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☆ミ


 ずっしりとした雲から小雨がしとしとと重たく地面へ突き刺さる午後の4時。仕事場の円卓を囲んで座るのは、高宮さんと出雲さんと私、その辺に寝っ転がっている猫を除いたら三人だけだ。

 こんな新宿の地下、いくら小雨とはいえ、浸水する可能性がないかどうか心配している間に雨はいよいよ本降りとなってきた。

 三人とも無言でまるで通夜。

 占い師に至ってはいつもと変わらずコーヒーをすすっていて、高宮さんはそれを瞬きもせずに眺めている。

 私は足元で空気を読まずに遊びまくるノリコとその母猫を交互に見て、その場にいるってことをひとまず忘れてみようと努力した。

 重たい空気を破ったのは、


「それで、何か分かったんでしょうか」


 高宮さんの我慢しきれなかった声。


「その前にね、ひとつ確認しておきたいことがあるんだけどいいかな」

「なんでも。彼が戻ってくるならなんでもお願いします」


 コーヒーカップを音を立てずに優雅に置いて髪をかきあげ、


「そうじゃなくてね、君さあ、霊って存在すると思う?」


 刀で竹を切るようにスパッと唐突なことを言ってこれみよがしな笑みを浮かべた。


「出雲さんちょっとそれはあまりにもあれですよ」おもわず台所から小さい声で言った。このくらい小さい声で言っても出雲さんには聞こえているのが分かったから。


「あれってなに? とても大事なことだよ」

「そうだとしてもなんの前置きもなくそんなこと言うのは……」


 占い師にしか聞こえないように口の中でもごもご言った。だって、この人は人の心の中が読めるから。


「そんなものいないと思います。そんな、非科学的なこと不可能だと思いますけど。出雲さんはいると思うんですか」


「僕? そうだね、いると思うよ。実際にあっちこっちにいるよ。ねえ、魂の重さって知ってる? ヒトにおいてはね、死ぬ、つまり肉体に宿っている魂が肉体から抜け出るときにね……ああ、死後、身体中の水分や抜け出るべき質量が抜けきったあとのことだけど、そうするとね諸説あるんだけど、だいたい23から31グラム軽くなるんだ。それが魂の重さ。魂がどこから抜け出るかなんだけど、場所は頭。よく漫画とかでみかける魂ってあるでしょ、真ん丸くて尻尾があるような、あれと同じものが頭から白い水蒸気のような感じで上に上がってくの。最後の尻尾が頭から抜け出たあと、確実に体重は軽くなってる。っていうのをドイツの学者が被験者を募って、つまり、何人もの死んでいく人を写真で撮ってみて記録したものなのね、長くなったけど、だから僕はいると思うよ」


 すこぶる長い話を一気にまくし立てた出雲さんはやりきった感満載でコーヒーカップを持ち上げた。


「それで、出雲さんはそれを見たことがあるんですか」


 震えて掠れた声で問う高宮さんの拳はぎゅっと握りしめられている。


「たかが誰かが記した記録を読んだくらいで自分の能力だと思い込んで勘違いするような男じゃないと思ってるよ、少なくとも僕はね」


 コーヒーカップを丁寧に戻し、また高宮さんの後ろの方に視線をやった。

 すかさずそっちを見たけどやはり何もない。くっそ、いつになったら何を見ているのか分かるんだろう。


 視線を戻せばバチっと目があって、


「朝倉君、コーヒー、おかわりもらえる? 熱めで」


『気が利かないね』


 といった顔で涼しげに笑われた。


 幽霊がよく目撃されるという夕暮れ時や夜間。

 そんなとき人の目は特殊な働きをする。

 視細胞には錐体細胞(すいたいさいぼう)桿体細胞(かんたいさいぼう)があり、錐体細胞は明るいときに赤色の感度が上がり、桿体細胞は暗くなると青色の感度が上がる。

 つまり、夕方過ぎになると錐体細胞の感度が落ちるために、赤は黒ずんで見え、桿体細胞は感度が上がり青がよく見えるという状態になる。

 最近の脳科学の研究によると、「心霊現象」は、磁気が関係しているという。磁気が脳にある影響を及ぼしているというわけだ。


「だからね、霊の正体は『プラズマ』ってわけだよ。結局のところ磁気だからね」


 とよく分からない専門用語をバシバシ入れ込んで話を一息に言ったうんちく占い師は満足気に頷きコーヒーカップを手に取ろうと……


「熱めのモカです」

「グッドタイミングだね。ありがとう」


 言い終わったすぐ後で占い師の前にコーヒーカップを置いた。

 つまりは、『霊なんているわけないよね』風を堂々と吹かせているわけで、完全に科学的側面から否定している。

 が、先ほどはいるようなことをチラつかせたと思ったら今はいないという。

 なんともふざけているとしか言いようがない。


「朝倉くん君はどう思う?」


 と水を向けられた。


 話したいことは全部話終わったんだねきっと。

 そして、なんとなく話が終わらない状況を察知して、めんどくさいことは私に丸っと寄越したってわけか。

 まあそんなとこだろう。でも、いきなりふられても、


「……いや、私も霊はいないと思います。てか、そう願いたいですね。怖いし、見たくないし。百歩譲って居たとしてもですね、ぜひとも私の前には出てきてほしくないものです」

「えっ、そうなの? うそ、ほんとに? へー、知らなかった」


 目を真ん丸くしてびっくりするほどのものでもないと思うんだけど、占い師はほとほと驚いた顔をしていた。


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