8話 賢者の提案
魔剣を回収して、マイクをなだめた。
しばし、みんなでお茶をすすり、落ち着く。
するとファルシウェン王国第二王女クレアが居住まいを正し、僕に言った。
「遅くなりましたが賢者様、この度私たちがお住まいに押しかけたのはあなたの助力を得たいがためです。どうか…! 私たちにお力を貸してください!」
そして、頭を下げた。
魔の森の道のりを踏破し、そして礼儀を見せる。
約束もある。
ならば、答えはひとつ。
「わかった」
僕は頷いた。
しかしなぜかクレアたちは、凍り付いたように固まってしまった。
「……よろしいのでしょうか? まだ、理由や内容はお聞きになっていませんが……」
メイドのアイラが言った。
「ああ、どのようなことでも力を貸そう。犠牲もあっただろうが、魔の森のここにまで踏み入るほどの能力と意志があり、礼節も忘れていない。それに、約束を思い出したからな」
「約束というのは?」
アイラに答えてやる。
「お前たちの言う建国王のご老人とした約束だ、一度だけ、ファルシウェン王国を手助けするという」
老人の不安を減らしてやろうと酒の席で言ったことだが、言ったことは守らなければならない。言葉を軽んじる事は魔術師のご法度だ、もちろん人としてもだが。
「あ、ありがとうございます!」
クレアが机の上の僕の右手を両手で包み強く握ってきた。
その目は涙を湛えていた。
空いている左手が無意識に動き、彼女の金色の頭をなでていた。
「まあ、落ち着いてくれ。それで肝心の内容は?」
サラサラとした心地よい感触と別れを告げ、姿勢を戻す。
アイラと魔術師のデリアがニヤついているような気がしたが、話を進める。
「ひゃ、ひゃい! ひま、ごほん、いま、王国ではひどい病が流行しています。このままでは国としての機能まで失いかねません。事態は逼迫しています」
赤い顔で噛みまくりだったが、さすが王女すぐに持ち直した。
しかし、病か……。
「どんな症状がでるんだ?」
「高い熱が出て、病の進行に並んで体中に青紫色の斑点が現れます。そして、一週間もたたずに死んでしまいます」
かなり、凶悪だ。
それが大流行となれば確かに危うい。
しかし、青紫の斑点これはそう―――。
「東の大陸の原ネズミでよく見られる病状だな」
「原ネズミ、ですか?」
クレアが首を傾げる。
「ああ、東にある大陸は高原地帯が多くある。そこで一番よく見るネズミだ。これは増えては病気が流行って減る、また増えては…、を繰り返している」
「そんなネズミが東の大陸にいたのですか」
「東の大陸ではこいつらは悪魔扱いだ。奴らは毒を持つからと、原ネズミの嫌う植物のエキスを煮詰めたものを染み込ませた縄を家のまわりには張っている。もし、家に入り込んだら家ごと焼きはらう。触ったり、噛みつかれた者は火あぶりだ」
「えっ! そこまでのするのですか……」
クレアは驚く。当たり前か。
「毒というのはこの病のことだろう。今までは狂的だと思っていたが、過去に人で流行したことがあったからこそあれほど過敏だったのだろうな」
「では、賢者様はその原ネズミが今回の病の原因だと? しかしそのネズミは高原が生息地なのですよね? さらにファルシウェンは東の大陸と三十年以上交易していますが、いままで今回のようなことは起きませんでしたが……」
なら、ここ最近に原因があるはずだ。
「なにか、最近で交易に大きな動きや変わったことはなかったか?」
「!……あります。南東にある列島で飼育されている家畜を我が国に導入しようとしました」
クレアはハッとして、次第に忸怩たる様子移りながら話す。
「……その家畜の輸送は、東の大陸を中継しています」
これは、決まりかな。
原ネズミは高原が本来の住処であるので、確かに交易所である港にはまずいないはずだ。
しかし家畜となる動物を輸送しようとするなら、用意する餌と水だけでも大量だ。そういう品が高原産だったり、高原を通って港に運ばれれば原ネズミが一匹二匹どこかに紛れても不思議ではない。
そして、生存圏をファルシウェン王国にも広げたネズミたちは同時に病を運んだ。
おそらくそういうことだろう。
「それならほぼ間違いなく、原ネズミがこちらの大陸に入り込んできているな。それが今回の大量感染を引き起こしたんだろう」
「なんて、ことだ……! もっと、注意していれば……いえ、知っていれば……。こんな、こんなことには……!!」
クレアは頭を抱えて押し殺すように嘆いた。
他の面子も似たり寄ったりだ。
新しい産業を興すためか、よりよい食料とするためかはわからないが。
どうであれ発展のため、つまりは社会と人のために良かれと行われたことが真逆に働いたわけだ。
皮肉なものではある、よくあることだが。
人は進むとき、何よりも必ず悲劇を生み出す。
その進む一歩の大きさとその悲劇の大きさは比例する。
そして悲劇があって初めて、他の進歩が促される。
今回の場合だって、いつか治療法や治療薬が生まれるときの足掛かりになるかもしれない。
悲劇に立ち向かう人間がいるかもしれない。
だけど、それは今ではない。
対処法も解決法もやはり原因があればこそだから。
人は誰だって本当の意味では近視眼的なものだ。
触れないもの、嗅げないもの、聞こえないもの、見えないもの。
それらを含めた『知らないもの』はこう扱われる。
「知らないことは無いことと同じ」、と。
それが当たり前で、後から知っても、そのときは知らなかったから、とだけで言い逃れできてしまう。
『知らなかった』のだから、もちろん仕方のないことだろう。
つまり、対処するものも解決するものも『なかった』のだから。
だからそう、『知らなかった』からどんな悲劇だって仕方のないことだ。
森を刈ることによって地滑りが起こることも。
川の流れを変えることで洪水が起こることも。
ある生き物を狩りつくすと他の生き物が絶えることも。
新兵器によって戦争が激化することも。
新しい産業で新しい災厄が生まれることも。
全部全部、仕方のないことなんだろう。
だって、やってみなければ僕たちは、何も『知らなかった』んだから。
僕たちが『知る』ためには悲劇が必要なんだ。
でも、僕は。
悲劇が起こるなら、『知らない』ままでいてもいいと考えている。
『知る』ことのないように、進まなくてもいいと思う。
進めば、『知ってしまう』から。
だから、今回のことは無かったことにしてしまおう。
最悪の事態を最低の行いで塗りつぶそう。
「クレア・レーガン・ファルシウェン、アイラ・ハルサード、マイク・カルバス、デリア・コーデン。君たちは国を救うためならどんな罪も負うことができるか?」
僕は重い口調で言った。
彼は停滞の賢者。