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「おまえごときに俺の気持ちが分かるか! これまでの人生最悪だった。足が不自由なせいでみんなと違うって言われて仲間はずれにされる。同情で一緒にいられるこのみじめさ、分かるか! 殺すだと? その言葉だって幾度となく浴びせられた。余計なこと思い出させやがって」


「それ分かる必要ある? ないよね。僕には関係ないし君のことになんて全く興味がない。言ってることがくだらないんだけど」

「おまえ、体の不自由な人を見てもなんとも思わないのかよ!」

「ははは。誰が不自由だって? 鍛えてたんでしょう? もう片方の足。動くじゃないちゃんと。それに、君のような状態の人って世の中多いよ。少なくとも彼らは自分を悲劇のヒロインにはしていない。自分の道は自分で切り開いている。甘えん坊のクソの極みの君には分からない気持ちかもしれないですけどね」


 出雲さんは饒舌に言いながらも甲乙さんの手を後ろ手に縛り、柱にくくりつけていた。それも本人にわからないように、字のごとく、真綿で首を絞めるように。


「おまえらみんな殺してやる!」

「はいはい。君に僕が殺せるはずがない。動物しか殺せないのに。そうでしょう? 今までに何匹殺ってきました? 君の後ろにニワトリが視える。彼らが必死に止めているよ。君が動物を殺すのを必死に止めている。だから、この小屋に近づくと偏頭痛がするんじゃない?」


 顔面蒼白。甲乙たけしは両手で顔を覆ってがたがた震えだした。


「なんでそれを」

「だから、視えるんです。君は間違いを犯したね。それは償わなければならない。その前に、僕はまだ君を許したわけじゃない、法で裁かれる前に僕が君を裁く、この意味、分かるよね? …………甲乙たけし君」


 マエストロのごとく滑らかに手を上に振り上げた。その手が下ろされれば甲乙たけしは殺されるだろう。


「出雲さんダメです。殺しちゃダメです!」


 こんな奴でも殺してはいけない。いくら生きる価値のない人間だったとしてもこんなやつのために手を汚す必用ない!


「何を勘違いしているんだい朝倉君。君じゃあるまいし僕のこの綺麗な手を自分で汚すようなことなどしないよ。こんな汚物以下、相手にするわけがないだろう。今のところ落ち着かしてはいるけれど、僕の腹の中は煮えたぎっているってことは敢えて伝えておこう」


 振り上げていた手を掴んでいた私の手は簡単に振りほどかれ、出雲さんはもごもごと口を動かして親指と人差し指、中指を数度擦り合わせた。扉の鍵を開けるときの金属の音がいくつかすると、ロバの入っていたケージの鍵が開き、よろめきながらもロバが走り出た。上に置かれているケージの鍵も開き、中からニワトリが羽を伸ばしながら羽ばたき降りてきた。


「大丈夫ですよ、あなたがたはもう食われませんからね。ああ、なんと可哀想なこと。いいえ、それには及びません。はい? はあ、それは事務所に行ったほうが宜しいかと。ほら、外にはライオンなんかもいますでしょ。間違ってそこに入って行ったらエサと間違われてパクっと……」


 出雲さんは事もあろうかニワトリと話をしていた。

 ニワトリたちの話によると、毎日一羽ずつ食われていたそうだ。この動物園では食用の動物は一匹、一羽、一頭たりともいないはずだ。社訓でそう決められている。それをこの男は小屋を任されたことをいいことにやりたい放題やっていたわけだ。動物園の動物を味見のごとく喰いまくっていた。


「さて、そろそろこのクソ男の審議に入るけど」


 床に散らばった紙の束を容赦なく踏んづけ、出雲さんはひとつのファイルを手に取り、そこに乗っている埃をふっと吹いた。埃が舞い、当たり前のように床に散らばって落ちた。


「このファイルの中にあることはね、当たり前のことじゃないんだよ」

「おまえ、それには触るな! そこには俺の大切なことが書かれているんだ。それは俺だけの、俺だけの物だ!」


 唾を飛ばしてしゃべっている。汚いモノには触りたくないとあからさまに距離を取る出雲さんの態度は、長年虐げられてきた甲乙たけしにとっては敏感に察するところでもあるが、人の気持ちなど知ったことかという考えの出雲さんにはまったく通じない。


「なぜ君が動物を盗んだかってことだけど、君は最初から間違いを犯している」

「間違いなんかない! あるわけがないんだ! そんなところで間違えたりはしない。お前に何がわかる!」

「ポンコツはポンコツだなやはり」首を振る。

「たかが占い師の分際で何が分かるんだ! インチキ占い師が。お前のようなあこぎな商売人こそ、ムカついてくる! 人を馬鹿にしやがって」唾を更に飛ばしている。

「うん、論点がずれてることも分からないバカとは話をするのも時間の無駄なんだけど、ここではっきり言っておかないとまた同じことをするから、仕方なく、はっきりいって仕方なく教えてあげますよ」


 出雲さんはファイルを甲乙たけしに向けて放り投げた。ファイルは彼の足に当たり、砂埃を上げて床に落ちて中の紙が散乱した。紙には様々な動物の絵が描かれていた。甲乙たけしは喚きながら自由のきく足で紙を擦り集めている。それを薄ら笑って出雲さんは見下ろしている。


「君はドナドナの歌の意味をどう思う?」唐突な出雲さんの問いかけに、甲乙たけしはぴたりと足の動きを止めた。

 しんとなる小屋の中、再度、麻袋に視線を向けたがやはりそこに白子さんの姿はない。

「ふっ。ドナドナには所説あるのは頭の悪い君でも分かるよね。例えば有名なのはこれかな。まあ、これはワルシャワの詩人イツハク・カツェネルソンが作詞者なんだけど。その彼の妻と二人の息子が収容所へ連れられた時の気持ちを書いているとも言われているよね。だろ?」


「……そ、そうなんですか。私は初めて聞きました」この間はなんか言えっていうことで間違いないと思ったから、緊張の解けた体、喉元に力をこめて声を出した。話の途中ではあるがとりあえず突っ込んでみた。

 出雲さんは冷ややかな目を私に向けていて、何がいけなかったのかと頭をいろいろな角度から活用してみたが、先程の恐怖もあいまり、まだうまく考えられなかった。


「君は知っていたよね?」矛先を甲乙たけしに変えたが、甲乙たけしも甲乙たけしで首を横に軽く振っていた。

 はぁ……と、これ見よがしに巨大なため息をつき、

「この、頭の悪いバカ供が」

 暴言を吐いた。

「じゃ、こっちかな。頭の緩い下々の者が知ってるのはこっちかもしれないな」



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