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ほどなくして到着した場所に花井さんの態度があからさまに変わった。体は震え、一歩たりとも動かなくなってしまった。
「さ、行こうか」
占い師は右腕を曲げ、花井さんに腕組みを要求するも、花井さんはどうしたらいいものかと横にいる私に視線をよこす。
大丈夫ですよとひとつ頷き、この場合、そうするしか他に方法は無い。
「いいですか、君はただ僕の言うことにうんうんと首をアカベコのように縦に振って肯定しているだけでいい。むやみに口を挟まないでね」
とまた暴言を吐き捨てた占い師を、なにが僕だこの野郎と心で罵倒してやった。ムカつくほど細くて白くて長くて綺麗な指でピンポンを押す占い師。の腕に申し訳なく手を通している花井さんはぎこちなくオタっている。
「もっとくっついてて」
と、力任せに腕を引くと花井さんとべったりとくっつく形になった。
「大丈夫。僕に任せて」
「はい」
『はい? だれ?』無愛想な声の主は男で、その声色に花井さんの肩が跳ねた。
「小平さんですよね」
「……はあ?」
「私、花井里美さんとお付きあいしていた者なんですが。あ、していた。ですよあくまでも」
「はっ?! 里美と? てか、え? だれだよ」
「ええ、ええ、そうでしょそうでしょ。以前あなたよりも先に花井里美さんと出会い、あなたより濃い目の本気の恋をしていましてね、そしてあなたより……」
けったいな話を一人でしている最中だがガチャガチャと騒がしい音と共にインターフォンは切れ、間髪入れずに玄関のドアが開いた。
「誰だよ!」
「ああ、お出になっていただけたんですか。はい、ですから花井里美さんとお付きあいしていた者です」
「だ、か、ら、なんなんだよ。してたってことは過去だろ。関係なくね? 里美、来い」
「やや。犬がいるのかな? サトミというワンちゃんがいらっしゃるとか? どこどこ?」
わざとらしく額に手を当て、キョロキョロする占い師に面食らっている男は、
「お前なんなんだよ。里美、早くしろ。怒らせるなよ」
「……」
震えているのが隣にいる私にも分かる。
「いやいやほら、玄関でもなんですから中に入れてお茶のひとつも出してくださいよ。それでは」
言いながら勝手に玄関に入り込み、靴を脱ぎ始めた占い師に遅れまいと着いていく。
「あの、すみ、すみません。おじゃましまーす」
ぺこりと頭を下げて、出先に急いで持参した紙袋を差し出した。
「その、つまらないものですが」
男は私を一瞥すると無造作に紙袋をひったくり、玄関に投げた。
むかつく!
占い師ととんとんだなこれ。と思ったけど、『そんなお土産、あの男にはもったいないですから、いらないよ。そもそもお土産なんて持っていく意味が分からない』と言っていた占い師のことばをちゃんと汲み取っておけばよかったと後悔した。
はじめてのおうちには手土産を持っていくってのが私の当たり前なのだ。
広くもなく狭くもない、可もなく不可もない普通のアパートの茶の間に私たち四人はちゃぶ台を挟んで向かい合っている。
占い師の腕には花井さんの腕がしっかりとホールドされていて、私は一歩後ろで正座する。
「で、あんたなんなんだよ」
情況が飲み込めない男がイラつきざま単刀直入に切ってきた。
「実は私たち、よりを戻しましてね、僭越ながら本日から一緒に生活することになったので、いや、そうしましたってか決めたので、田中さん、ここから出ていってもらえます」
「なななな……なに言って、お前ちょっと待て今なんつった」
「田中……?」
「おまえ、おまえ、ななな」
ああ、またこの占い師は人のことを読んだんだな。この慌てっぷりを見ればおかしいことに幼稚園児のこどもだって気づく。
この男の人の名前は田中なんちゃらで、小平って名前なんかじゃなくて、そもそも偽名だったってことに花井さんは蒼白になっていて、現在進行形で花井さんを痛め付ける態度の悪い礼儀のなってない奴。と、頭の中にインプットした。
「それでですね田中さん。花井里美さんの体に複数の打撲痕があり、まだ新しく生々しい傷も見受けられましてね、」
「なん、なんの話だよ」
「はははは、またまた。あなたがやったんでしょ。ん? ああ、はいはい、あ、そうなんだ。了解」
「気持ち悪いな。独り言かよ」
「ちょっと失敬」
無理に絡めた腕をいかにも自分からじゃありません風を吹かせてほどき、春の風のような爽やかな立ち居振舞いでいちいち立ち、おもむろに襖の方へと歩み、手をかける。
「待てよ」
焦った田中は跳び跳ねるように立ち上がり襖をドンと叩いて開けさせないように力を込めた。
「この奥に、花井里美さんを虐待、いや、DVしていた証拠があるはずです。それを見せて頂きますよ。無理矢理にでも」
「な、何言ってるんだよおまえ。な、なあ。里美、言ってやれ、この奥には布団しか入ってないって、そう言ってやれよ」
「ああ、そうですねえ、花井さんを須巻に使っていた布団しか入ってないですねえ。いや、布団も可哀想だ。ちゃんとその役割りをさせてもらっていないんですから」
みるみるうちに青白くなっていく田中は矛先を花井さんに向け、憎たらしいものを見る目で睨み、歯軋りをして手に力を込めた。
「このっ、クソ女。お前俺がいながら浮気するなんていい度胸してんじゃねえか。覚えてろよ。外に出られなくなるくらい分からせてやるからな」
「ごっ、ごめ……」
怖さに震え後ずさりながら謝る花井さんの肩をぐっと抱いた占い師は耳元で何かを囁き、笑みながら田中に向かい合った。
田中と占い師は身長こそ同じだけど、体格は断然田中のほうがいい。
腕も足も筋肉質でぐっとしまっている。喧嘩なんかしたらきっと瞬殺だろうなあと考えていると、
田中が占い師の肩を素早い動きで掴み、壁に力任せに叩きつけた。
面白いくらいに占い師は軽々とぶっ飛び、壁にペインと当たってポヨンと跳ね返され、首がかくかくっと前後に揺れ、元の位置に戻ってきた。
なんて、なんて間の悪い人なんだろう。
うっすら筋肉質っぽい体のわりには力が無さそうなのは分かってたけど、ここまで弱っちいとは。
「君! 痛いじゃないか! いきなり何をするんだ! 僕が軽いからペインって跳ね返された程度ですんだけど、そこのデブった朝倉君だったら肉厚な腕や背中にアザができたところたぞ! 気をつけたまえ! 暴力は犯罪だよ!」
いやいやいや、なんでそこで私のこと引き出した? しかもまたチクッとやったよね。この最低占い師、私のことチクッといじめたよね。これだって完璧ないじめだよ。
「早く来いよおまえは!」
矛先を変えずに花井さんにロックオンした田中は今度は花井さんの肩をぐわっしと掴み、力任せに自分の方へと引いた。
まだ生々しい傷の上を掴まれ、痛さにギャッと悲鳴をあげた花井さんは、力なく田中の腕の中へ渡り、首を締められて苦しさにもがいた。
「ああこら、お前、いい根性してんじゃねえか。なあ。どうだ、逆らうとこうなんだよ、苦しいだろ、あ、覚えとけよしっかり」
首を絞める田中の手をかきむしり、苦しさにもがく花井さんの顔を見て汚い笑みを浮かべている田中はもう、
「はい、いいよ朝倉くん出番だ」
ゴーがかかれば勝手に体は動き出す。




