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「はいはいはい、コーヒーでも。すみません、おいしそうだったので勝手に開けてしまいました。ご一緒にどうぞ」
と、頂いたクッキーをお皿に乗せてラテと共にテーブルに置いた。瞬間に、白子さんは自分のマグカップを素早く両手に取り、ミルクを舐めるようにちびちびと飲み始めた。私と客人はそれを横目に見て、とりあえずラテに口をつけた。
なんとなーくうっすら分かってきた気がする、きっと白子さんは……
「で、名前は?」ぶっきらぼうな白子さんは飲みながら言うという極まりなく失礼な態度を取る。
客人は初老の男。人のことばかり気にかけて自分のことは後回しにしてしまう典型な良い人の臭いがぷんぷんする。こぎれいな作業着にスニーカー、タオル地のはんかちを手に持ち眉を八の字にしながら銀縁めがねをくいと上げた。
「申し遅れましたすみません。私は木立松尾と申します。千葉県にあるにこにこ動物園の支配人をしています。あ、園長です。とはいえ、先代の父の後を継いでいましてですね、最近までうまく回っていたんです。ですが、ここ三か月ほどに何度もですね、動物を盗まれるということが発生しましてですね、知り合いの警察にも連絡しているんですがどうにもこうにも犯人が捕まらなくて。警察は従業員を疑っているんですが、私はうちで働いてくれている従業員を疑うなんてことできなくてですね、そんな人うちにはいないと思うんです。それで、しばらく様子を見ていたのですが……窃盗行為は収まらず。もちろん防犯カメラもいろいろなところに設置して二十四時間体制で監視はしているんです。それでもやられてしまって。うちも盗まれるたびに代りの動物を入れるなんてことできる予算もなければですね、いなくなった子のことを考えるとそんなことできなくなってしまいまして」
目がしらに熱く浮かぶ水の玉をめがねをくいと上げ、タオル地のハンカチに落とし込んだ。
「で、具体的にはどんな動物が居なくなったわけ? まさかの猫だったら怒るわよ」
といった白子さんの一言で私は完璧に確信した。白子さんは人じゃない。
「いやいやうちの動物園には猫はいないんです」
「そ」
「は、はあ。ええといなくなった動物はですね、ロバ、猿、犬」
「「犬?」」私と白子さんの声が重なった。
さきほど動物園に猫はいないと言った。もちろん犬猫は二個一だと思う。ペットとしては。
それがしかしながら木立さんは「犬」がいなくなったと言った。動物園に犬がいるなんて聞いたことが無い。
「あ、あのですね、犬っていうのはうちの動物園の外で飼っているものでして、と言っても外もうちの敷地なんですが、それで園内をぐるっと囲うように寮を建てておりましてですね、全部で三棟の寮を持っているんです。男女別になっていまして少人数で生活をしていますのでそれなりにストレスもなく配慮しているんです。寮と言ってもほんの小屋程度のものですはい。毎日当番制で犬の散歩をお願いしているんですが、それがその……一日ずつ犬がいなくなるんです」
「一日ずつ?」白子さんは腕をぎゅっと組む。そのたびに胸がにゅっと寄る。そのたびに木立さんはどこを見たらいいのか分からず結局最後に私を見る。
私はセーフティーネットじゃないんですが、と言いたくもなるが、方や綺麗な白子さん、方や私のようになんの取り柄もないふつうの女子。そりゃこっち向いてりゃ安心ってところか。
「いずれも私共が仕事をしている時間帯なんです。だもので犬に関しては外部の人間かなあと疑ってる次第でして」
「そんなにいい犬なわけ?」
「え、いやいやもう雑種です。引き取り手のない犬たちを引き取って、一緒に生活をしているんです」
「あら、あなたいい人なのね。動物に優しい人は好きよ」
思いもよらない告白に顔を真っ赤にする木立さんは額から粒の汗をかき始めた。それを見て、「汗っかきな男は嫌い」と、見も蓋もないことを言う。
にこにこ動物園の面積は3ヘクタールで、動物園を含む公園全体は9ヘクタールある。 周辺には千葉市中央図書館、公民館などがあり、お年寄りや子供づれのお母さんたちのちょっとしたお散歩コースにもなっていた。
コンセプトは「誰もが気軽に訪れることができる癒される動物園、小さな子どもが初めて動物に出会い、ふれあう中で、他の動物の命を大切だと感じることのできる動物園」だ。
この動物園には、子供に一番人気のスマトラトラ、アムールヒョウ、チーター、ライオン、ホッキョクグマ、レッサーパンダ、チンパンジー、ニホンサル、マントヒヒ、ロバ、ゾウ、などなど様々な動物がチビッ子たちを待っている。
千葉県民なら誰でも知っている有名な動物園だ。
「それで、全部でどのくらい盗まれたんですか?」
「は、はあ。ええと、あの、ニホンサルのコザルが十匹、犬が十四頭、ロバが二頭」
「ふーん、それはまたなんだか統一性がないわねえ」
ミルクを舐めながら唇を尖らせた。
「サルと犬とロバですか……なんでそこにいったんですかね。盗りやすかったとか?」
ラテをすすり、木立さんに視線を送る。
「んー、確かにコザルは園内にいることもありますが、慣れていなかったら人の手に触ることすらないと思いますし、まあ、そうですねえ、犬ならば散歩に行くふりをして連れていくことも可能かもしれないです。ロバは……そこは私にも解りかねるところでして」
マグカップを両手で囲み、中の揺れているラテに視点を委せている。




