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いつものようにキッチンの壁側に椅子を移動させ、耳をダンボにして話をこっそり盗み聞きすると、高校生の話し声が聞こえてきた。
「あの、まずはその、これ」
「なに」
「お土産です。というか差し入れ? 今学校で流行っていて、けっこう美味しかったので」
「あっそうなんだありがと。中身はなんだろう」
「フライドチキンなんですけど」
「うわー。フライドチキン。よく僕の好きなもの分かったねえ! 僕チキン大好きなんだよ、すごい嬉しい。ありがとね」
「喜んでもらえてよかった。あったかいうちに」
「そうなんだけど、まずは君の相談からちょっと見て、あとでゆっくり頂くとするよ。朝倉くん」
キッチンの壁に爪を立て、上下にギリギリギリギリやっている。
あの、クソ占い師め、あいつはきっと口から生まれたに違いない。あんなことをようペロっと言えるものだ。
ついさっき、チキンは嫌い宣言したばかりじゃないか。相手により変わりすぎ。
「あれ、朝倉くん?」
クソ、あのやろう……
「はい、くそ……いや、せ、先生お呼びでしょうか」
「うん。これ、高宮さんから頂いたお土産のフライドチキン。あとで頂くから持っていって」
「……」
「朝倉くん?」
「……フライドチキンですかあ、いいですね、ここの今流行ってますもんね。流石高校生、流行にびんかーん。あれ、でも残念ですね、先生。確かフライドチキンて……」
あっと小さく声を漏らしたのは高校生の方で、私の言葉の後半を察したのだと思う。申し訳ないと思うが占い師は許せん。
かくいう占い師は涼しい顔で私を見つめている。
ふっ、してやったぜ。ざまーみろこの変態インチキ男め。女子高生にフラれてしまえー。と、心でひそかに叫ぶ。
占い師はおもむろに髪をかきあげて、
「ほんと、失礼しました高宮さん。この朝倉はどうにもこう社会馴れしていないといいますか、常識が無いといいますか、どうしようもない人間なんです。今うちで修行中の身なんですが、自分の好き嫌いを堂々と言ってしまうダメな人なんです。お気を悪くしないでくださいね。僕の教育不足なので、僕が全ていけないんです」
と深々と頭を下げた。
「あの、いえ、そんな、朝倉さんが嫌いでも先生はお好きなんでしたらよかったですので」
ちらっと私の方を睨んだ高校生は悲しそうな目をしていて、私のナイーブな心はズンと痛んだ。
「僕は大好きなのでね、責任持って頂きますよ」ととびきり上等の笑顔で高校生のハートを掴み……
あれ、ちょっと待って、占い師、この高校生のこと『高宮さん』て呼ばなかった? もしかして既に『霊視』が始まっているんだろうか。だとしたら私の出る幕じゃない。ここはこの辺にして引っ込まないと。
「そう。君の出る幕じゃないんだよ。さっさとすっこんでコーヒー係に徹してください……ね。僕にはモカで。かなり熱めのでよろしく」
「……はい」
「朝倉君」
「はい?」
「熱めので、よろしくね。それからそのチキン、手をつけちゃダメだよ絶対に」
「はあ。分かってますよ。それと、熱めので作ります」
念を押した占い師の顔は真面目だったけど、なぜ聞き返したのかは分からなかった。それに私が勝手に食べてしまうとでも思っているのだろうか、失礼な。
占い師さんはすぐに楽しがるような顔つきに変わったが、仕事の邪魔をするわけにはいかないのでそれ以上は詮索せずに急いで持ち場に撤収した。
その背後で、『なんで私の名前……まだなにも言ってないのに』という声が聞こえてきたが、『それが僕の仕事ですから』と返していた。
体に異変が起きたのは今から十日ほど前のことだそうだ。その日は夜中まで彼氏と無料通話アプリを通して話を楽しんでいた。
天気がよくなかったせいなのかその日の電波状況は至って不調でテンポよく会話することがままならなかった。
途中で雑音が入ったり、無音になったりと、声色は明るく繕っていてもお互い心のなかはもやっとしていたのが分かる。
それでもお互いにまだ話していたいという衝動に押され、窓のところへ移動してみたり、電話を振ってみたり四苦八苦しながら部屋のなかを電波を探しながらくるくる歩き回っていたときにそれは起こった。
突然、電話の向こうで悲鳴が上がり、彼氏の『うわ! まじふざけんなよ、やめろよ、なんなんだよおまえ。そんなことしてただで済むと思うなよ。は、犯罪だぞ』という震えた声を最後に電話は切れてしまった。
その日は何度電話をかけても留守電になり、ラインを送っても既読にすらならなくて、翌日学校に行ったら会えるからその時に聞いてみようと思っていた。
しかし、彼氏はその電話で話した日以来学校を休んでいるということだ。
自宅へ行っても誰も応答せず、メールは未だ未読のままだ。
これはおかしいと思い、彼と仲の良い男友達に聞いてみたところ、彼も彼でバイト先で一緒なだけで連絡が取れなくなって心配しているところだと言っているのが聞こえた。
誰に聞いても手掛かりなし。知り合いには全て当たったけれど、その誰もが留守という奇妙な現象にぶちあたった。
そこで、噂に聞いたこの『お告げカフェ』を探しにかれこれ五日ほど新宿をさまよい続けていたわけだ。
そしてようやく探しだして今、ここにいる。




