7話 賢者の事情
僕はウッドデッキの揺りいすに腰掛け、本を読んで時間を潰していた。
平穏だ。
ああ、このままゆったりとした日常に戻りたい。
「あんたの日常はゆったりじゃなくて堕落っていう方が正しいわ……」
ウェルティナが言った。あーあー聞こえない。
しかし、そこに忍び寄る影! ではなく風呂から上がった一行がやってきたので、僕はしぶしぶウェルティナに耳を引っ張られながら家の食堂に彼らを案内した。
魔法でポットの湯を沸かしてお茶を淹れてやる。
席に着いた一行はいちいち僕の動作を見てくるので少し辟易とする。
僕がいわゆるお誕生日席で、右にプリースト、その奥にメイド。また左に魔術師、その奥に戦士が座っている。
そして僕も席に着き、一口お茶を含んでから口火を切る。
「まず、君たちは誰なのか? 自己紹介といこうか」
これに答えたのは一行のリーダーらしいプリースト。
「はい、私たちはファルシウェン王国からやって参りました。私は第二王女のクレア・レーガン・ファルシウェンです。プリーストを担っています。そして私のパーティメンバーの……」
と言って、他の面子に目配せする。
王女クレアの隣のメイドが言う。
「王女付きメイドのアイラ・ハルサードと申します。役割は分類するならば斥候です」
その向かいの戦士が芯の通った声で言う。
「私はこのパーティで戦士をやっております、マイク・カルバスと申します」
最後に魔術師。
「デリア・コーデンと申します。魔術師です、よろしくお願いします」
終わると、全員がこちらをじっと見てきた。
「ほら、あんた自身とあたしのことを聞きたいのよ」
あー、なるほど。ちゃんと言わないとだめか。
「知っているかもしれないが、僕は賢者と呼ばれている者だ。こっちの精霊はウェルティナ、僕の相棒だ」
ウェルティナも手を挙げながら言う。
「ウェルティナよ、よろしくね」
ゆっくりと王女が手を挙げた。
「賢者様、失礼ですがお名前をお教え願えないでしょうか。それと本当に伝説に云われる賢者様なのでしょうか? その、お姿があまりにも…」
もっともな疑問でらっしゃる。
「実は…名乗れる名はないんだ、いろいろあってね。賢者でも先生でもご隠居でも好きに呼んでくれ。姿に関しては二十過ぎぐらいから、かれこれ何百年、いやもう千年経ったか? 変わってない。若造に見えるのは仕方ないからまあ慣れてくれ」
軽く言ったからか、よくわからなかったみたいだが流してくれた。
「そうなのですか……、では賢者様とお呼びします」
ファルシウェンの王族か。
それが魔の森に踏み入ってここに来たのだから、いろいろな意味で凄まじい女の子だ。
そういえばファルシウェンゆかりのなにかがあったような……。
「あっ、そうだウェルティナ。昔、ファルシウェンが建国したくらいに偉そうなご老人にもらった剣あっただろ、出してくれ」
ウェルティナは顎に手をやりながら、
「そんなのあったかしら……。ああ、もしかしてあの真っ赤で派手な鞘の剣? 出してみるわ」
ウェルティナが机の上に乗り、魔法陣が現れる。
亜空間から目的のものが机に吐き出された。
深紅の美しい鞘、シャランと抜けば研ぎ澄まされた刀身が青白く光る。
美しいだけでなく実戦に耐える無骨さがある。
そして、この剣は魔法を宿した剣でもある。
敵と向かい合えば刀身から魔法の炎が吹き上がるだろう。
使わないからお蔵入りだったけど、これくらいのものならなにか曰くがあるだろう。
「これこれ、昔もらったファルシウェンゆかりのものだ」
あれ、いつのまにか静けさが食堂を支配している。
「それは、伝説の魔剣ボルディア……!」
ぽつりと、興奮した声が戦士マイクから聞こえた。
「なに、ボルディアといえば建国王の剣ではないか!?」
クレアがとても驚いたように言う。
「ええ、そうです! 戦乱を切り開き、ファルシウェンを造り出したと言ってもいい剣です! 建国王の晩年以降行方が分からず、もともとありはしない剣だったのではないかとも言われていましたが……。なるほど学者たちは眉唾だといってばかりでしたが、晩年に隠居した建国王が偉大な魔術師に出会い、剣を託したという話は真実だったのですか!」
マイクは先ほどまでの冷静な様子から一転、まくしたてるように話し出した。
こいつ、武器マニアの類か……。
目が怖いので、剣を渡してやったら恐々と、しかし嬉々として剣に見入っている。
僕はもちろん、仲間の女性陣も引いていた。
ウェルティナは僕の肩の後ろに隠れていた。
「あれ、王様だったのか。通りで威厳があるわけだ」
僕が言うと王女クレアも目を輝かせて聞いてきた。
「賢者様、建国王とはどこで出会ったのですか!? なぜ、剣を託されたのでしょう?」
うーむ、そんなおもしろい話ではないんだが。
「たしか、久しぶりに海の幸でも食べたいと思って港町に行ったときだ」
「ああ、思い出してきたわ。哀れなクラーケンがいたわね」
「そう、食堂で料理を頼み待っていたとき警報が町に鳴り響き、料理人のおやっさん含めみんな走って逃げ出して、僕は食いそびれて」
「クラーケンが港に現れて暴れているせいだと知って、港に行ったら、偉そうなおじいちゃんが『わしが行かねば誰が行く!』って剣もって走り出そうとしているのをお付きの人たちに止められていたわ」
「それの横を通り過ぎて。魔法でクラーケンを切り刻んで、草の受け皿作って大量のイカ焼きにした。それでやけ酒をしようとしたんだ」
「敵と認識する前に文字通り料理された巨大クラーケンは自業自得だけど哀れだったわ」
「そしたら、なんかその老人が感激した様子で来て何か言ってたんだけど涙声で聞こえないから、とりあえず『なかなかいけますよ、食べますか?』っていったらあの剣を押し付けてきたんだ」
クラーケンは図体のわりに大味ではない。
刺身はともかく、焼く煮るはかなりいける。
クレアの感想はどうだろうと見てみると。
「…………建国の剣が、クラーケンのつまみと交換」
クレアの目が死にかけになっていた。
「でも殿下、クラーケンは災害にも等しい魔獣ですよ」
魔術師デリアが言う。
「ええ、それに建国王も平和の中にある力は害悪だと言っていますから。騒動の種になりかねない魔剣を、持っていても関係ない賢者様に託したのかもしれません」
メイドのアイラも言う。
「ああ、たしかにそんなことも言ってたな」
その後、町の人たちも巻き込んで飲み明かしたんだ。
互いに名乗りはしなかったが、愉快な一日だった。
暑苦しいご老人だったが、どこか寂しげでもあった。
あれ、そう、たしか。
『わしの亡き後、このファルシウェンはどうなっていくのか…。心配でおちおち倒れてもいられない』
『元気そうに見えるけど、病気かいご老人?』
『ああ、わしももう長くはない』
『そうか、まあそこまで生きたんだ。寿命は人であるならばしょうがないさ』
『………そのとおり、そして人であるがゆえに不安なのだ』
『そこまで心配ならば、僕が一回だけ手助けしてもいい。クラーケンだけだと魔剣と割りに合わないだろう』
『ふむ、ならば心置きなく逝けるな。そのときがあればよろしく頼む』
こんな会話があったような。
いや、あった、うん。
僕が目を手で覆い隠すように落ち込んでいるとウェルティナが気にしてきた。
「どうしたのよ?」
「いや、そのご老人と酒を酌み交わしながら約束をしたことを思いだしてね」
僕は今回、どうしても彼らに関わらなければならない事情が出来てしまったようだ。
いや、もとからあったのだ。僕が忘れていただけだ。
死んだ人間との約束は重たいものだ。
はあ。
少女の死んだ魚のような目もいい。
今回、苦手な名付けが多くたいへんでした。
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