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☆ミ


 朝一から、米とミルク、卵、三つ葉、塩、チーズをリュックの中に詰めた。とりあえず栄養ドリンクも何本か詰めてみた。占い師さんが何を好きなのかまだ分からないが、昨日のあのふらふらな状態を見たら何かしらお腹に入れないといけないと思った。たぶん何も食べずにいるだろう。そのまま今朝までいたら余計に体の調子は悪くなる一方だ。


 いつもの時間より少し早めにうちを出て、私の職場、『お告げカフェ』に足早に向かった。


『お告げカフェ』とは、どうにもこうにも取り払いたい悩みを多く持つもののみが、ここの主、出雲大社の波長と合った時にのみ見つけられるという、巷でもっぱらの噂となっている場所だ。


 ここへ来たければ、黒猫の後を着いて行けばいい。

 その黒猫を見つけられるかどうかもその人の『運』だそうだ。


 出雲大社、いかさまチックな名前だが当主は自分のことをそう名乗っている。見た目、某アイドルグループにいる雰囲気でチャラい。見た目、細身な体で筋肉質にまとまり、頼れそうだと思うが、そんな見た目とはうらはらに軟弱だ。喧嘩なんてしたら秒殺。しかし、そこをもが母性本能を刺激するツボになっているのかもしれない。

 笑った顔にはプラチナホワイトの歯。MAXキューティクルな髪を揺らして笑まれれば、女子はくらりと落ちるだろう。

 が、すこぶる性格がよろしくない。女ったらし、金に汚い、更には人を悪気もなく陥れる。それでも時おり見せる優しさにみな騙されてしまう。そんな感じだ。

 私はそんなところで働いている。事務員件、アシスタントとして。


 厚い扉をポンと押すと音も立てずに内側に開かれた。

 昨日と変わらず明るい部屋。


「おはようございますー!」


 大きめな声で挨拶をした。じゃないとまた『君は大きな声で挨拶をするようにと習ってこなかったのかな』などと朝から嫌味を言われることになる。

 しかし奇妙だ。返答はない。台所、奥の部屋、台所、奥の部屋と目玉を動かして返ってくるはずの返事を待っているが、いつまでたっても返ってこない。字のごとく、しーんと静まりかえっている。どういうわけか猫の姿も見当たらない。

 不思議に思えどミルク粥の材料をリュックの中から出して調理台の上に置く。首だけ伸ばして『絶対入らないで』と言われた奥の部屋、たぶん占い師の部屋だろうけれど、そちらを覗く。物音ひとつしない。ドアの下に猫用の小さな扉がついていることを思い出してふと下を見た。

 揺れている。まるで猫が抜けたかのようにしゃりしゃりと揺れていた。早々、足元にいつものフワリとした感触。ノリコかその母猫、もしくはコテツが出てきたのかもしれないと床に目をやればどこにもそれらしきものはいない、


 が、その時私の後ろに気配を感じた。等身大の気配。この場合、この場所で振り向くのは絶対的に不利だ。前方にジャンプしながら回転し、相手と距離を広げながら両手は胸の前で戦闘体勢、着地と同時に構えて相手の出方を読む。と、刷りきれるほどに見たジャッキーのビデオで学習したことを、惜しみなく披露し構えた矢先、私の戦闘モードは急激に削がれることとなった。

 目の前には見知らぬ女性が腰に手を当てて片手で牛乳パックを持ち、半身になってゴクゴクとらっぱ飲みをしている。


 目を隠すような長めの睫毛の下からのぞく黒目がちな目は私を捉えながらも牛乳を飲むのはやめないという不自然極まりない態度。肩下あたりまでの黒髪は元気に跳ねとび、ボンキュッボンな不二子ちゃんスタイル。足元は十センチはあろうヒールをはいていた。


 頑張って前向きに考えても、変。


 何か話しかけた方がいいのかと思い口を開きかけた時、腰に手を当てていた手を伸ばして『今しゃべるな』とばかりに人差し指を立て、小刻みに左右に振った。飲み終わるのを待ち、


「っはー、生き返った。やっぱりミルクは低脂肪にかぎるわよねー」


 待ち望んだ第一声目は、牛乳に関する感想だった。ますます状況が読めなくなる。それにその牛乳、ミルク粥を作るのに買ってきたものなんだけど、この人全部飲んじゃったらしい。トンと音を立てて置いた牛乳パックは、その役目を終えたとばかりにころんと横に倒れた。開けっぱなしになった口からは申し訳なさげに一滴の牛乳が朝の草露のように可憐に真っ白い調理台の上に落ちた。


「あなた、どなたですか? いつここに来たんですか? 入り口から入ってきたんですか?」矢継ぎ早に問う。

「はあ? 何言ってんのよ変な子ね。あなたが入ってきたからあたしが出てきてやったんじゃない」

「会ったことないですよね。って、どこから出てきたんですか(怖いんですけど。もしかしてこの人もまたあれか、見えてはいけない類いのあれか)」

「白子」

「しらこ?」

「ほんと耳も悪いのねえ。しろこよ。あたしの名前」


 この物言い、どこかで聞いたことある。ちらっと頭の片隅に占い師の顔が浮かんだが、すぐさま消し去った。首を振り、


「白子さんですか。ええと……」考える私をじっと見て、面白そうに目を細めると、

「私の彼の下で働いているんでしょっ」


 ナイスバデーを見せつけるように両手をほっそいウエストに置いてしなやかにキャットウォークして近づいてくる。例えるなら映画で見るスナイパーのような真っ黒黒な格好だ。革のジャケットは胸の谷間を見せつけるように開いていて、タイトなスカートは真ん中にスリットが入っていてパンツが見えそうだ。



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