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『お告げカフェ』に戻ったのは朝方だった。うっすらと今日が始まろうとしていた。目覚めた太陽がピンク色に地表部分を染めている。押し出される形で紫色の夜空は空へと持ち上げられていった。
私はプリウスを運転し、後部座席では白子さんが猫の姿で丸くなっている。その隣には出雲さんが座っていて、本を読んでいた。無音、無言の車内でも、ありえない疲労感からか逆に目は覚めていた。
車をコインパーキングに停め、先に仕事場に帰って行った二人の後を追う。
小鳥が囀り、大通りでは車が走り出す。カラスは餌を求めてカアカアと鳴き、冷たい空に羽ばたく。
天を仰ぎ目を細めた。
鼻から朝の空気をいっぱい吸い込んだ。
地下にある仕事場は相変わらず空気が澄んでいる。
円卓に出雲さんが座り、何かを考えるようにきれいな顔、眉間に皺を寄せていた。
白子さんはどこにもいない。開かずの間に戻ったんだろうか。
「あの、何か飲み物でも淹れましょうか」
「ええ。僕にはホットチョコレートで」
「はい」
お湯を沸かしている間も難しい顔をしながら足を組み、腕を組んでいた。にしても、どんな格好をしても絵になるのがムカついてならない。
乾いた音を立て、マグカップを二つ置いた。
出雲さんも私もホットチョコレートを一口飲み、
「それで、君は何が見えたんですか?」
「見えた?」マグカップを置いた。
「ええ。何度考えても解せないことがありましてね。君は何度も母猫母猫と言いますよね。それに、動物園でもそうでしたが、白子とは一体なんのことですか? 黒い影のほかに何か見えますか? 僕には見えないんですが」
何を抜かしているんだろうこの人は。ずっと一緒にいたではないか。
しかも自分の猫ではないか。何が言いたいんだろう。また先を読めとか言われてもこれは読める問題じゃない。
二人とも無言で探るようにせかせかと目を動かす。
「出雲さん、本当に見えないんですか?」
「ええ、何も」
「……ぇー……うそ。じゃあ白子さんももしかしてそのれいのれ……」
「いやだからその白子とは?」
「冗談ですよね?」
「僕がそんな無駄なことするとでも?」
「すみません。あの、今まで一緒に居たじゃないですか。出雲さん抱っこしてました。それに、出雲さんがいないときにここにいた女性です。開かずの間から出たり入ったり……」
「開かずの間とは聞き捨てならないですが、はい、それで理解できました。君が言ってるのは太郎のことですね」
「は?」
「顔」
「いやいや白子さんですって。綺麗な女性!」
「……太郎、おいで」
出雲さんが空に呼びかけると小さく鳴いて開かずの間から顔を覗かせたのは、あの、母猫。白子さん。その姿がある。
「ほら! 母猫。白子さん」
出雲さんはほっそい目で私を見、足元にすり寄ってきた猫を抱き上げた。
「ほら」
目の前には猫のケツ。顔を横にずらし、
「嫌がらせですか出雲さん」細い目で睨む。
「男の子です」
瞬時、確認する。そこにはまん丸いタマタマがででんとあった。顔だけで後ろを振り向いているソレは嫌そうな顔をし、解放されるとすたすたと戻って行った。
「君の勘違いでしたか。それは僕も分かりませんでしたよ。ははははは」
「はははははじゃないですよ。なんでもっと早く言ってくれなかったんですか!」
「ですから、何か違うものが見えているのかもしれないと思ったんです」
「そんな。いや、でもなんで女性になった……てか化け猫?」
「何を今さら」
白子さん。もとい、太郎はこの道三百年ほど生きている化け猫だということだ。最後の飼い主が出雲さんで今ここにいる。更に私が道で子猫を見た時、側にいるのは母猫だろうと勝手な思い込みで母猫だと思っていた猫は、実はオスだった。私がメスだと勘違いしていたのを面白がって太郎も女性に化けて出てきたんだろうと出雲さんはホットチョコレートを飲みながらさらりと放った。
解せないことは一つ。
動物園で白子さんは男性職員に結婚しているのかと聞いていた。この真偽の程は今のところ怖くて聞けない。出雲さんも警戒心ゼロの笑顔だし。また別の機会に聞くことにしよう。
「とにかく、この件は片付いてよかった」
「あんなことが起こるなんて怖かったけど、でも、助けてくださってありがとうございました。あの、私も一ついいですか」
「どうぞ」マグカップに口をつけた。
「私たちが危なくなったとき、どうしていきなり来ることができたんですか? どこに行ってたんですか」
「動物園にいましたからね」
「は?」
「だから顔。僕は動物園に行ましたよ。事務所には誰もいませんでしたので、勝手に園内を回っていました」
「なんでそんな時間に? 夜中ですよね?」
「失敬だな君は本当に。パンダがいると言ったのは君だぞ」
「パン……」
「お昼寝の時間以外はいると言ったじゃないか。だから園内をくまなく探したんだ。どこにもパンダが見当たらないから二周もしてしまったではないか。君は僕に嘘をついた」
「……そんな。来てたなら早く助けてくださいよ! 死ぬところだったんですよ!」
「だから助けたじゃないか。僕がいるんだ。死ぬわけがないだろう。まあ、パンダには会えなかったわけだからそれなりのことはしてもらうよ」
このクソ占い師は私たちが危ない目にあっているとき、のほほんと夜中の園内をパンダを探して二周もしていたとは。普通に考えて夜夜中にパンダがいるわけがないじゃないか。そもそも千葉県の動物園にパンダがいるなんて聞いたことがない!
「そもそも、君は甲乙たけし君に睡眠薬を盛られたとき、飲んだふりをして嘘寝をしていただろう? あのままちゃんと起きていればあんな危ない目には合わなかったはずだよ」
「出雲さん、なんでそれを……」
そうなのだ。私はあの時、様子がおかしいと感づき、飲み物を飲んだふりをしていた。そこで一か八か演技を打った。甲乙たけしはまんまと乗ってきてくれて、寝たふりをしたまま連れていかれようと企んでいた。しかし、私は大馬鹿だ。途中で本当に眠ってしまったんだから。




