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「お飲み物をお持ちしますのでちょっとお待ちくださいね」
「そんな、おかまいなく」
三菱さんをテーブルにつかせ、私はコーヒーを淹れるのにキッチンへ行くと、そこにはすでに占い師さんがいてサンドイッチ片手にニコニコしていた。
さっき見た時とはまるで別人。
昨日会った時のようにきれいに髪を整え、顔もきりっとしている。身に着けているものは黒いスーツ。なぜスーツなんだろうと訝しみ、首をかしげる。
「君、上出来だよ」
「何がですか?」
「出迎えから案内まで。これからコーヒー淹れるんでしょ。初めての仕事とは思えないくらい完璧。慣れてる感半端ないね」
「そ、そうですか。ありがとうございます」
褒められたらそれは嬉しい。私、褒められて伸びるタイプなのかもしれない。それに、三菱さんは困っているように見えたから、私が戸惑いを見せるわけにはいかないと思った。
「先生と呼べたのもよかったね」
「ありがとうございます!」
とびきりの笑顔で頭を下げた。
なんだ、案外いい占い師なんじゃないか。ここはもう『占い師』と呼ばずにちゃんと偽名の『出雲さん』にしようか。
「このサンドイッチもどき以外は完璧。これ、サンドイッチでいいんだよね? べちゃべちゃしてるけど」
すごい笑顔で残りのサンドイッチを指さし、とんでもない一言を言った。
一生懸命作ったのに、べちゃべちゃ? 作ってもらっといてそんなこと言う男、ぜーったい女の子にモテない。この占い師は百パー彼女いない。
何か言い返そうと口を開いたところで占い師は既にキッチンを後にするところだった。
「コーヒー、どうぞ」
コーヒーカップ二つ、三菱さんの分と占い師の分(こうなりゃもう名前でなんて呼んでやらん。占い師で充分。だって、占い師なんだもん)
三菱さんに先に。占い師に後で。
「ありがとう朝倉さん」
ああ、今日もド快晴。雲一つない青空で清々しいくらい気分が晴れる。
そんな笑顔を見せつけ占い師は三菱さんに私を紹介した。
『事務の朝倉さん』
っへー。私、事務員だったんだ。初めて知った。口を斜めにあげて笑み、占い師を無視し、頭を下げてキッチンへ戻る。
「じゃ、始めましょうか。一口飲んでください。『花井さん』」
「えっ。うそ。あのその」
「いやいやいいですからそこは。さ、どうぞ」
などというやり取りが聞こえてきた。
ちょっと待って。あの人、花井さんていうの? まさかの偽名? なんで? 考えてたら、そりゃ三菱って名前が無理があるんだよね。てか、それにしてもなんで分かるんだろう。彼女はまだ一言も話していないのに、すんなりと出てきた名前。本当に不思議な人だ。
「で、花井さん。君はこれから彼のところに行くと思うんだけど。でしょ?」
「え、あの、は、はい。いるっていうか、やだ、なんかもう、なんで分かっちゃうんですか」
「違う違うその彼じゃなくて、もう一人の彼のほう」
まさかの二股してるってこと?
私はキッチンに戻り、椅子を入り口の壁のところに置き、占い師が残しやがったサンドイッチを片手に座って耳をダンボにして話のあれこれを聞いていた。そこへノリコがジャンプして甘えてきた。サンドイッチの中のレタスをちぎってやり、私は耳を傾け直した。
「なんで……そのことを知ってるんですか。だって私誰にも、さっきの女性にだって言ってないし。それにその話は」
「それが聞きたくて俺のところに来たんでしょ。そいつをどうにかしたくて来たわけだよね? そのお腹の子供だってさ、彼のじゃないってうっすら分かってるでしょ。そこだってどうにかしたいところなんだよね?」
「っ……そんなことまで分かるんですか。私、お腹の子供のことは本当にどうしていいか分からなくて……その、」
「で、問題はそこじゃなくて、いやならおろせばいいだけでしょ」
「っ……すみません。もう、どうしたらいいのか分からなくて……」
占い師は花井さんのお腹を指さし、
「うん、でもここまで来れたっていうのは何かしらの縁があったわけだから。まずは元彼のところに行こうか。今の彼氏が好きなのはわかってるけど、そいつをまずは片付けないといけないよね」
「たぶん私も、こうしたらいいのかもしれないってのはあるんです。そうなんじゃないかなって思ってましたけど、でも、優柔不断でどうしたらいいか分からなくて。まだお腹の中にいるから調べることもできないし。子供は産みたいけどでも私、バカだから……」
「ああ、そういう卑下? いらないいらない。そう思ってないでしょ? 面倒だからやめてそういうの。時間のムダだし」
「……自分がよく分からないときもあって、でも今の彼の子供だと信じたい」
「そう?」
「……どういう意味ですか」
「俺の前では嘘は通用しないよ」
なんてひどい言い方。占い師、ずばっと言い過ぎ。
妊娠ってデリケートなものじゃないの? それで悩んでる乙女をそんな切り捨てるようにするなんてひどい。
確かにべちゃってるサンドイッチを無理やり口に詰め込みウサギの要領で小刻みに噛む。そしてこまめに飲む。
言い返してやる。女性の敵だ!
「君、元彼氏のこと、怖いだけでしょ」
「それ……は」
「ちょっと失礼するよ」
占い師は言いながら物音立てず優雅に立ち上がり花井さんの後ろに立つ。おもむろに、
「うわ!!!」
背中のファスナーをジーーーっと下ろし始めた。
「ちょちょちょちょちょちょちょちょちょっと!!!」
走って出て行き、花井さんのワンピのジッパーを上げようとして息が止まった。
「……ちょっとなにこれ……」
「朝倉君、俺がそんな紳士的じゃないことするはずないでしょ。君じゃあるまいし。本当に君って人はアレだね……」
占い師の嫌味にはスコティッシュホールドのように軽く耳を閉じ、今見ている花井さんの背中に釘付けで、浴びせられる失礼な言葉など耳に届かなかった。
いやあれだ、厳密には届いたけどスルーした。背中は真っ赤に晴れ上がりみみずばれ。背中一面があざになっているし、赤く腫れ上がっていて痛々しい。まだ生々しい傷もあればかさぶたになって治りかけのものもある。引っかかれたような傷もあるし、鞭で打たれたような跡もあった。
「これってその……虐待……とか」
「君さあ、ほんとデリカシーのかけらもないよね。それでよく女子やってられるね。もう一回赤ちゃんからやり直したら?」
「あっ。すいません。花井さんごめんなさい」
そんなことを言われて我にかえり、口をおさえ頭を下げた。
「い、いえ。いいんです私のことは。でもその」
占い師とのやりとりを聞いていてびっくりしたのだろう、暴言を浴びせられる私のことを大丈夫なのかといった面持で心配そうな顔をしていた。




