9話 賢者の温泉4
もし陽が見えるのなら、すでに高い場所に昇っているだろう頃だった。
しかし雪が静かに降りしきるここでは、上を見上げたところで見えるのは分厚い雲だけだ。
「≪掘削≫、≪破砕≫、≪掘削≫、≪掘削≫…………」
そんななか僕はひたすらに、地面に穴を開け続けていた。
人ひとりほどがすっぽり嵌る大きさのその穴は……このままいけば熱い地下水が――つまり温泉が、そこから噴き上がることだろう。
そう、間もなく僕の渇望は満たされるのだ……!
***
この場所は、ドワーフの里からほど近い山のなか
その根元から山の高さの四分の一ほどの、里全体をどうにか一望できるかどうかというところに、僕たちはいた。
ペトラに正され、不明を恥じた後――。
温泉を探すためだけの魔法を、僕はきっちりと作り上げた。
ウェルティナが「こういうときだけは、無駄に動きがはやいのよね……」と独り言ちる横で、僕はその魔法を唱えた。
――そうして反応があったのが、この山だった。
ぺルド翁の住まいの丁度真後ろにあるその山は、里の彼ら彼女ら曰く「長のところの裏山」と呼ばれているものらしい。
なんでも山菜がよく取れるらしく、時季には子供が遊びがてらに摘みにくるらしい。里の者なら必ず入ったことがある山なんだそうだ。
そういうわけで……ペトラもそれに漏れず、裏山のことは隅々までよく知っていた。
だから今回――僕がこの山に入ると言うと――ありがたいことに、彼女は案内を買って出てくれたのだった。
彼女の助けを借りながら、僕は目的地だった現在地にたどり着いたのだ。
だが、その彼女はいま僕の隣で――――
「…………ええーと……。…………なに、これ……?」
――――こぼれんばかりに目を見開いて、固まっていた。
ペトラは驚愕を通り越して、呆然としているらしかった。
そんな彼女の肩をポンポンと叩くのは、ウェルティナだ。
「あんまり気にしないことね。……いいえ、無理だとしても慣れなさい。あいつのやることに毎回そんな反応してたら、心臓に悪いんだから…………」
……そんなこと、ないと思うけれど。
しかし、魔法を行使し続けている僕は反論することができない……。
「でも……あの穴、もうすっごく深いです……どこまで掘るの……?」
無論、温泉がでるまでだ。
まあ数字で言えば――先ほど組んだ探知の魔法によるところ――およそ六百メートルほどだ。地層が変わるごと、岩盤にあたるごとに魔法を唱えなければならないから少し手間だけれど。
――それもこれも、温泉のため。
そう思えば、苦労も苦労ではない。
それに――と、ペトラはさらに続ける。
「……山の雪が、すっかりなくなっちゃうなんて…………」
そう言って、積もっていたはずの厚い雪がすべて消えた山肌を見まわす。
まあ、作業中に雪崩でも起きたら面倒だからな。
それに万が一でも、ドワーフの里に迷惑をかけるわけにはいかない。
「仕方ないのよ、ペトラ……。あいつのにやけ顔が消えるまでは、どうしようもないのよ…………」
緩慢に首を振りながら、ウェルティナは諭すように言った。
散々な言い様だ……。
しかし、無意識に僕の頬が緩んでいたのは……事実のようだった…………。
努めて顔を引き締めるようにしていると、いつの間にか穴が目標の深さに到達する。
ぶっっっしゅうううううううぅぅ―――――――!!
その瞬間、真っ白な蒸気をまといながら、大量の熱湯が高く噴き上げた。
――そして僕は大きく手を広げて、歓喜の声を上げるのだった。
***
北の大陸は、魔の森よりも日の入りが早い。
そのため、陽が沈んでから始まった酒盛りへほどほどに参加しても、まだクレアたちとの夕食には間に合う時刻だった。
今日は温泉を掘り当てたために、僕は気分よく一杯飲めていた。
だが、温泉を十全に機能させるための作業は未だ残っている。
明日はまず、風情のある浴槽を拵えようか……。
そして他にもまだまだ、やることはたくさんあった。
「じゃあペトラ、また明日」
それゆえに明日もまたここに来ることは、どうあっても決定していた。
「明日もよろしくね、ペトラ」
そして……なぜかこれからの作業にも、ペトラは手伝いを申し出てくれていた。
まだ若いっていうのに、それほど温泉に興味があるのだろうか……。
ぜひ彼女には、真っ先に温泉へ入ってもらおう。
「賢者様、ウェルティナ様! またあした!!」
ペトラは弾けるような笑顔で、僕たちへと一時の別れを告げた。
生き生きと大きく手を振る彼女に、僕たちも手を振り返す。
「さあ帰ろう、ウェルティナ」
「ええ、クレアたちが待ってるわ」
そうしてペトラや彼女の両親などに見送られながら、僕たちは魔法陣の光に包まれた。
これからも拙作をよろしくお願いします。




