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18


「なに、いきなり走るからびっくりしてっ……」

 私を追いかけて来た向井さんの顔が固まり、眉間に深く皺が刻まれた。

「なんだよこれ。ぐっちゃぐちゃじゃねーかよ」向井さんが息を切らしながら前にいた櫻井さんを押しのける。

「たぶん、ここじゃないどこかにまた白子さん連れて行ったんだと思います」

「まじかよ。なんのためにそんなめんどくせえことを?」

「私たちが邪魔なんでしょう。まいてるつもりなのかも。向井さん、この先、案内してください」

「分かった。人一人連れて行ける場所となると……こっちか。櫻井さんは裏手から頼みます」

「分かった」


 櫻井さんは今来た道を走って戻り、裏手に回る。裏は小高い丘のようになっている。その先には行けない仕組みになっていた。なので、中と外で挟み撃ちにしようというわけだ。


 奥には更に薄いベニヤ板で作られた粗末な扉は薄く開いていて、中からはオレンジ色の光が漏れていた。中を覗きこもうとしたところで私たちは同時に鼻と口を手で覆った。


 ひどい臭いだ。動物の臭いに糞尿の混ざった臭い。目と鼻の奥にツンとくる刺激臭、私でこれだ。白子さんはぶっ倒れているんじゃないかと思うと、腹がくつくつと熱くなった。

「あいつかやっぱり。なんでもっと早く気づかなかったんだ」向井さんは自分の太股を自分の拳で数発叩いた。


「やめてください。まずはあいつが何をしているのかを確かめましょう」

 無言で頷いた向井さんは、首にまいていたタオルで口と鼻を覆い、後ろできゅっと結んだ。私は……持っていたタオル地の小さなハンカチで口と鼻をおさえ、目配せして頷くと、慎重に中へと入って行った。


中はぐちゃぐちゃだ。管理、保管なんてものは一切されていない。窓もないので空気がこもっている。


 入口付近の床には、ファイルの束が乱雑に投げ捨てられていた。その中にはシロクマに関するものも、猿の生態に関するものもある。向井さんが舌打ちをした。悔しそうにファイルに積もった埃を手でやさしく掃っている。


 中は更に奥へ続いていて、左右は薄いベニヤ板でパーティションが作られていた。


「この小屋、縦に広いのは外から見て分かりましたけど、なんでこんな複雑な作りになってるんですか」

「ここはあいつが勝手に増築したんだろう。こんな扉は無かった」


 向井さんは怒りに肩を上下させ、比例して足取りが早くなった。


 奥へ進むにつれ、動物の鳴き声が聞こえてきた。それは弱々しく悲しげに聞こえた。犬が鼻でキュンキュン鳴く声、ロバの苦しそうな訴えにも似た鳴き声、猿の力なく、それでも存在を知らせようとしている悲鳴、私たちは怒りに震えたが、まずは白子さんを見つけるのが先だ。

 ぐっと拳を握りしめ、ハンカチ越しに大きく呼吸して、隣の向井さんに目を向けた。


 向井さんは顔を真っ赤にして涙をぽろぽろ溢して怒りに体が震えていた。それでも声を上げないようにぐっと唇噛んで我慢しているのが分かる。


 そんな向井さんを見て、私も体中がカッと熱くなった。


 絶対に許さない。ジャッキー仕込みの技を全部出し尽くしてやる。前を睨んで怒りを抑えつつ、奥へと進んだ。


 足元は埃だらけ。鳥の羽が黒く色を変えて固まっていた。ここ最近のものではない。かなり時間が経過しているものも混ざっていた。そして、何かの小骨も散らばっていた。


 薄汚れたクリーム色の動物園のマークの入った暖簾が天井から床にかけられている。暖簾をくぐり、息を飲んだ。そこには、小さなケージの中に詰め込まれているコザルが意識朦朧としながらも必死に小さな手を伸ばしていた。


 すかさずケージに飛び付いた向井さんは、口を覆っていたタオルを無意識に捨て、他に猿が入ったケージがないかを確認し、無いと分かるとすぐにコザルの詰められたケージを持ち上げた。数えたら、いなくなった猿全てがそこにいた。猿たちも向井さんの顔を見て力の限りの声をあげ失禁した。そんなことは気にも留めずに事務所の方へと一目散に走って行った。


 走りながら、「外から櫻井さん行くから! 犬いたら逃がして! 勝手に事務所の方へ来ると思うから! 外出したらすぐ戻る! 待ってて!」と叫んだ。ひとつ頷き、私は更に奥へと進む。待っててと言ってくれたけど、待っているわけにはいない。


 次のパーティションで仕切られた中には犬がいた。やっと立てるくらいの大きさのケージの中に入れられていた。中には痩せ細り、力なく横たわっている犬もいた。糞尿垂れ流し、エサも満足にもらっていないのがあばらの見え具合で分かる。ケージに備え付けられている水飲み器は空で舐めても水は出ない。それを一生懸命舐めている犬もいた。


「なんてこと。助けなきゃ」


 事務所へ行けと言えば行くように訓練されてるんだろうか。向井さんの言い方だとそんなかんじだった。ちゃんと訓練されているんだと思い込みながら手際よくケージの鍵を開けた。犬もこれで全部だ。


 私を見て唸り声をあげ、ケージの奥に逃げる子もいたけど、苦しいだろうに尻尾を振ってすりよってくる犬もいた。先頭切って走り出ていく子もいた。


 頭を撫でながら、「ごめんね。さ、事務所へ行きなさい」と涙声で犬たちに言い聞かせた。横たわっていた犬もなんとか起き上がり、よろめきながらも先に出ていった犬の後を追った。


「許せない、甲乙たけし……」


 きっとこの先はロバだ。睨み付けたその先にはロバが二頭、寄り添うようにしてケージの端に逃げ込んでいた。


 更にその先、小屋の一番奥に男が立っていた。甲乙たけし、その人だ。


 よだれを滴ながら独り言をぶつぶつ言って小刻みに震えていた。その手にはナイフ。


 甲乙たけしのすぐ側には、壁に背中を預けるようにして両足を地に伸ばし麻袋を腰まで被せられた人がいる。その足からそれが白子さんだと分かった。とたん、私は悲鳴に近い声をあげ走っていた。



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