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「ほら」
しっしっと手をひらつかせ、持ち場に戻れとばかりにキッチンを指す。
はいはい、私の持ち場はキッチンですよね。分かりましたよ。戻りますよ。私だって心配なんだからね。と心でもんくを言い、キッチンに戻り、椅子の上で丸くなっているノリコの頭を撫でる。子猫はやっぱりかわいい。
私にだって何かできるはず。できることあるはず、そう思って目に入った数々のもの。
そうか、そのためにこんなに揃ってるんだ。
キッチンの棚にはいろいろな種類のコーヒーが置いてある。
スティックコーヒーなんだけど、それでもなかなかの品ぞろえ。
ブラックからラテ、キャラメルにモカ、抹茶にストロベリー、豆の種類が違うコーヒーにココアにホットチョコレート等々。
「コーヒーなんてぶっちゃけよくわからない。でもたぶん、私だったら……」
ホットチョコレートを飲んだらちょっとは落ち着けると思ったから、急いで淹れて、持って行った。もちろん、占い師には無し。
「あ、ありがとうございます。すみませんなんか」
少し落ち着き払った花井さんは目を真っ赤にさせていた。
肩を叩いて励ましたいけど……
「あ、朝倉君やめて。肩も傷だらけだから」
また人の心読みやがった。でも、よかった。じゃないと私たぶん肩さすってた。
一礼してキッチンに戻ろうとしたところで、
「あの。いてください。かまいませんから」
「私?」
「はい」
占い師の方を見ると、あからさまに面白くない顔をしていてイケメンなお顔を全開で不細工にしていた。
けっこう気味がいいかも。
勝ち誇った笑みをみせつけ、キッチンからそそくさと椅子を持ってきて、占い師と花井さんの間に椅子を置いた。
「やはり嘘はつけないものなんですね。嘘をつこうと思ってたわけじゃないんですけど、なかなか言いにくくて。でもこうやってずばっと言ってくれると気が楽になるっていうかその、落ち着きました」
そういうと花井さんは経緯を話し始めた。
きっかけは今の職場なんです。
今の彼とはそこの同期で一緒になりました。新人研修の時から仲が良くなって、その、たまたま隣同士だったってこともあるんですけど。二人で一緒に覚えながら仕事をしてきたというか。デスクも隣同士で、これは運命? かな。なんて思っちゃって、それから一気に加速して付き合うことになったんです。
はじめのうちはよかった。優しかったし楽しかった。でも、それがだんだん変わってきて……
「その話長い?」
「ちょっと! なんですかその言い方は!」
バンとテーブルを叩いて立ち上がって占い師が口を挟んで話を止めようとしたのを制した。今一生懸命話しているところなのに。
「すみません、つまらない話ですよね」
「じゃなくて、僕もう全部君の後ろにいる霊から話聞いちゃったってだけで」
「っっっ! 霊、いるんですか!!」
「朝倉君、君がそんなそわそわしてどうするのよ」
「だって怖いじゃないですか!」
「あ、ここで働いていても怖いんですね? ですよね。私も怖くて震えてますけど、その、言ってもいいでしょうか。言いながら整理ができるかもしれないので」
「……」
「花井さん。どうぞ。続けてください」
ぶっちょう面の占い師を無視した。
「は、はい。では」
花井さんは占い師をちらっと見て、(その時にはすでにビジネススマイルの占い師がいた)
同期の女子会に出かけ始めるようになったころから態度がおかしくなったんです。
なんか、一時間ごとにメールをしろとか、メールしたら5分以内に返せとか、土日は俺と一緒にいろとか、女子会は3時間までとか、最初は愛されてるんだと思って嬉しかったんです。でも、私の入浴中に勝手に電話を見られ、男友達からのメールに、これは誰だ、浮気か。ってなって、それはお幼馴染で兄妹みたいなもんなんです。そう言っても聞いてくれなくて。
それからしばらくそんなことが続いて、そうしたら軽く叩かれるようになって、でもまだ愛されてるんだって思ったから我慢していたんです。今では門限もできて、1分でも過ぎると暴力をふるうようになって、それでも私がいけなかったんだって思ったから、我慢してたんですけどでももう……
「エスカレートして行くところまで行っちゃったんだね」
「はい、そうなんです。もっと早く私が嫌だと言えばよかったのかもしれないんですけど」
「関係ないよね。そういうことする奴は遅かれ早かれだよ。そんなクソ男、さっさと捨てたほうがいいよね」
「また! 人の彼氏になんてことを言うんですか!」
「黙れ。クソをクソと言って何が悪い」
「そんなの本人同士にしか分からないことなんですよ!」
「じゃあれか、おまえはそのクソを擁護するわけか。だとしたらおまえもクソ仲間だな。連盟でおクソ同盟でも作りたまえ。ただちに僕が潰してあげるけど」
「しません! でも言い方ってもんがあるでしょう!」
「ない」
「ない?」
「対等に話すような人間じゃないってことだよ」
「だけどっ」
「ヒト以下だね」
「ヒト以下って」
「だってそうだろ。人を傷つける権利は何人も持っていない。それを使ってくるのは、ただのバカ」
「確かに、そうですね。対等に話すような人じゃないのかも」
花井さんのことばに、占い師はひとつ咳をして、
「妊娠してるってことは外で待ってる彼は知ってるね。彼はきっと自分の子だって思ってる。ただ、君が今の暴力をふるう彼に別れを告げるのができないってことも分かってる。きっと優しい人なんだろう、君を傷つけないように守ってくれてる。まあ、弱いだけかもしれないけどね」
「彼が外にいるのご存知だったんですか」
「だから俺の前ではそんなうすらボケた子供だまし、通用しないって言ったでしょ」
「花井さん、本当にすみません口が悪くて。いや、悪気はないんです(たぶんないという希望的観測です)思ったことが口から出ちゃうっていうか、考える間もなくペロっと言ってしまうもので(と言うしかない)」
「はい、わかってます。大丈夫です。すみません、お心遣いありがとうございます」
「じゃ、朝倉さん用意して」
「は?」
「は。じゃないんですよ。でかけますから、裏口鍵しめてきてください」
「(け、敬語って……怖いんですが)出かけるってどこにですか」
「え、うそ。今のやり取りで分からない?」
「全くもって分かるような内容じゃなかったと思いますけど」
「予知ってよ。僕だって最後まで言うのめんどくさいんだよ」
「そんなことできるの、先生くらいですよ。お願いですから予知ることを期待しないで最初から話していただけるとすごーく助かります」
仏頂面で口をとがらす占い師は、面白くなさそうにそっぽを向いた。
しかし、この占い師はどこかへ行こうとしている。
分かっていないのは花井さんと私のみ。
ひとまず言われた通りに鍵をかけ、占い師に指示された通り、キッチンの棚の中から黄色の財布を取り出し中身を確認するといくらかのお金が入っていた。それをバッグに入れ、
「じゃ、行きましょうか」
何の説明もなく自ら先頭に立ってすたすたと歩いてドアを開ける。
私たちは顔を見合わせ、首を振り、ただ着いていくしかなかった。




