のご加護がありますように……」

「きっと生きておられますわ」

「クレア姫は魔鉱兵部隊のいる最前線へ向かった。コルネル達を拾ってリムと合流したら行ってみよう」


 賢者の目の攻撃に曝されてもびくともしないハイパースフィアでは、魔女マリーが茶飲み友達の塔主とテーブルを囲んでいた。

「マリーちゃん、行ってあげなくていいのかい」

「少し迷っていてな、我が力を使うべき時かどうかと。あの皇子のように、争いを続ける愚か者どもの自業自得ではなかろうか」

「見て見ぬふりもまた罪だよ」

 マリーは飲みかけのティーカップを皿に置いて立ち上がった。

「……一緒に来るか?ごく短時間じゃがスフィアも無防備になるぞ」

「わたしは、死のうが生きようが街と運命を共にする義務があるからねぇ」

「そうか。マクシミリアン、友を頼むぞ」

 甲冑が一礼するとマリーは消えた。


 ドームを失ったハイパースフィアが魔法都市スフィアになると同時に、遠く離れた帝都の大通りでマジックフィールドの泡が弾け、瞬間移動した紫のアークメイジの掲げる杖先から地と空とを分かつ巨大な両面鏡がみるみるうちに展開してゆく。ハイパースフィアを形成していたアークメイジのマジックフィールドといえど大陸全土を覆うようなことはなかったが、マリーは鏡を半球状に変形させて、下からテセラックごと問題の魔法円の射界を漏らさずカバーした。

 いま遠方から見れば、きらきら輝く死の光輪を頂く巨大な銀の球体が、さらに大きな銀のボウルに収まっているだろう。ところがこれを自動感知した賢者の目も魔力の矢の出力をぐんと上げ、アークメイジは片膝をついた。

「く……っ」

 さて……これからどうするか。操縦室のマリーは目を閉じて考えた。空飛ぶ島を押し潰すか?いいや、住民が死んでしまうし、そもそもマジックフィールドが拮抗していて不可能だ。では異次元へ転移させるか?いいや、完全に包み込んでいない以上、余計なものを吸い込んでしまう。となれば、どちらかが根負けするまでこのまま粘るしかあるまい。

「どこのどやつだか知らんが、厄介なものを作りおって……。わしら死にゆく世代の仕事は、過去に囚われ、怨念を撒き散らしてやつあたりをすることではない。若者の尻を拭いてやって、未来に希望を繋ぐことじゃろうが……!」


 賢者の目はなおも出力を増し、さすがのマリーも両腕で杖を掲げざるを得なくなった。しかし杖に添えようとしたその手を取ってアークメイジを立たせる者がいた。プロトナイトだ。プロトナイトはエリシュのウェルスナイトと手を繋ぎ、エリシュはプロトメイジと、プロトメイジはラタのウェルスキャノンと、ウェルスキャノンはハスティのウェルスナイトと、ハスティはアシュワのウェルスナイトと、アシュワはスナイパーと、スナイパーはウォーリアーと、ウォーリアーはブレードダンサーと、ブレードダンサーはソードマスター“モンチュ”と、ソードマスターはテセラック兵の巨大なワイバーンと……。ボロボロに損傷しながらも生き残った敵味方の魔鉱兵達がアークメイジの周りに渦巻を描いて、それら全機の魔法回路からマリーの座る操縦室に紫の稲妻が駆け巡る。マリーがその魔力の稲妻を杖先に集中させると、マジックフィールドは大幅に魔法攻撃への抵抗力を増して空に燦然と輝く半球となった。


……レオナルドや。今ならたやすく島を潰せるが、どう思う?


……俺には分からないけど、少なくともここにいる人達はそんな結末望んじゃいないよ。


……そうじゃな。


 魔鉱兵達が形成する大規模な魔法回路は空中のマジックフィールドとともに虹色の光を放ち続け、やがてテセラック上空に展開していた賢者の目の魔法円が薄らいで消えた。その頃にはもう帝都に殺し合いを続ける者もなければ、勝ちどきの声もなかった。彼らは急に仲良しになったわけではなく、ただ疲れただけだった。戦のあとには破壊され尽くした家々と、数えきれないほどの遺体と、うなだれる人々が残された。


          *      *      *


 魔女マリーの決断が遅かったせいで、大陸諸都市はどこも惨憺たるありさまだった。戦の目的を達成したウェルスランド王は新たな皇帝を名乗ることはなく、捕虜の騎士達の身代金という名目で復興資金を集め、諸侯と協力して帝都の再建に取りかかった。

 魔鉱兵を操縦できる者は全員が瓦礫の撤去や砲撃痕の整地などの後片付けに駆り出されることになったが、実家へ帰りたいという申し出が聞き入れられたレオを見送るため、マリーと王国軍実験砲兵部隊麾下魔鉱兵部隊の皆は港湾都市ゾックの船着場に集まっていた。実験砲兵部隊は一時解散ののちルミラに替わる新たな指揮官を据えて再編される予定なので、全員が顔を合わせるのはこの機会が最後だ。テセラックの長老達は黒いワイバーンの残骸を突きつけられると自らの非を認め、竜人は下界を去ることになったのだ。

 浮遊都市そのものはとっくに空の彼方へ飛び去ってしまったが、翼を負傷しているルミラのためにワイバーンが一頭だけ、その操縦者とともに待っていた。

「ルミラさん、本当に行っちゃうの……?」

「賢者の目を安全に止める方法を探さなければなりません。それが見つかっても、もう下界へ戻ることはないでしょう。ですからこれをラタさんに……」

 ルミラは懐から紐で括った分厚い紙束を取り出した。

「あなたの手紙への返事、仕事の合間に書き溜めていたものです。肌身離さず持っていてよかった……」

「……やっぱり、受け取れません。身の丈に合わない魔術は……厄災の元だから……。私……、自分で、勉強します」

「そうですか……」

「……その代わり、最後に……お願い」

「?」

「しっぽ、触らせて……」


 このざらざらが……!ワイバーンのテセラック兵がルミラにやんわり声を掛けるまで、ラタはしばし薄闇色の頬を染めてプラチナの鱗の感触を堪能した。


「……そろそろいいですか?もう、行かなくては。皆さんには無茶な命令ばかりしてしまって、申し訳ありませんでした。そのうえこんな形で別れることになるなんて、僕は……」

「俺達、ルミラさんがいなかったら知り合うこともなかった。感謝してますよ」

「レオナルドくん……」

「ルミラ殿はルミラ殿の責務を果たせ。我々も可能な限り戦を避ける……当面の対策はそれでいいんだな?」

「ええ。ですが人は闘争本能を持つもの、生きるためであっても戦うなと言い切ってしまうのは、僕は間違いだと思います。皮肉なことですが、人が生きようとする意志を失わない限り、賢者の目はいずれまた開くでしょう」

「そのときはそのときじゃ。わしが生きておれば助けてやる」

「よろしくお願いしますマリーさん。……では、僕はこれで」

「……ルミラさん!私も、連れて行って!」

「ラタさん、それはできません。竜人と人間とは関わりを断たなくては。あのあたたかい虹色の輝きを見たとき思ったんです、僕はここにいてはいけないと」

「ルミラさん、忘れない……!ルミラさん……っ!」

 ルミラがラタの身長に合わせて屈み込み、二人は結局抱き合った。しばらくして、ルミラを乗せた白いワイバーンは巨大な翼を羽ばたかせて舞い上がり、見上げるラタの滲んだ視線の先で、あっという間に青空の白い一点になって見えなくなった。


 狭い操縦室の座席の後ろで、ルミラは懐の紙束に手をやった。彼女のために書いていたのに、僕の思い出になってしまうなんて……。


 ラタはハステイとアシュワにしがみつき、声を殺して泣いた。


「あらゆる意味で罪作りなトカゲ男じゃったな。レオナルドや、お前は女の子を泣かせてはいかんぞ」

「俺?ええ、まぁ……」

 レオは頬を掻いた。

「それにしてもワイバーンはすごい性能だった。スズの作る魔鉱兵も、そのうち空を飛べるようになるのかな」

「そうね、必要があればそうするでしょう。サンプルがいなくなっちゃったから、私もいちから勉強だけど。鉱石魔術はこの先どうなっていくんでしょうね?」

「今後は戦のためでなく暮らしの役に立てねばならん。人は粗暴じゃから、新たな発明をするたび真っ先に人殺しに使いたくなる。道具は武器や兵器になる。知識は謀略や戦術に利用される。よくあることじゃ。しかし人は反省から学ぶこともできる」

「でも、その行く果てが空飛ぶ街なんじゃないですか?」

「それは我々次第じゃな」

「……実は私、もう考えてることがあるの。魔鉱兵を複座式にするのよ。レオとなら相性がいいみたいだから、実験に付き合ってね」

「フェリアのこともまだ終わっていないぞ。神官長が死んだらしいという噂は聞いているが、確かめに行く必要がある。お前は強い、ぜひ共に戦ってくれ」

「たまには森にも遊びに来てね。フィーラもセリアもイファルもコルネルも、みんなで待ってるよ」

「ああ、レオ様も行ってしまわれますのね……」

「俺はにどと戻ってこないわけじゃないんだから、みんなとはいつでも会えるさ。ただ、いっぺんにたくさんのことがありすぎて疲れただけ」

「護衛役のエリシュさんはレオさんとまだ一緒なんでしょ?うらやましいなー」


 復興物資の搬送のついでにレオとエリシュの移送を請け負ったレッドクロスが、ロングコートのポケットに手を突っ込んで歩いてきた。わざわざ砲艦で護送されるのは、レオが今でも国王にとって重要人物だからだ。なにしろ皇帝を討った男、“竜殺し”のレオナルドである。レッドクロスのほうも成功報酬をいくらか上乗せされていた。

「お客様、船が出るよ」

「……行くか。おまえ達、別れ際にすることがあるんじゃないのか?」

 少女達は顔を見合わせた。そのあと、別れのキスではなく握手をしだしたので、エリシュの後ろから見守るレッドクロスは大爆笑した。

 クレアの側から進み出たメルは何も言わずにレオを抱き締めた。


 こうしてレオとエリシュは嵐に見舞われることもなく海賊船でウェルスランド島に帰ったのだが、王都の城もイライザの居城もめちゃめちゃに倒壊していたため、帰還の報告や戦の終結に伴う褒美の受領、戦時特権の剥奪等々の手続きはままならず、レオには事態が落ち着くまでの自宅待機が申し渡された。荷馬車の轍もないようなでこぼこ道を行く、懐かしいエリシュとの二人乗りである。相変わらず馬が揺れるたび後頭部に当たる胸甲がごつごつして痛い。

「イライザ様のお城の片付け作業に私も呼ばれている。おまえをご実家まで送り届けたら護衛任務完了、お別れだ」

「エリシュさん、今日までいろいろありがとうございました。今度の戦がなかったら、俺は一生悶々としたまま畑土を耕したり、腐ったうんこを運んだりして、こんな重労働の何が楽しいんだと思ってたところでした。だけど戦って戦って戦いまくるうちに思ったんです。殺すか殺されるかの戦いよりも、畑仕事の方がずっとましだって……」

「ははははは!我が家が一番か。それは勉強になったな」

「騎士を引退した父さんがどうして畑仕事に夢中なのか、なんとなく分かった気がします」

「おまえとの日々は、私にとってもまたとない新鮮な経験だった。弟ができたようで楽しかったぞ。レオナルド、もしよかったら私の……」


 エリシュが言い終わらないうちに屋敷へ到着してしまい、レオは軍馬から飛び降りて屋敷の門へと向かった。

「フッ、我が家が一番、か……」


 古い砦を改装したボロ屋敷は煙突が崩れ落ちて屋根に穴が開いていたが、父も母も無事だった。レオは賢者の目に、“こんなド田舎のあばら家には破壊する値打ちもない”と言われたようで複雑な気分だった。

「はぁ……ただいま」

 レオが玄関の扉を開けると、メイド服を着た見覚えのない大勢の美少女達が一斉に振り向き、箒やモップを放り出して、疲れたレオを揉みくちゃにした。

「レオナルドさんよ!」

「お帰りなさいレオナルド様!」

「きゃー!レオさまー!」

「お帰りなさいませ!」

 父リカルドによると、彼女達はいずれも手紙にあった王国貴族の令嬢で、住み込みで働いてでもレオの側にいたい、レオにひと目会いたい、と先を争って押しかけてきたそうだ。スズ達になんて釈明すれば……。レオの受難は続く。


おわり

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