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気づいた時には額に冷たいものが感じられた。


「やばい。またやった」


 手を前につき、額をペリッと離す。ポケットに手を入れ鍵を出し、玄関の鍵穴に差し込んだ。酔いにまかせて千鳥足で帰宅したところで鍵を出すのに手間取り、『えーい、ちょっと仮眠だな』と玄関のドアに頭をつけたのが最後。立ったまま寝ていたという残念な行動を悔やむ。


 幸いまだそんなに時間は経っていないようだが辺りはしんとしていて人っこ一人いないけど、とりあえずは無事でよかった。

 おかげで酔いもさめたが家に入ったとたん、シャワーも浴びず、化粧も落とさずにそのまんまベッドに潜り込んだ。


______________



 いつもの癖で目覚まし時計に手を伸ばすとまだ五時だ。カレンダーを見れば今日は平日。いつもだったらあと一時間後には起きて身支度を整える時間。でも私にはもうその気力がない。なんにもやる気がおきなかった。

 どうせ辞めるんだから、明日だって休んでやる。もう行かない。あと一週間で契約打ち切りなんだから、行ったって行かなくたって同じこと。寝てやる。

 と、布団を頭までかぶったところでガバッと跳ね起きた。化粧もなにも落としてない。

 この年になってそれやっちゃもう終わる。信じられないくらい早く老いが進むのを知っている。

 二度寝なんてしてる場合ではない。さっさとシャワー浴びて、念入りに手入れをしなければ手遅れになる。

 とりあえず、仕事行っとこう。契約満了で辞めてしばらく休めばいい。

 働かなきゃお金は入ってこないし、出ていく一方だ。と気持ちを切り替えて(なかなか切り替わるものでもないけど)仕事に行くことにした。最後までちゃんとやらないとな。と、真面目部分をかろうじて保った。


 一週間後、私は会社を契約満了で辞め、心も体も懐も軽くなって、全てにおいてゼロになった。


 金なし。

 職なし。 

 スキルなし。

 彼氏もなしだし、

 ついでに貯金もない。

 なんにもない。

 ほんと、全く、なーんにも、


 ない。


 無いとないで楽だ。飛んでいきそうなくらい楽だ。楽だけど、空しさと切なさと心細さが押し寄せてくる。これからどうしたらいいんだろう。

 彼氏の琴と結婚して家庭を持ってこどもを作って育てて老いて老後を迎えてと計画をしていた。それが、古いビルが音を立てて崩壊するように、目の前で崩れ落ちたわけだ。

 これから次を探すのはしんどいし、この年になって新たな恋ができるのかさえ分からない。

 33だ。

 今から彼氏となる人を探したら『結婚目的』と思われてもほぼほぼおかしくない。いや、それは間違いないんだけど。もちろん最終的にはそうしたい。けど、

そう思われて、また重いって言われるんじゃないか。尽きぬ不安が胸を押し潰し、心を蝕んでいく。


 はぁ。


 私はこの先一体どうしたらいいのだろうか。何から手を付けたらいいのか、全くもって分からない。全くの独り身になってしまった。


 そんなところから始まった私の職探し。運命とは面白いもので、今まで私がやってきた経験なんてクソみたいなものだけど、それを生かすことのない新しい職を見つけた。


 一日先がどうなるのか分からない。それが人生なんだ。と、しばらく後、私は身をもって知ることになる。


 それが出雲さんとの出会いだった。






【朝倉湖の事件】終


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