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「っ、いってててて……あったまいてえ」
頭を抑えて起き上がった向井さんは隣に倒れている櫻井さんを見て、『あ? なんだよこれ』とあからさまに嫌な顔をした。そもそもなぜこうなっているのかまだしっかりと動いていない頭で考えるのは無理があった。
「ちょ、起きてくださいよ」
櫻井さんを足蹴にして揺らしてみる。何度目かの蹴りで、眉間に川の字を刻みながら櫻井さんが意識を取り戻した。
「なんだここ。いてっ、背中いてえな。え、なんで床に寝てんの俺」
「あー、二人とも起きました? っとになんでそんなとこに二人で重なって寝てんですか? まさかのちょっと言えないあれとか?」
ニタニタしながら二人につっかかるのは交代要員の一人だ。
「俺ら、寝てたの?」
「はあ? 何言ってんすかほんと。向井さんまだ寝ぼけてますね。俺が事務所来たときだーれもいないから何事かと思ったら、向井さんと櫻井さん、ソファーの後ろで寝てるからびっくりして。写真撮って面白くて笑ってたら起きたっていう」
「おまえ、写真撮んなよ悪趣味なやつだな」
「だって笑えるし。ちょースクープ」
「スクープとかやめろ。そんなんじゃねえよ」
「じゃ、何やってたんすかー」
「何って……」
なんだっけ? と、二人で顔を見合わせ、みるみるうちに蒼白になる。
「おい! 甲乙どこだ! どこ行った?」
「はあ? 知らないっすよ。今日三人で夜勤だったんすか?」
「まずい。朝倉さんもいねえ」
「向井、行くぞ!」
櫻井さんは瞬時に立ち上がり走り出した。そのあとに向井さんも続く。事務所を飛び出し裏手に当たる小屋の方へ全速力で走る。
私はそんな二人を小屋の入り口に待機しながらほくそ笑んでいた。
力ではかなわない。でも、知能なら勝てるはずだ。ジャッキー仕込みの知能でなら、少しはダメージを与えられるはず。
紐を握る手に力を込めた。あとはタイミングを合わせて引けばいい。
小屋までの緩やかな坂を全速力で走ってくる。走る速度が早ければ早いほどこの戦法はいかされるってもんだ。
乾いた喉に無理矢理つばを流し、紐を手に巻き付けた。膝をついて姿勢を低くし、タイミングを測る。
二人が小屋に入った瞬間、扉に括っておいた紐を力任せにピンと張った。見事に二人の足は引っ掛かり、前のめりに倒れた。あとはお腹に一発ずつ入れて、素早く手足を縛ってその辺に転がせばいい。だがしかし、そうは問屋が卸さなかった。
櫻井さんがまさかの受け身をとった。柔道の基本をばっちり叩き込んだお手本のような受け身は想定外だ。向井さんはつぶれたカエルのように両手両足手をばたつかせて顔からつっこんでいた。こっちは想定内だ。
くそ。こうなったらまずは向井さんを片付けるか。櫻井さんにはまかり間違ってもかなわない。としたら、甲乙さんが動物たちを逃がし終えて逃げていることに賭けるしかない。
何が起こったのか分からず、受け身を取り終わった体勢でキョトンとしている櫻井さんは無視し、べちゃってなってる向井さんの腕を素早く後ろ手に縛り上げた。
「おい、何やってんだよこれ。やめろよ!」
「ダメです。もう騙されませんよ!」
噛みつく向井さんの背中を足で踏んづけて素早く縛り上げて転がした。と、同時に距離を取って櫻井さんに向かって構える。
「……ええと、朝倉さん、何してるんですか?」
「もう騙されません! そんな、何も知りません風ふかせてるけど、ぜーんぶ聞きましたよあんたたちのこと! ここを管理していることも、動物を盗んでいたこともね!」
「いや、ぜんぜん意味分かんないですわ。それ、誰に聞いたんですか?」
「甲乙さんに、ぜーんぶ聞きました」
「あいつ……やっぱり」
櫻井さんは険しい顔になり、ひとつため息をついた。上半身だけ起こした格好で地面に座っていたのを、「よっ」と掛け声ひとつあげてすぱっと立ち上がった。
「朝倉さん、甲乙にハメられてますわ」
「はあ? この期に及んでまだそんなことを」
「俺ら、飲み物になんか仕掛けられて眠らされてたんですわ、たぶん。気づいたらソファーの後ろに転がされてましたからね」
「……ソファーの後ろに?」
確かにあのとき事務所には誰もいなかった。いなかったのは、ソファーの後ろに転がされていたからだというのか。
「おい! 早く取れよこれ!」
向井さんが土埃をあげてじたばたしながら怒っている。
「でも、そんなことってない。ここは、お二人が管理している小屋なんですよね! そうですよね?」
「それも違いますよって俺ら言いませんでしたっけ? そんなに信じてもらえないなら、そこ、見てもらっていいですか」
櫻井さんは入り口の横にかけてあるボードを指差した。構えは解かずに目だけでそっちを向く。
「それ、この小屋になんらかの用事で入ったら絶対に名前書くようになってるんですわ。で、掃除したらハンコを押すシステムなんです。誰の押してあります?」
「ハンコ? システム?」
半信半疑でボードに近寄り目をざっと上から下に流す。瞬間、ボードを両手で掴んで顔の真ん前まで持ってきた。
「こんなことって____」
ボードには『甲乙』のハンコがびっしり詰まっていた。
「それで信じてくれますか? 俺らあじゃないですよ」
「まさか、そんな。甲乙さん……あの人いったい……」
「あいつのことは俺も薄々おかしいとは感づいてましたがこれで確信に変わりました。向井のこれ、解きますよ」
騙しに騙されたショックと自分のバカさ加減と、白子さんがどうなっているのかを考えた恐怖とで目の前が真っ暗になりそうだった。
「とりあえず奥へ急ぎましょう。もう一人の方もどうなってんのか心配ですし。呆然としてる場合と違いますよ」
「あー痛え。まじでこんなきつく縛るやつがあるかよ」
向井さんの嫌味になんて全く反応できないくらいショックを受けていた。




