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「だから、あいつはそんな理由もあってか人と関わりをもつ仕事が嫌だと感じちゃったんだろうな。人との関わりには少なからず本音建前、私情が入るだろ? 物言わぬ動物の世話をしている時が一番幸せだって言ってたよ」


 でも、あいつには絶対に盗めない。と向井さんは付け加えて言った。


 その理由は彼の足だ。


 走ることのできない足。そして体も小さく細いので力だってそんなにない。そんなのがロバなんて盗めるわけがない。まして犬なんて、どっちが散歩されてるのか分からなくなる。


 彼は小動物の管理、子供に人気のある、ひよこやニワトリの管理がちょうどいい。見た目に弱いと思う動物の世話をしている時は自分が強くいられる。それが幸せなんだ。でも決して上からじゃなく、対等に世話をしたいんだ。と言っていたそうだ。

 となると彼にもまた動機は無いように思える。皆動機は無いのだ。皆無だ。

 早速振り出しに戻ってしまった。しつこいくらい何度考えても彼らに動機は見つからなかった。


 でも私はその話を聞いて、甲乙さんはなんでわざわざ動物園に就職をしたのだろうかと不思議に思った。


 足が不自由ならばわざわざ動物園で働くこともないのではないか。それこそこのご時世だ、在宅ワークもたくさんあるし、会社務めだとしたら一日中デスクに張り付いていられる仕事もたくさんあるだろう。歩かずにすむ仕事なんて数えきれないほどにある。そこをあえて選ばずに動物園に就職してきた甲乙さんに純粋に興味をもった。


そんな折、白子さんもまた同じことを考えていた。


「それで、別にあなた、動物園じゃなくてもよかったんじゃない? 動物の世話ってけっこう大変だと思うわよ」

 と、白子さんはホットミルクを舐めるようにちびちび飲みながらデスクワークをしている甲乙さんに聞いていた。

「僕は動物が好きなのでここに務めているんです。なんていうんでしょうか、運がよかったのかもしれませんね。他の動物園では雇ってもらえないかもしれませんから」

「それはどうして?」

「だってそうでしょう、緊急時には走らなければならないことが多すぎます。さきほどあなたが仰ったように、園内を走り回ることだってわりとたくさんあるんですよ。それに平坦なところばかりじゃないんです」


 そんなことを言った。それでも雇ってもらえたんだからクビにならないように一生懸命働いているだけだ。と、付け加えた。

 

「動物を盗むなんてそんな残酷なことが起こってしまって本当に残念です」

「まあ、そうね」

「盗んで隠し持っておけば好きな時に自分の研究ができる。それに、ここは死角が多すぎる。一日中誰も足を踏み入れない所だってあるんです。格好の場所だとは思いませんか」

「てことは、やっぱりこの園内にいるっていいたいのね」

「仲間を疑うのは嫌なことです。いないと信じてます。おっと、」


 ファイルの束を両手に抱え、歩きだそうとしたところで躓いた。


「ちょっとやめてよ、大丈夫?」


 白子さんは反射的に甲乙さんの腕をつかみ、甲乙さんは足をかくかくさせながら「すみませんすみません」と頭を下げていた。


「気を付けてよ。重いものならあの熊担当のゴリラみたいな人に頼めばいいじゃない」


「ゴリ……。いえいえそうはいきませんよ。これでも必死なんですよ。ここにいるために必死なんですから」落としたファイルを広い集め、机の上に置いた。

「けっこう大変なのね。それはそうと、あなたは一晩中ここにいるわけ?」

「そんなことないですよ。外にで出ることだってあります」

「なんのために?」

「机に向かってパソコン叩いているだけが僕の仕事じゃないんですよ。ミルクもう一杯飲みますか?」

「お願い」


 人のよさそうな笑顔を向けてマグカップにミルクを入れたあと、笑いなからジャンパーを着始めた。



「とはいえね朝倉さん、俺らはいつも甲乙を不思議に思ってたんですよ」とは、向井さんの言葉だ。

「というのは?」

「あいつ、昼すぎと夕方には決まっていなくなるんです」

「初めて聞きますけどそれ」なんでそんな大切なことを。

「俺も自分とこの猿の件で頭に血がのぼってましたし、その度にあいつになだめられてたからなんとも思ってなかったんで。それでもまあ、あいつに盗みなんて到底無理ですよ」

「お二人の話を聞く限りはそう思います。それで?」

「それで、帰ってくるとすげえ顔笑ってんすよ」

「あ、それ俺もそう思ってた」櫻井さんが被せた。

「だろ。礼拝だかなんだかって聞いたぞ。日に三回やってるって。それでも足悪いし小柄だしあいつには無理だろうって頭からあいつを省いてたんだけど、こうなってみて一人一人のことを考えてみたんだよ」

「こいつと俺でな」と、櫻井さんも自分も一緒に考えたことをアピールした。

「一人でいられる自由な時間ができるのは、あいつくらいなんだよ」

「それでも、自由な時間ができたくらいじゃ盗まれた動物を置いておくところがなければどうにもなりませんよね」

「そこ。思い出したんだけど、あいつ、小屋持ってんだよ。園長に頼まれたとかでそこの掃除や荷物の管理も任されてる。たぶん、俺らに対する配慮だと思う。俺らは園内をせわしなく動き回ってるけど、それできないだろ、だから違う仕事を与えてんだと思う」

「それに、その小屋の中には園にいるすべての動物に関するデータも保管してあるし、甲乙がちゃんと見ててくれるから安心してたってのもあって深く考えなかったというか。なあ向井」


 小屋を持っている。一日のうちにいなくなる時間が決まってある。帰ってくると顔が笑っている。


「それにあいつ礼拝仲間のやってる変なサークルだかなんだかに入ってるみたいだし」

「サークル?」

「詳しくは聞いてないけど外国のものみたいなことは濁してた」

「お二人は動物の研究をなさっているんですよね? こういっちゃなんですが、動物を盗む要因はお二人にもあるように思いますけど」

「それを言われたら辛いけどね、そもそも犬は研究の対象外なんですわ。研究対象は猛獣でしてね」

「俺はそんな、たいそうなもんはできない」


 櫻井さんのあとに、ふてくされたかんじで向井さんが付け加えた。



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