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そんなとき、また視界の隅を黒い影がふわりと抜けて行った。抜けた影は入り口のところで止まって動かない。あれ?
ん、猫? 猫? 猫。猫だ。完全に猫だ。猫で間違いないと思う。
「あの、さっきからそこに……って、うわ!」
振り向き様、目の前には占い師の顔。
コンパクトにまとまっていてやはりアイドルグループにいそう。むかつくわあ、その顔。無駄に綺麗な顔がすこぶる腹立つ。
でも、何かが違ってる。
占い師の目の色、左右の瞳の色が違ってるように見える。
紫とスカイブルー。オッドアイだったっけ?
いやいやないない、占い師の瞳は悪魔のような暗黒な黒だったと記憶している。が、光の加減によるものだろうけど、こんな綺麗な瞳の色、見たことない。例えるなら宇宙から見た海王星のような(見たことないけど)夕焼けに染まった薄紫色の空のような、とりあえず、人の瞳には無いような色に、ぐっと惹かれた。
「ほらね、やっぱりそうだ」
ふふんと鼻を鳴らし、光を潰すように目を細めて笑った占い師の口許からは同じように綺麗な白く輝く歯がちらっと見えて、更にイラッとくる。
ガムのCMにもいけそうだなと思うと胃の辺りがムカッとした。
「黒い影が見えるんでしょ?」
「えあ、あは、はい。あ、ほらそこにまた。って、え、ちょっと待ってください。見えないんですか? いやいや、見えてるんですよね?」
指を指した場所にはまだ影がある。尻尾をぱったんぱったんやっている。
「じゃあ、行こうか」
「は?! なにも答え出てないし!」
占い師の目は元の黒に戻っていて、ほんの少しだけ不思議な世界に迷い混んでしまった気分になった。
「その黒い影が君が待ち望んでいたものだよ」
「それってまさかその、あの、見つけることができたらここに来られる黒い猫ってもしかしてその、あの、えっと」
「その子」
黒猫を指差した。
「その子って、ま、じ、で、す、か。黒い影の猫ってもしかしてもしかするとその、そ、の、こ、ですか?」
「その子って言ってもただの霊猫だけどね」
スローモーションで両手で頬を包み、
「っぎゃーーーーーーーーーーーーーーー」
「痛い痛い痛い。耳痛いからやめてよ迷惑。迷惑なのは存在だけにとどめといて」
「だってだってだってだってそれって私が霊を見ちゃってるってことじゃないですか! そんなこと聞いてないですよー。むりむりむりむりむりむりむりーーーーーーーーー!」
「あのね、俺がなんの役にもならないクソみたいなやつを雇うと思うの? しかも色気もなんにもない君のようなのを。見てるだけでも悲しくなるよね。メリットないのに雇うほど俺優しくないよ。ね、ないでしょ。そう思わない?
まあ大丈夫だよ、君が見えても見えなくても霊の方から寄ってくるから。言わば、君は幽霊ホイホイだね。ハハハハハ、それが君がここにいる理由だよ。さ、行こうか。あまり時間ないから」
ありえない言葉をストライクゾーンめがけて一方的に投げつけてきたけれど、私はあまりの恐ろしさにいちいち占い師の暴言につっかかっていられるほど冷静じゃなかった。
ぷーっ。
と半分魂が口から抜けかけた私の首をひっつかみ、引きずるようにして階段を上がる占い師。首だけで下を見れば、ノリコが入り口から顔を覗かせていて「にゃあ」と鳴いた。
「ああぁぁぁぁぁぁぁ、ほらぁぁぁぁぁカギ閉めないとぉぉぉぉぉぉ」
「大丈夫」
逃げる隙はどこにもなかった。
半分くたばりかけの私としなやかに歩く占い師の前にはくだんの黒猫の影がいて、しっぽを左右に揺らしながら歩いている。
あの黒猫になんの意味があるんだろう。なんで今さら見えるんだろう。霊ならば見えなくていいのに。むしろずっと現れてくれなくてよかったのに。
同じくしなやかにキャットウォークする黒猫の揺れる尾の先をうらめしく睨んでいるとひとつの疑問が頭に浮かんだ。
あの高校生にも花井さんにもこの猫の影が見えたってことは、二人ともなんらかの力があるってことなんだろうか。そういった人にしか見えないものなんだろうか。
「あの、占い師さん」
「……」
「占い師さん?」
「……」
なんで無視されてんの私。
「占い師さんてば、すいません聞こえてますよね?」
「……」
無視を決め込んでいる。なんで。何が気にくわないんだろ……
あ。
まさかの、
「……出雲さん?」
「はいはい、なんですか?」
うっわー、けったいな笑顔で手揉みとかやだ。名前で呼ばれるの待ちとかなんかもう……嫌。顔が歪むけど我慢して、
「あの、さっきの高校生もこの黒猫の影を見たんでしょうか」
「そうじゃないの、きっと」
「わー、そこまで簡単に言葉を捨てられると怖い状況なのにあんまり怖くなくなりますね」
「そういうタイミングだったんだよ」
「占い……出雲さんも霊が見えてるんですか?」
「霊ってどこにでもいるよ。君が人間として生きているように、霊として生まれてきてるのだっているよ。向こうにしてみれば僕らが霊みたいなもんだよね」
「そんなことって……私はてっきり死んだら霊になるのかと思ってました。昔からそう言われているし」
「もちろんそれもある。そうじゃないのもある。人間が全てって思わないこと。見えているものの中にも本当は見えていないものってたくさんあるよ。見るんじゃなくて感じるんだ。それ、大事なこと」
前を歩く黒猫はどっちなんだろうと考えると、なんだかそれだけで切なくなった。




