5
「そうだ、これは豆知識なんだけどね、熊が出たら静かに後ろ向きでゆっくりと後ずさって逃げるといいよ。と、テレビでやっていた」
「ためにならないアドバイス、ありがとうございます」
「どういたしまして。じゃ、さっさと行って」
嫌みのひとつも言わなきゃやってられん。それにこの占い師、探す場所を替えてくれる気配、さらさらない。
占い師の背中をじっと見て、やつが遠退いてから、私は森に目を向けた。
くそー、この中には見つけてはならないものが一体、いや、二体、三体、よ……とにかく、いくつか埋まっていそうな気がしてならないが、こんな広い森の中だ。森の熊さんにはそうそう出くわすはずもないだろうと考え直し、森の中へ入れるような獣道がないか探してみた。
こんな深い森の中で何をどう探せばいいというのか。
何かはだいたいの検討はついているが、いきなりの人捜しは言わば新人の私には少々酷な話ではないか。しかもそれが生きていないとなると、怖がりで小心者な私に何ができるのかと思う。
ぶつくさと言いながらも獣道を捜し出した私は森の中に足を一本踏み込んだ。
濡れた土の感覚が靴ごしに感じる。ぱきっと小枝が折れる音が不気味な音に聞こえてしまうのは絶対に占い師のせいだ。
「くそ。余計な感情を植え付けやがって」
暴言だって聞こえてなきゃ同じだろう。言いたい放題言ってやる。女の私に森の中へ入れと命じ、自分はきれいな舗装された道の上を歩いているわけだ。暴言のひとつも言わなきゃ進んでいけん。それにもんくを言ってりゃ怖さも半減する。
『けっこう中の方を探してみて。入り口なんて誰だって探せるんだから』
とは占い師のことば。そんなに中を探したければ捜索犬でも用意しろってんだ。私に犬のようなことを要求されてもそれはそれで困る。とりあえず、人間なんだから。
「くそっ、木が邪魔だなあ」
とはいえ、私はこの無駄に真面目な性格が災いの元となり、真面目には探したくないほにゃららを探しているわけだ。
こんなところに高宮さんの彼氏が埋まっているなんて、いや、無惨に放置されているなんて、可哀想で不憫でならないではないか。
まだほんの高校生だ。幸先ある未来が既になくなってしまっているなんて、こんな切ないことはない。捜しだして成仏させてやりたい。きっと遺体も悲し気な雰囲気を纏っているに違いない。と、いつのまにか知らぬ討ちに私の思考回路は『生存確率100%ゼロ』の方向に傾いていた。
そして、かれこれどのくらい森の中を捜し回っただろう、夢中になって探していた結果、奥深くまで入ってきてしまっていた。
気づいて後ろを向いた時には時既に遅し。木々で道は塞がれ、どこをどうやって入ってきたのか分からなくなっていた。
帰れない。と思うと全身に冷たい汗が這う。
私が見つからなくなっては意味がない。何をやってるんだ私は。キキキキキと何か変な動物が鳴いている。首の後ろに鳥肌、頭のてっぺんまで寒気が走った。
『こっち』
木々のざわめきの中に拾った声はひどくクリアで透明感があった。
声のした方には白く煙たつ人の形のような靄が沸き立ち、手を差しのべているようにすら思えた。
私は迷うことなくそっちへ足が向かっていて、ついぞ白靄の中に飲み込まれた。
手を打つような音が響き、はっと息を飲んだ。意識が戻った。
しかし、辺りは真っ白な靄の中。今までの木々の音や緑は全く見えない。見えるのは白く延びる煙の粒。私の背後からつらつらと延びてきて、私の体をこすりながら先へ流れていく。
足元を見ても真っ白で、今自分がどこにいるのかすら分からない。確か森の中に入ってきた。それがいつのまにかこんな訳の分からない場所に迷い混んでしまっている。
「占い師さーん……さーん、さーん、んー、んー」
こだまして帰ってくる自分の声がひどく怖いものに聞こえた。
「うー……出雲さん! どこですかー? 出雲さーん!」
怖さを振るい落とすように大声を出す。靄の中へ吸い込まれる私の声。一本踏み出しては先が見えずに怖くなり、同じところへ戻るの繰り返し。もしかしたらここが崖の先端で一本踏み出したらまっさかさまに落ちるかもしれない。そう考えると怖くて動けなかった。
「出ー雲ーさーんー」
半泣きになる。どうしたらいいのか、正解がどこにあるのか分からない。どこへ向かえばいいのか検討もつかない。
『こっち』
まただ。またあの声だ。視線の先に浮かぶ白い靄の人影が同じように手を差しのべて私を誘導する。
後ろを振り返ってどきりとした。さっきまで白かった世界が黒い渦を巻き込めてとぐろを巻いている。
『はやく』
迷ってる場合じゃない。呼ばれている方へ向かって地面を蹴った。
「ひっ」
直後、前にばたんと倒れた。誰かに足首を捕まれている。すごい力で引っ張られてもがいても取れない。手の指を土に食い込ませて踏ん張る。足首を掴むどす黒い手が見えて身体中が針で刺されたようにチクチクした。下っ腹がむず痒くなった。
「やめてやめてやめて、離してよ! 無理無理無理無理無理!」
足を振っても容赦なくしがみつく手は地面から突き出ていた。片っ方の足で手をがしがし蹴っ飛ばしたけど、ぜんぜん力が緩まなくて、
『時間がない。早く』
先の方であの声が聞こえて、怖さ我慢して両手で足首を捕んでいる手をほどこうと触った瞬間、たくさんの鳥が一斉に空へ羽ばたくように羽音を立てて黒い影がばらばらに散っていった。




