7
「やあやあ、こちらですこちらです、すみませんなんかこんな奥まで歩かせてしまって」
前方から動物園指定のライオンの顔がプリントしてあるくすんだ白い色のつなぎにブルーの長靴をはいたおじさん、木立さんが小走りに距離を詰めてきた。
昨日会ったときとは打って変わって水を得た魚のようなキラキラした笑顔と活力にみなぎっているように映った。きっと木立さんはここが自分を一番輝かせる場所なんだろう。園内のお客さんを見る顔つきひとつ見たってぜんぜん違う。
「わざわざ遠いところまでご足労、ほんとにありがとうございました。どうでしょう、園内一回りなさいますか?」
「はい、ぜ」「結構です。帰りが遅くなりますので」
「あ、そ、そうですよね、そこを考えずに勝手なことを申しました。すみません」
「いやいや、謝らないでください。私も白子さんも動物園の中を見たいんですが、その間にまた動物たちがさらわれるとも分かりませんし、そういうことなんです、はい」
私は慌てて白子さんの言ったことばをかきけした。木立さんは自分の動物園を紹介してくれようとしてくれたわけで、私たちが遠くからやってきたことに対してのお礼のようなことだったわけだ。それを白子さんはわかっていない。というかもともと動物なんだから仕方のないことだ。が、木立さんは白子さんの正体を知らないので説明がやや、めんどくさくもある。
「そうですね、こうしている間にも動物がいなくなるかもしれないですね、それでは事務所の方へ。事務所は入り口すぐなのでこちらから」
どうやらなんやかんやで半分ほど回っていたらしい。事務所は入り口入ったところ、案内所と動物病院の丁度後ろに位置するということだ。といっても案内所でも事務所でやる仕事もあるということでそこは曖昧だった。
私たちはショートカットで爬虫類館と屋内休憩所の間を抜い、動物慰霊碑の前で一度頭を下げ、今度は左手にレッサーパンダを見ながら来た道を戻った。
平日にも関わらず、家族連れが目立っていた。子供はみな小さいけれど、中には小学生くらいの子供も見受けられた。
熱いほうじ茶と昨夜と同じコラボクッキーが事務所の中の簡素な低めのテーブルに置かれた。
プレハブに毛が生えたような事務所は長方形の造りになっていて細長い作りになっている。事務所の前に建つ案内所と動物病院、その向こうを通るお客さんたちを見渡せるように全面ガラス張りになっていた。光もたくさん入ってきて明るい雰囲気だ。
一番奥には何十年も使い込んだであろう黒い革張りの三人がけソファーが二つ、簡素な低めのテーブルを挟むように置かれている。入り口真ん中には学校の職員室にあるような机が六つ、その上にはデスクトップのパソコンがひとつずつあって、色のついたたくさんのファイルがブックエンドに挟まり綺麗に並べられている。壁一面には腰くらいの高さの棚があり、そこには年代別に並べられている動物園のファイルがぎゅうぎゅうに入っていた。
事務所の中には三人いて、一人はパソコンに向かっていて、もう一人は年代別のファイルを開きながら調べものをしている。二人とも動物園の従業員だ。同じライオンの顔がプリントされているつなぎを着ていた。最後の一人は制服を着たてっぷりとした女性だ。木立さんの奥さんで、案内所と事務所で電話当番と従業員の管理を主な仕事としているそうだ。
「園長、そういえばさきほどペリカンが、ってあ、すみませんお客さまでしたか」
年代別のファイルを調べていた細身で眉が細く目付きの鋭い強面な二十代半ばとおもしき男性が私たちに気づき話を詰まらせた。
「話をしていた占い師さんのところの方々に来て頂いたんですよ」
「ああ、そうでしたか。向井です。動物たちのこと、どうぞよろしくお願い致します」
見た目とは裏腹に腰を深く折って頭を下げる向井さんのギャップに驚きながらも、「なんとか解決します」と、応対した。
「それで、何か分かったことがあったんですか」
向井さんが早口でまくしたて、園長と私たちを交互に見た。
「向井君は例の猿の担当なんですよ」と、すかさず園長が説明した。
「そうでしたか。さきほど着いたばかりでして、これから手がかりになるものをと思っています」と、私が言うと、
「……ふーん、占いで動物たちがどこにいるのか分かれば警察もいらないですよね」と、挑戦的に返された。さきほどのイメージはこの短時間に覆された。
「やめないか」園長にいなされ静かになったが世間の反応はやはりこんなものかと私は少し悲しくもなった。
占い師がいたらきっと向井さんに次にそんなことが言えないくらいまで嫌みで応戦するんだろうけど、幸か不幸か私にそのスキルは無い。横でキョロキョロと事務所の中に視線を走らせる白子さんは、まるで新居にやってきた猫だ。そして、人が言ったことなどまったく気にもしない。主のことをうっすらけなされたのに、我関せずといったところだ。
今、この時点においてはその性格がすこぶる羨ましい。
「向井。私が無理を言って頼んで来て頂いたんだぞ。失礼じゃないか」眉根に川の字を作り吃と睨む園長の視線を細い目を更に細めて斜めに流していた。
「悪く思わないでください。自分の担当の動物が次々いなくなってこいつも憤慨しとるんですわ。こいつなりにも警戒してたんです」
「園長さん、知り合いの警察官だけには連絡をしたという話でしたが、しっかりとした届けはまだ出していないんですか?」
盗難届け、被害届けをしっかり出していないことに驚いた。既に出してあるものだとばかり思っていた。
「はあ、ちょっといろいろありましてね」頭を痒くもないのにかきながら視線を宙に泳がせた。
何か隠してる。でも分からない。園長はまだ言っていないことがある。一体なんなんだろう。警察にも言えないことなのか。それを聞き出すには向井さんが邪魔だ、彼は聞き耳立てて、ダンボのように耳を大きくして私たちの次のことばを待っている。
「で、ペリカンがどうしたわけ?」
白子さんはきょろきょろしながらも同じことを思っていたらしい。話をそらしてここから向井さんを離そうとしていた。




