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「出雲」


 警察官の中の人が声をかけてきた。

 出雲さんを『出雲』と呼ぶ辺り、これが初めての出会いではないと思わせる。

 出雲さんも出雲さんで『どうも』と軽く手なんかあげているし。


「今回もありがとうね、いやほんと君がいると事件の解決が早いよ。表だって発表できればいいのに」

「ははは、心にもないことを」

「君高いからさあ。あれ? 新しいパートナー?」

「ただのアシスタントです」

「そう。でも、なかなか息があってるんじゃない?」

「さあ」

「相変わらずまったくつれないねえ。それが君のスタイルだったか。これ、約束のものね。また頼むよ」

「どうも」


 手渡された茶封筒はけっこうなふくらみを持っていた。かなり、ふっくらしていた。そして私のことを『新しいパートナー』と言った。そういえば、初日にも、「以前いた人は辞めてしまった」ということをもらしていたっけ。一体どんな人だったんだろう。


『僕が無償で動くとでも思っているのかい』


 出雲さんの言葉が頭の中に蘇る。きっとまたすごい額をふっかけたんだ。


「さ、帰ろうか」

「まだ終わってません」

「まだ何かあるの?」

「……私のさっきの質問の答えは」

「ああ、覚えてたんだ」


「万が一にもあの森が私有地だった場合を考えると、仮にも森の周りを檻とかで囲まれていた場合、僕が入ってったら不法侵入罪で問われてしまうかもしれないじゃない。だから君だけ入ってもらったんだよ。だってそうだろ、いらない拍はつかないほうがいい」

「……私有地だったんですね」

「そうともいう」

「自分だけ助かるつもりだったんだ。だから私に森の中に入って行かせて、自分は公道のところで待っていたと。そういうわけですね」

「勘違いしないでくれたまえ。もし僕も一緒に捕まったら誰が君を助け出すんだい? そうだろ。僕しかいない。仮に僕が捕まった場合、君に頼めるかな? できないだろう」

「……それが理由なんですか。それ仮の話でもなんでもないじゃないですか」

「私有地は入れないでしょう。賠償問題になったら困るから僕が機転をきかせて彼を呼んだんだよ」

「警察からも巻き上げてるんですか」

「巻き上げるとは失敬な。彼に情報を与えただけさ。お互いウィンウィン」

「なにがウィンウィンですか。私、殺されそうになったんですよ」

「それはない。僕がいるから」

「っ……」

 小さく顎を引く出雲さんは『それでほかにまだ何か』といった風を吹かしている。


「まあいいじゃないか、もう解決したことだ。さ、帰ろう。疲れたよ」

「疲れてるのは私のほうです」

「そう? 僕も血を吸われてけっこうダメージうけてるけど」

「!! あれやっぱり本当のできごとだったんですね」

「そうだね」

「それも計画の一部ってこと言ってませんでした?」


 ふふんと鼻を鳴らして唇を横に引いた出雲さんからの答えはなかった。また、煙に巻かれた。

 「最後にもうひとつだけ」

「君の最後は最後にならないね」

「本野さん、自分が殺されたってちゃんと分からないまま消えたんでしょうか」

「君は本当にアレだね。それ本気で言ってるならやっぱりバカなんだね」

「そんな笑顔で言わないでくださいよ。辛いじゃないですか」

「今からそれを言う僕はもっとむなしくなる。あのね、」


 嫌みな笑みを浮かべて意地悪に笑いながら、こんなことを言った。


「本野君は君の後ろにべったり張り付いていたじゃないか」

「……要らない情報をまた。後ろにってまだいるんですか」

「バカじゃないの。もういない」


 薄々自分が死んでいると勘づいていた本野優子は、風の中に体を隠して君にとり憑く機会をうかがっていた。そんなときに自分を殺したと言ったあの男が現れた。その瞬間、君の真後ろから姿形を現して男のほうに飛んだ。


 地獄の釜で煮られている苦痛苦悶の表情であの男の首を絞めながら、『お前が殺したのか×百。このやろう、呪い殺してやる×百』って言いながら、しょっぴかれていくあの男の背後に張り付いて行っちゃった。


「君、見えてなかったの?」

「まままままったくもって見えたくないですし、見えなくて良かったと思ってます」

「あっそ。つまり、この件は本野優子が全てを引き起こした張本人で、彼女は殺され、殺した男は彼女に憑かれながら警察の手に渡った。本野君も消えてなくなるのは時間の問題だし、あの二人の高校生は光となって行っちゃった」


 天を指す指を追えば、うっすらと光の束が上に上がっていくようなものを見た気がした。


 いつの間にか黒猫の影が切り株の上に現れていて、どんな表情なのかはしれないが、尻尾をぱたんぱたんとやっていた。


 そのたびに切り株の足元に申し訳なさげに咲いている緑の葉が揺れていた。


*****


 家へ帰ってきたとたん、出雲さんは背中を丸めて台所へ行き、冷蔵庫から水を取り出して一口飲んだ。いつもだったら無駄口を叩いて私のことをけなす言葉の一つや二つでもかけるのにとんと無視だ。


 足元には母猫が八の字を書くようにまとわりついたあと、奥の部屋のドアを前足でカリカリとひっかいていた。よく見りゃそこには猫用の通り道が作られていた。ノリコもそのあとをついていく。

 肩をがくんと落とし、髪も心なしかボサボサになっている。明らかに様子がおかしい。

「出雲さん。大丈夫ですか? なんか具合悪いなら……」

「いいかい、絶対にこの奥の部屋には……」

 最後まで言い切る間もなく膝をがくんと落とした。

「うそ。ちょっと」

「いいから。君はもう帰って」

「でも」

「いいから」

 肩で苦しそうに呼吸をする出雲さんは普通じゃない。手で私を制すので動くことすらできない。このまま放っておくわけにはいかない。と一歩近づいた時、仕事場の入り口の扉が開けられた。しかし誰も入って来ない。

「誰か、来たんでしょうか」

 怖くなって出雲さんの方を振り向けば、そこには既に誰の姿もなかった。猫の姿も消えている。

「出雲さん」

  大丈夫なのかな。明日また来ればいい。そうだよね。同じ時間に来ればいいんだ。中に入れないならどうしようもない。それに、もしかしたら彼女の一人もいるのかもしれない。

 バッグを肩にかけてぎゅっと持ち、少し切なくなった気持ちを振り切るように鍵を握りしめて入口へ向かう。

「い、出雲さん、じゃ、私帰りますよ。本当に大丈夫ですね? 何かしたほうがよくないですか? ぜんぜん食事とか作りますけど」

 返事を待ってみても返って来ない。あの部屋で倒れていたりしたらどうしよう。そんな不安が頭をよぎる。

 それでも入るなと頑なに言っているんだから入られたら困るものがあるんだろう。ここに一晩泊まろうか。そうしたら何かあったらすぐに助けられる。

 そんなことを考えていると、奥の部屋から母猫の鳴く声が聞こえた。それを聞いてどういうわけか安心した。

 開けられた入り口からコテツが中に入り込んできた。もしかしたら私が居たら落ち着けないのかもしれない。それだったら迷惑になってしまうだけだ。

 しばらく考えたけれど、後ろ髪をひかれる思いでお告げカフェを後にした。




【高校生の体の悩み、全力で受け止めます】終


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