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02.ふたりのデート



「エリカ! 週末は俺とおデートの時間だ! 松島フィーバータイムだ!」

「う……また松島君ですか。だから、デートはしないと」


 計画をシンに打ち明けた翌日の昼放課。その実行を果たさんと、俺は早速エリカさんの元へと足を運んでいた。誘いはあっさり断られる。が、これからが重要だ。


「ふふふ、やはりな」

「は? な、何がですか?」


 そこで柳眉をしならせるエリカさんに向け、不敵に微笑みながら言う。


「いや、なに」と前置いて。

「エリカはデートをしたことがないから、そうやってビビってるんだろ?」と。


 瞬間、場の連続性が途切れる。エリカさんは「へ?」と間の抜けた声を上げてポカンとしていた。だがそれも僅かな間のことで、


「ちょ、ちょっと! あなた今、なんとおっしゃいましたか!?」


 普段冷静な筈のエリカさんが、机をバンと叩いて立ち上がる。

 俺は構わずズバリと言い放った。


「エリカは男とデートをしたことがないから、デートに臆しているのだ!」

「はぁ!? で、デデデ、デートくらい、したことあります!」


 結果、想定していた以上にエリカさんが憤然となって食ってかかって来た。


 それは優美さという輪郭に守られていたエリカさんの鎧が、初めて崩れた瞬間でもあった。見たことのない彼女。そう、彼女自身が露になった瞬間でもあったのだ。


 何ということだ。こ、これは……いけるかもしれない!?


 というかこの反応。ただ単に挑発してみただけなのだが、ひょっとして本当にデートをしたことがなかったのだろうか。こんなに美人なのに何故? いや、今大切なのはそんなことじゃない。落ち着け、落ち着くんだ松島潤よ、マツジュンよ。


 俺は心の大一番でシコを踏むよう、冷静になれと己に語りかけた。


 ――今、恋のはっけよいのこったが始まる。


 内心の昂りを悟られぬよう、笑みを深めながら続ける。


「へ~~、そ~なんだ~~。デートしたことあるんだ~~。すご~~い」

「う、疑いの眼差しはやめて下さらない?」


「ではデートの時、女性は男性の右手、左手、どちら側を歩く?」

「え? み、右手、左手? え? え?」


 答えのない質問に狼狽する初心なエリカさん。正直言って、可愛い。大関よりも可愛い。心が疼くのを抑え、殊更馬鹿にしたような調子で言葉をぶつける。


「おや~~? 知らないの~~?」

「なっ! べ、別に、そんなのどちらでもいいでしょ?」


「ほ~~、デートしたことないのに~~?」

「だ、だから! デートくらいしたことあります! そ、そもそも、デートなんて、休日に男女が一緒にショッピングしたり、お茶を飲んだりするだけで」


「ちなみにデートとは日付のデイト。日付を決めて会うというのが語源らしいな」

「あ~。そうなんですか、それは知らな……」


「それで、エリカはデートをしたことがないから、恥ずかしくて出来ないと!」

「はぁ!? だ、だからデートくらい、したことがあると!?」


「分かる~~~その気持ち、分かる~~」

「くぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅうぅうぅぅ!」


 自分でもやり過ぎかと思うくらい、エリカさんを煽った。あおりに煽った。それこそが俺の策だった。シンに「お前、頭大丈夫か?」と知能の具合を心配されたりもしたが、何もそれで本気で彼女をデートに誘えると思っている訳じゃない。


 ただその試みを通じ、ともすれば単調となりがちな誘いにアクセントが付けられればと思ったのだ。煽った後は高笑いでもしながら教室を退出するつもりでいた。


 しかし一連の遣り取りの後、信じられない言葉が彼女の口から零れ落ちる。


「い、いいでしょう!」

「ん?」


「デート、して差し上げます」

「……は?」


 その言葉の意味が上手く開かれず、俺は暫し呆然となる。


 イマコノヒト、ナンテイッタ?


 印象や思考がぼやけ、現実に対処できない。そんな俺を置いてけぼりにし、エリカさんは一人、普段の彼女を取り戻す。両肘を抱え、得意になったように告げた。


「あら、聞こえなかったんですか? デートして差し上げると言ったのです。あぁ、でもひょっとしてアレですか。松島くんはデートをしたことがないから、こうやっていざ応じると、ビビってしまうんですよね? ふふ、よくわかってよ」


 そして三千世界の全てを敵に回しても尚動じないといった態勢で挑発してくる。

 俺は慌てて自分を取り戻した。


「そ、そんなことはない。一瞬、昨日の相撲のハイライトシーンが頭を過って硬直しただけだ。地元で”デートマスタージュン”と呼ばれる俺に、し、死角はない」


「へ~~、そうなんですか。ふ、デートマスター。それで、どうします?」

「な、何がだ?」


「だからデートですよ」


 一瞬、「ぐっ」と言葉が詰まってしまう。まさか成功するとは思わず、その場合のことをまるで考えてなかった。驚きという感慨と共に、どうにか唾を飲み下す。


「い、いいだろう……。それで、もう一度聞くが、エリカさんはデートをしたことがあるんだよな?」


「も、勿論です。さっきから何度も言ってるじゃありませんか」

「くっ、ならばエリカさんのデート作法、しかと拝見させてもらおう。勝負だ!」


「望むところよ!」


 自分でも驚くが、こうしてよく分からない感じでエリカさんとの初デートが決まった。不思議な高揚感に包まれながら教室に戻り、そのことをシンに伝える。


「えぇえ!? マジかよ!? よかったじゃねぇか」


 奴はかなり驚いていた。が、そんなことよりも重要な問題があった。

 いざデートといっても、何をすればいいのか全く見当がつかないのだ。


 シンに聞いてもニヤニヤとチャシャ猫のような笑みを貼り付けた顔で、「それは自分で考えろ」とか言われてしまう。帰宅する電車の中、俺は考えこんでいた。


 エリカさんを焚きつけたはいいが、服とかどうしよう。靴も重要的なことが書いてあった気がした。あれ、鞄は? そもそもどこでデートすればいいんだ? カフェって何だ。その料金はどちらが支払うのだ。待ち合わせは、場所は、時間は? 


 デートって、デートって何だ?


「は~~~~~デートって、大変なんだな」


 自室の机で読んでいたデートスポットなどが特集された情報誌を手放し、ベッドに仰向けに倒れる。見慣れた天井にじっと視線を注いだ。こういうことは今までも何度かあった。どう努力すればいいか分からず、途方に暮れて……。


『努力というのはね、世界を変える行為なの。とっても凄いことなの』


 あぁ、そうだ。しかし、と思い直す。ベッドから上半身を起こした。


 新しいことを学ぶ時に付き纏う、この新たな山脈に挑む感じ。決して嫌いではない。落ち着け、松島潤。今までにもやってきたことだろう。そうだ着実にいこう。


 こういう時、俺は今まで努力で乗り越えてきた壁のことを思うようにしていた。ちっぽけながらも蓄えた経験則が現在を助け、未来に繋げてくれることもある。


 俺は空を悠々と飛ぶ鷹のような存在ではないし、望んでもそうはなれない。天才ではないのだ。彼らから見たら地を這う蟻のような存在だ。だがそれでも着実に、蟻だって歩んでいるのだ。鷹から見ても分からないかもしないけど、それでも。


 デートの詳細は後日伝えるとエリカさんには言ってあった。時間ならある。頬を叩き、気合いを入れた。机に戻り、ネットでデートに関する情報を収集し始める。


「うし! いくぞ!」


 努力という名の車輪が、音も無く回っていた。



 * * *



 日曜日、デート当日。集合場所は一般的な場所ではなく、ちょっと背伸びして名古屋駅の前にあるミッドラウンドビル一階の、高級車展示場前に十時集合とした。


 そこで俺は五分の遅刻をしてしまった。


 デートに際してエリカさんの連絡先も得ていたのだが、連絡もいれず集合場所に向けてアスファルトの上を駆ける。目的地は直ぐそこだ。駅から百メートルも離れていない黒塗りの洒落たビル。一階には高級ブランドショップが集まっている。


 六車線に掛った横断歩道を走り抜け、正面扉から中へ。大理石の床。豪奢なホテルのような気配。視線の先には両肘を抱えた、ご立腹な様子のエリカさんの姿が。


「エリカさん!」

「っ、ようやく来ましたか…………え?」


 近代的なビルの中で俺の声が大きく響いた。息急き切らしエリカさんの元へ近づく。俺を視界の内に認めた瞬間から、彼女の表情が立腹から困惑へと徐々に転じ、


「アイラブユー、エリカ!」


 俺は目の前に辿り着くと片膝を地面につけ、彼女にあるものを差し出した。

 肩を上下させる荒い息遣いと、唾を呑み込む音がうるさい。


「申し訳ない。花束を調達していたら、遅れてしまったのだが……ん?」


 息を落ち着かせようと試みながら、思わず立ち上がってしまった。


 えっと……何だ? 


 エリカさんは俺が差し出した小ぶりの花束に視線を注いだまま、愕然というか唖然というか、とにかくそんな顔をしていた。暫し自分を持て余してしまう。


「あ……え? あ……」


 いかん、やり過ぎだっただろうか。プレゼントに花束は効果的だと書いてあった気がしたのだが……。或いは五分遅刻も不味かったのかもしれない。何とか取り繕わなければ。「おほん」と咳払いをすると、エリカさんが俺に顔を向けた。


「……なんだ、初デートだからな。小さい花束だし、持ち運びにも邪魔にならないかと思って、駅前の花屋で調達していたのだが……。それで遅れてしまいました。本当にすみません。それで、えっと……ま、まぁ、よかったら受け取ってくれ」


 ずいと、エリカさんにブーケサイズの花束を差し出す。

 俺の言葉を受け、停滞していたエリカさんの時間が動き出す。


「へっ? あ、そ、そうよね。は、初デートですから。そ、それくらい普通よね」

「え? あ、そ、そうだ! 初デートだからな。当然だ」


 そこでエリカさんは、再度花束に視線を落とし、


「ま、松島くんは、その、以前にも、誰かに花束を渡したことがあるの?」


 と、非常に答え難いことを尋ねてきた。何と応じようか一寸迷う。そもそもデートなんてしたことがないのだ。ふははは。だが切ってしまった見栄がある。


「前のときは……忘れた」

「へ?」


 結局、あまり嘘は吐きたくないので、微妙な返答で潔しとした。


「だから、何だ。これが初めてだ。ふ、ふははは」

「あ……わ、私も、前の時は、忘れられてしまって、こ、これが初めてです」


 安い花束を受け取ったエリカさんが、両手でギュっと握り締めて言う。

 俺は努めてなんでもないように応じた。


「そうか。まぁ、そういうこともあるよな」

「そ、そうですよね。ありますよね、そういうこと」


「…………」

「…………」


 何とも言えない気恥ずかしさが足元から膨れ上がり、お互い沈黙してしまう。視線をつい外してしまい、どんな顔で対面すればいいのか途端に分からなくなった。


「え、えっと」

「む?」


 そんな状態の俺に、エリカさんが上目遣いで声を掛けてきた。瞬間、俺の心は何か強い感情に染まりたがった。胸の鼓動が突然自覚され、苦しいくらいになる。


 な、なんだ、この状態は?


「そ、それじゃ、デートを、はじめましょうか? ほら、腕を差し出しなさい」

「は? う、うう、腕をか?」


「で、デートなんですから、当然でしょう? 本当は触れるのも嫌なんですけど。まぁ、マナーですからね。デ、デートの。ご存じでしょ?」


「た、たたたた、確かにな。う、うん。じゃあ、ほら」


 本当は腕を組んで歩く高校生カップルなんて見たこともなかったが、高鳴る心臓の鼓動に翻弄されながら腕を差し出した。エリカさんと腕を組んで歩き始める。


「ちょ、ちょっとフラフラしないでください」

「は、はははは、すまん、これ以上は無理だ」


 それから先、俺たちはぎこちないデートを繰り広げた。エリカさんはツンとして何でも知っています、という顔をしていたが、その実何一つ知らなかった。


 ミッドラウンドビルは全長五十四階と愛知で一番高いビルであり、展望台も備えている。そして付属する商業棟は全四階からなり色々と遊べる場所になっていた。


 地下一階にはカフェが、地上一階には高級ブランドショップ群があり、二階はセレクトショップなどのお店が、三階は飲食店、四階には映画館があった。


 エリカさんは映画館では終始キョロキョロしていて、何故かビルの清掃器具置場の扉を開け、突撃しようとしていた。映画館に来たのが初めてらしかった。


 昼食で向かったカフェでもメニューを前に目をパチクリさせていた。まぁ、それは俺も変わらないが、店員さんお勧めのランチセットを頼んだことで回避する。


 そんなエリカさんもセレクトショップでは可愛い小物を見て目を輝かせていた。あまりにも無邪気に喜んでいたので、そのことを指摘すると、


「そ、そんなことありません」


 とか言うのだけれども。


 そんな具合で上に行ったり下に行ったりを繰り返し、展望台にも訪れカフェも梯子して、何だかんだと一日ミッドラウンドビルで遊んでいた。楽しかった。



 * * *



「という感じだった」

「へ~~、いい感じじゃん。そりゃ成功だったな」


 デートの翌日、週始まりの月曜日。移動教室だ体育の授業だと何だかんだと忙しく、昼食時になってようやく俺はシンにデートの顛末を伝えていた。何を以て成功というかは分からないが、なかなかに良かったのではないかと思う。


「んで、告白はしたのか?」

「は? 告白?」


 その最中、ニヘラっと悪戯じみた顔でシンが含み笑いを披露する。

 告白……俺はその言葉の意味について考えさせられる。


「デートに誘って、付き合う付き合わないの話はしなかったのかって聞いてんの」

「あ~~、そう言えばしてないな」


 顎に手を添えて考える素振りを見せるも、そんなことには思いも到らなかった。

 シンが苦笑するように鼻から息を抜き、頬杖をついた。


「まぁ、初回はそんなもんか」

「ふむ。そうかもしれんな。っと、いかん。そろそろ時間だ。別れ際に来週もデートしようと誘ったら断られたからな。ちょっと今から誘ってくる」


「お~~、行って来い」


 椅子から腰を上げ、歩を進めながら思索を試みる。


 告白……か、成程。デートをクリアした後は告白というイベントが待ち構えているという訳か。これは慎重にいかねば。所謂テストのようなものだし、今まで積み上げてきた成果がそこで問われることになるのだろう。慎重に、慎重に。


「という訳で、付き合おう」

「は……? え? ちょ、い、いきなり現れて、また何を!?」


 が、滾る若さが俺に悪戯をした。エリカさんを視界の内に収めたらどうにもムズムズしてしまい、気付けば衝動に駆られるように告白の言葉を口にしていた。


「すまん。今度のデートで告白しようと思っていたのだが、つい言ってしまった」

「なっ、ま、また、あ、あああ、あなたは、そうやって抜け抜けと」


「よし、まずは来週デートだ!」

「それは、御断りしたはずでは……」


「エリカさん、俺とのデートはつまらなかったか?」

「え? デ、デートですか? その、それは……別に……」


「そうか、ならデートだ!」

「ま、全く。そ、そんなに私とデートしたいの?」


「あぁ。したいねぇ、すごく」

「お、臆面もなく、あなたは、そうやって」


「それで、俺との勝負をどうするのだ? 敗北宣言を出してもいいのだぞ?」

「なっ!? 敗北宣言? い、いいでしょう。その勝負、お受けします!」


 こうして今度は水族館に行くことになり、帰り際に水平線が見える暁の公園で告白したが、あっさり振られた。エリカさんはプリプリしていた。


「わ、私と簡単に付き合えると思える方が、どうかしてます!」

「成程、一理ある。ならこれからも努力を続けよう。と言う訳で来週も勝負だ!」


 告白には失敗したものの、俺は次の約束を取り付けるべく必死だった。いつしかデートが勝負に代わる。そんな誘いを断ろうとエリカさんも必死だった。


「くっ、お、お断りです!」

「エリカ! 俺は本気だ」


「ま、またそうやって人を呼び捨てに」

「ふむ。そういえばエリカさんは、いつも毅然としてるよな」


「い、いきなり何を? ま、まぁ、そうですね。そういう自分が好きですから」

「そうか、つまりは自分に自信があるんだな」


「そ、そうとも言えますね」

「なら、負けるのは嫌いだよな」


「は?」


 が、そこから徐々にエリカさんの間の抜けた面が出てくる。


「え、えぇ、まぁそうですね」

「ということは、売られた勝負は買うタイプだよな」


「え?」

「デートは男と女の勝負だ、という有名な言葉を知っているか? まぁ博識で、デート経験が豊富なエリカさんなら当然――」


「も、勿論知っています!」

「うむ。ならば来週も勝負だ! 勝負だ、勝負だ、勝負だ、勝負だ、勝負――」


「あぁぁぁああ、もう! 分かりました。その勝負、引き受けて差し上げます!」


 といった具合で、それからも何だかんだとデートを重ねていった。携帯電話が嫌いらしく、面と向かう以外はコミュニケーションが殆ど取れないが、俺の努力はそれなりに実っていたんじゃないかと思う。勿論、その間にも勉強は続けていた。


 俺は俺が三流の人間だということを、よく分かっていた。そして三流には三流のやり方がある。同じ三流の人間はもとより、一流二流の人間よりも多く努力すればいいだけのことだ。それが俺の戦いだ、戦場だ。ペンだこが友達は伊達じゃない。


 全てが結実するわけじゃないが、その努力はやはり楽しかった。



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