9
「どうしても、入れない」
この前の花井さんの件が頭の中でくるくる回っていて、高宮さんが普通じゃないってことはうっすら分かってるんだけど、それを信じたくなくてついつい違う方向へ持っていきたくなる。だって、もしこの考えが当たっていたら、高宮さんは……。
「靄がかかっていて入れない。これ、この真っ白い靄が見えないんですか?」
『もやがかかっていて入れない』
どんなに目を細めてみても、目を遠くにしてみても、目をごしごししてみても、これでもかってくらい大きく開いてみても、靄なんてものは全く見えもしないしどこにもそんなものはない。でも高宮さんはしきりに靄がかかっていると訴える。
「じゃあ、私も一緒に入りますから。部屋から電話取ってきたら彼氏さんのところに連絡できるし。ね、そうしましょう」
なぜだかよくわからないけど早くそうしなきゃならないって思った。とにかく、ここから早く去りたかったのだ。だったら電話を取りに行ってさっさと出てくれば終わる話だ。
「は……い」
擦るように一歩一歩前に歩む高宮さんの動きに鳥肌がたつ。
手を前に伸ばし足を擦る。そして視線は家の中にある。
本能は『彼女に触っちゃいけない』と伝えているけど、それを否定している自分もいる。
ごくりと喉を鳴らした。
彼女の手を取って中に入って電話を取る。
ミッションはそれだけだ。
簡単なことじゃないか。
それが終わったら出雲さんとともに彼氏の居場所へと行けばいい。
もしかしたら監禁されているのかもしれないし。
もしそれだったら本当に時間がない。
早くしたほうがいいに決まっている。
手を差し伸べ、高宮さんが私の手に触れようとした瞬間、その手を占い師に取られた。
私の手は高宮さんじゃなくて出雲さんの手に握られていた。
「君、今自分が何をしているのかわかってるよね?」
誰に何を言っているのか分からないし、今の言葉が高宮さんに向けてなのか、私に向けてなのかも分からない。占い師は近づいてくる高宮さんのことを面白そうに眺めている。
「出雲さん何言ってるんですか? 一刻も早く電話を取って彼氏さんを探そうと思っているだけじゃ」
おかしい。高宮さんがおかしくなっている。目がなんていうか、死んでいる。焦点が定まっていない。それに黒目が左右で違う動きをしている。そんなこと、生きている人間にはできない。
「ひとりじゃはいれない。そいつがいっしょなら……はいれるかもしれない」
「高宮さん?」
よだれを垂らしながら歩いてくるその足には力が入っていない。膝があらぬ方向に曲がっている。
「う……出雲さん。これってもしかしてその……(幽霊?)」
最後のところはもう怖いので声にもしたくなかった。
「そうだね」
「そんなあっけらかんと恐ろしいことを」
占い師の手をぎゅーっと握りながら一歩後ずさった。占い師の背中に隠れる形になる。でも、怖いもの見たさでこっそりと覗いてみると、
息を飲んだ。高宮さんが突如として消えたから。
さっきまでそこにいたのに、一瞬にしてどこにもいなくなってしまった。
もしかしたら私と出雲さんのやり取りの間に家の中に入ってしまったのかもしれない。
それだったら音とか気配で分かるものだ。今のところそんな気配は感じなかったし、しれは私がそう思い込みたいだけだっていうのもちゃんとわかっている。
「彼女、門に触ったね」
「だから消えたんですか?」
「そう。でもまだその辺に漂ってるよ。君が僕の後ろに隠れた後すぐにうつろな目になって家の中に入ろうとしたから。高宮君、君、早めに僕の周波数に合わせた方がいいよ」
「ラジオみたいに言わないで下さいよ」
「ふっ。君の周波数は低すぎて誰もコンタクトできないからね」
やっぱり嫌味も忘れない。
『合わない。いくらやっても雑音や風が吹き荒れる音しか聞こえない』
「合わそうとするんじゃなくて、身を任せればいい。さ、やってみて」
『……私は死んでない』
「そんなこと聞いて無い。それに僕にとって君が死んでいようが生きていようが関係ない。朝倉君に憑依しようとしても無駄だよ。僕が許さない。さ、早く行こう。君もそれを望んでいるから僕のところへ来たんでしょ? 君は行くべきところへ行かないと。ちゃんと確認しないといけないよね」
「出雲さん、今さらっと怖いこと言いましたよね。私に憑依しようとしてたんですか?」
「そうだよ」
出雲さんが手を伸ばしたその指の先には黒いもやがかかっていて、じっと見ているとそれが高宮さんの形になって、怒りに似た火を灯しているようにもみえた。一瞬だった。
「た、高宮さんまた消えちゃいましたよ。だって、いままでそこにちゃんといたのに」
「簡単なこと。でも僕の口からは言えない。彼女に気づいてもらわないと。さ、そこにいるのは分かってるよ。この家には入れないってことがはっきりしたでしょう? だったら行くべきところへ行こう。そこで待ってる人もいるはずだ」
『いない。待っている人なんかいない』
「君が嫌でも、それでも行かなければならない」
『だったら……』
耳をつんざく音に私は思わず耳を塞ごうとしたけど、片手はまだきつく握られていて動かない。耳の奥に伝わる音は針のように鋭くて痛い。鼓膜の奥底の脳みそに直接伝わる感覚で耐えがたくおかしくなりそうだ。
「だから、憑依は無駄だって言ったでしょ。僕がいるかぎり君は何もできない」
言いながら空を切る出雲さんは指先から光を出しながら文字を刻んでいく。
耳の奥に響く轟音は徐々に火が消えていくようにゆっくり消えて行き、黒くもやのかかっていた場所には高宮さんの姿があった。
変わらず高校の制服を着ていて、まっすぐこちらを睨んで立っていた。




