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停滞の賢者  作者: 楯川けんいち
精霊の増えた日常編
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11話 賢者の温泉6

 ここ百年ほどでは指折りなくらい、僕は精力的に動いていた。

 

 ドワーフの里に通うこと、三日。

 ついに、僕の理想が目の前に現出していた。

 

 

 ***

 

 

 作業にはあらゆる魔法が惜しみなく行使され、多種多様な魔道具や素材が投入された。

 

 そこらの山から大きな岩を集めては加工し、荒削りな自然を感じさせつつも使用に差し支えることなどない、五十人が足を伸ばしても入れるほどの広々とした湯船。

 浴場は洗い場と湯船の半ばまでを屋根が覆う、半露天というような仕様だ。

 

 脱衣所は、これまたそこらの山から切り集めてきた樹齢二百年以上の針葉樹を贅沢に使用している。それらは魔法で建材へと処理された後、魔の森では数少ない古木からとれる樹脂を原材料にした塗料を塗りこんでいた。

 

 配管まわりは、自宅のものと同様の魔道具をせっせと量産して設置。

 陽が沈んでも温泉に浸かれるように、光を灯す魔道具も雰囲気を損なわない程度に各所へと取り付けられていた。

 

 さらにそれらのすべての設備は男性用と女性用、きっちりと左右対称に同じものを二つ作られている。

 そして案外もっとも大切かつ大仕事だったかもしれないのが、ドワーフの里から山のなかにある温泉までのしっかりとした(みち)の整備だ。

 風呂に入っても、帰りに雪や泥によって足を汚してしまうようではいけない。

 ここもできるだけ風情を壊さないよう、造形に気を付けながら……魔法で階段を含めた通路を通していく。

 仕上げに、湖などに生息するとある魔獣の体液を錬金術で処理した液体――水と接触すると人肌ほどの熱を発するもの――を各所に上塗りしていく。

 これによって液体の効果が消えるまでの五年ほどは、雪かきが必要なくなるはずだ。

 

 

 完成したそれらを前に僕は、やりきったためのけだるさとそれ以上の充足感を噛みしめていた。

 それも当たり前だろう。。

 なにせ目に入るものすべて、どんなところにだって――『妥協』の二文字は存在しなかった。

 

 ほう――と、思わず息を吐いた。

 

「……『自制』の間違いじゃないかしら」

 

 ウェルティナがジトッとした目で僕を見て、甘美な瞬間に水を差すようなことを言ってきた。

 

「なに言ってるんだ、ウェルティナ。これは里のドワーフたちにとってもためになるのだから、きちんと造っておいて間違いはないだろう?」

 

 この浴場は、里のドワーフたちにも開放する予定だった。

 ぺルド翁にそう提案したら手放しで喜んでもらえた。

 

「それだって、普段の維持・清掃をしてもらうかわりでしょうが」


 ……まあ、そうだけれど。

 

 だが、これからここのドワーフたちは温泉なしでは生きていけない体になってしまうだろう。

 わざわざ風呂を焚かなくても、ここにくれば熱いお湯に浸かれるのだから。

 特に、家事が減ることになるドワーフの女性には歓迎されると思われる。

 

 それに……温泉の魔性に抗えるものなどいないのだ。

 もしいるとしたら、極度の風呂嫌いだろう。僕とは気が合いそうにない。

 

「で、でもウチはすごいと思うし、温泉はうれしいですよ。賢者様」


 隣から聞こえた声に顔を向け、視線を下げる。

 そこにいたのはドワーフの少女、ペトラ。

 彼女は両手を体の前で握って、僕へと慰めるように言葉を送ってくれた。

 

「ありがとう、ペトラ。ウェルティナに君の素直さを見習わせたいよ」


 僕は彼女の頭に手を伸ばし、ぐしぐしとその赤毛を撫でた。

 彼女もさすがに年頃ゆえに気恥ずかしいのか、その顔を赤く染める。

 けれど拒む様子はなかったので、しばらくそのまま手を動かした。

 

「……クレアの懸念もまちがってはないのよね…………方向違いではあるけれど」


 そんな僕らを眺めるウェルティナは、やけに遠い目をしていた。


 ここ数日のことを思いだしているのだろうか……?

 作業だけではなく、なかなかに色々なことがあったからな。



 ***



 作業が始まると、ペトラは――


「……これ……ウチには、なんにもできないんじゃ……」


 僕が宙に浮かせた巨石を割り、削るのを見て――膝を抱えていた。

 

 実際はそんなことはなく、彼女にもできることは多々あった。

 特に彼女には、僕にない美術的観点からアドバイスを適宜もらっていた。

 

 ……ウェルティナはダメ出しはするけれど、具体的な助言には期待できないのだ。

 その点で言えばペトラは……なにがいけないか、どうすればいいかという説明がわかりやすかった。

 結果として、彼女に手伝ってもらったのは正しかった。

 

 

 また、ペトラの両親もたまに様子を見に来ていた。

 

「おーい、賢者様よぅ。手伝いに来てやった……って、なんじゃこりゃーー!」


 僕が魔道具作りに使う素材を並べていると、背後からそれを覗き込んだペイダが顎を落としたりした。

 なんでも……鍛冶をする彼がよっぽど特別なときにしか使えない素材の一つが、山になって置かれていたのが理由だったらしい。

 だが彼の示す素材は、広げていたなかでは一番低価値で手元にも余っているものだった。

 そのため僕はその素材を、彼に多少お裾分けすることにした。

 包みにざっと流し込んで、僕はそれをペイダへと手渡す。

 すると彼は、「こ、こんなにいいのか……!?」と言って目を見開いた、その後礼を言ったかと思うと上機嫌で帰っていった。

 

 …………手伝いに来たんじゃなかったのか……?


 そんな彼だったが、しばらくすると……頬に赤い跡をつけて戻ってきた。

 その跡は、紅葉のようなきれいな形をしていた。


 そんなペイダの後に、ずいぶんと見覚えのある形をした手のひらを振りながらやってきたのは、パトラだった。


「あら~、これは出来上がりが楽しみね」


 彼女はもう片方の手に、大きな風呂敷を提げてきていた。

 風呂敷の中身は、お弁当だった。

 その好意はみんなで、ありがたく頂いた。

 

 

 さらに、ぺルド翁も日に一度は訪れた。

 ……だが一つの事実が、初日に明らかにされたのだ。

 

「これは、これは……年甲斐もなく期待に胸が躍りますな」


 そう言って、作業中の現場を眺めるぺルド翁にペトラが気づくと――。

 

「あ、おじいちゃん!」


 ――と、呼んだのだ……!

 僕がひどく驚いて聞いてみたところ、なんとペトラの母パトラはぺルド翁の娘なのだとか……。

 ……ペトラの父ペイダが、彼女の尻に敷かれているわけの、一端を垣間見てしまった気がする。

 

 

 そして彼ら以外のドワーフたちも、時折に足を運んでは差し入れをしてくれるのだった。

 

 

 ***

 

 

 そんな風に、騒がしくも楽しげに作業は進んだ。

 だがそれも、これで終わったのだ。

 すでに温泉に入ることもできる。

 だが、完成して一番の湯にはクレアとフィアルテ、もちろんアイラも入れてやりたかった。


 今日はもう、それ程しない内に日が暮れるだろう。

 

 ウェルティナにも足並みを揃えてもらって、三人には今回のことを秘密にしていた。

 だから、明日の朝一番に打ち明けて……みんなで入りに来よう。

 

 クレアは驚いて、喜んでくれるだろうか……。

 

 そうであったならいいな、と僕は思った。

 

 



次回、ようやく温泉に浸かれます。


どうかこれからも、拙作をよろしくお願いします。

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