6
無言で青ざめる田中はさきほどまでの威勢はどこへやら。急におとなしくなって目は泳いでいる。
「べつに、出るとこでてもいいんだけど、どうする? そうなるとまず仕事は辞めなきゃならないし、同じ業界にはいられないよね。ほら、噂ってあっという間だから」
人の噂が流れるのは早い。
それがその本人にとってマイナスな情報ならなおさらに早い。
「というわけなんで、僕たち二人の邪魔、金輪際しないって誓える? え、なにちょっと待って、うん、ああ、そう」
いきなりの独り言混じりにこっちがきょとんとしてしまうが、さっきも同じようなことがあったような、なかったような。
「押し入れの中にあるビデオカメラと写真のフィルム、持ってくよ。花井里美さん、出してきて。場所わかるでしょ」
こくんと頷くと、安堵したような顔になった。きっとこのことも言いたくても言えなかったんだろう。
しかし足元でこの期に及んでまでのたうちまわる田中を見苦しく思い、ビデオ学習で学んだブルース・リー仕込みの蹴りを「あちょー!」と背中にお見舞いして場所をあけた。
「君ってほんと女の子とは言いたくないよね」
「それなら占い師さんは男とは言い難いですよ」
「君は顔だけかと思ったら中身も失礼なんですねえ」
こっ……
このクソ占い師は自分のことは棚上げってか超高層タワーマンションの屋上上げで人のことををここまで言う。
ある意味ずぶとすぎるし、ある意味、強い。最強なのかもしれない。
★
「ほんとに、ありがとうございました」
深々と頭を下げてお礼を言う花井さんの横にはお腹の子供の父親であると思い込んでいる今現在の彼氏がべったりと張り付いていた。彼はずっとこの仕事場の前で待っていた。出雲さんに着いてくることを却下されていたからだ。
場所はもちろん『お告げカフェ』だ。
あのとき、田中の前で妊娠のことを言わなかったのは、
『余計なことは言わなくてもいいでしょ。嘘はよくないよ。でも、言わないのと嘘は違うから』
といった占い師の持論からの結果による。
「じゃ、僕はこれで。あ、そうだ、これ、請求書ね」
丁寧に封筒に入れられた請求書の中を確認し、『えっ』と小さく声を漏らす花井さんと目をまんまるくして請求書を二度見する彼氏。
「そゆことで、期日までにぜひともよろしくね」
「は……い」
「大丈夫。もうあの男は来ないから。それに会社からもいなくなるから安心して。そのアフターケアも含まれてるから」
「ほんとにもう大丈夫なんでしょうか。また現れたら」
「うん、さっき問題ないって言ったよね。受けた仕事はきっちりするから僕。あの男は君たちの前には現れない。誓うよ。八百万の神にかけて誓う」
「はぁ」
「じゃ、いい? 僕まだやることがあるから、用事終わったなら帰ってくれないかな? ああ、そうだ、さっき肩がっしり掴んじゃってごめんね。痛くなかった?」
「あ、はい、大丈夫……です。私もそれどことじゃなかったので痛みは感じませんでした
クライアントにまでこの態度かと溜め息をつきたくなるが、目の前で面食らっている二人を放っておくわけにはいかない。
『ほんと、悪気は全くないんです。でも仕事はきっちりしますので、先生が大丈夫というならもうほんと、大丈夫です。ですからご安心してくださいね』
とまるく納める方向に持っていき、あやふやな感じを残したまま二人を地上へと続く階段に案内し、見送って、上りきったことを確認してからドアを閉じた。
「占い師さん、ひとつ聞いてもいいですか?」
「ひとつならね」
「……なんでこの件、受けたんですか? 花井さんのお腹の中の子供の本当の父親って」
「ああ、そのことかい? 彼女は妊娠なんてしていないよ。あの男と別れたいがための口実」
「ええーー!!! でも花井さんはしてるって言ってましたよね」
「そうしてくれって頼んできたのは彼女の後ろにいる霊だよ」
「……霊……」やっぱいるのか。
「君ねえ、そんなもんはどこに立っているんだよ。覚えておきたまえ」
「なんでそれを占い師さんは許したんですか?」
「それは君が僕を占い師さんじゃなくて出雲さんと言えるようになってら教えるよ。君も今日はもう帰っていいよ」
そう言った占い師の額には大粒の汗が浮かび、つつと鼻の横へと流れた。
明らかに具合が悪そうだ。
「どうしたんですか。具合悪いんですか。何か、お水とか持ってきましょうか」
キッチンへ走ろうとしたが、腕を掴まれ、「いや、いい」と拒絶された。
掴まれた時に感じた手の温もりは、一言、『冷たい』氷のように冷たかった。そして震えていた。
「とりあえず、帰ってくれ」
聞いたことのないような低い声で言い、片手を上げるとドアを指差し、自分は奥の『絶対に入るな』といわれた部屋へとよろよろと歩いて行った。
何かがおかしいと感じたものの、そこへ踏み込むのを拒否されたのでは何もできない。
「にゃあ」
足元にすりよってきたコテツは八の字に足の間を行ったり来たりすると、まるで誘導するように入り口の方へと移動した。
後ろ髪を引かれる思いで一度振り返ったが、既に占い師の姿はない。
開かずの間の真ん前ではノリコの母親が細い目でじっとこっちを見つめている。相変わらずしっぽだけはパタンパタンと床を叩いていた。
明日、また同じ時間に来ればいい。
きっとそれまでには具合もよくなってるはず。
そう言い聞かせコテツの頭を撫で、お告げカフェを後にした。




