6話 王女の入浴
私たちは賢者様の姿がご自宅であるらしいコテージに消えるまで動くことができなかった。
命の危機から一転、いろいろなことがあって頭がうまく働いていなかった。
ただ、一つ言えるのは私たちの目的に対して大きな前進があったということだ。
彼の賢者様に出会えたのだから。
***
それから私たち女子は脱衣所に入り、男のマイクは裏に回って外風呂に向かった。
この小屋は大きさに比べてがっしりとした造りで、趣があった。
そして、新品のようになった装備を矯めつ眇めつ脱ぎ風呂場に足を運んだ。
床は不思議な素材で濡れても滑りにくい、浴槽は自然を感じさせる石造りだった。
そして、体を流す場所にあるお湯が出てくる高度な魔道具。
大きさはそれ程でもないがこれほどの設備は王宮にもない。
そんな感想を抱きながら、メイドのアイラに手伝われながら体を洗った。
賢者様の魔法で体の汚れはもうないので、湯をかぶるくらいなのだが自分でやれると言ってもメイドとして譲れないことらしい。
そして、ゆったりと湯に浸かった。
賢者様の言うことはやはり正しかったのだろう。
いままでの緊張状態からようやく解放されて、やっと視野が戻ったような気がした。
まず思い起こすのは、魔の森で散っていった者たち。
私は彼らのためにも最善を成さねばならない。
そして、揺り戻ってくる魔の森での恐怖。
それゆえに今の無事を噛みしめる。
お湯ではない温かい滴がぽろぽろと頬を流れた。
「殿下……」
アイラが心配そうにしている。
「……なんでもない、これはお湯だ」
湯船のお湯を顔にかけて流し落とす。
王女として、皆に心配はかけられない。
「しかし、あの方は本当に賢者様なのでしょうか? ここに定住しているということは確かなようですが、なんというか貫禄がないというか伝承の方にしては若すぎませんか?」
空気を変えるように魔術師のデリアが言った。
それにしても湯殿で見るデリアは同性から言っても目に毒だ。
汗なのかお湯なのかがその色白できめ細かい肌のうなじから豊かな胸元に滴る様子はなまめかしい。
むう、私もいつかはあれくらい……。
……そうではなかった、デリアの問いに答えなければ。
「まず、間違いないだろう。ここに住み、あれほどの力を持つなど賢者様以外考えられまい。たしかに背格好が二十ほどの青年に見えるが……」
「そこは賢者様の秘儀秘術の類ではないでしょうか? 賢者が代替わりしたとか別人の可能性もありますが、そこは聞いてみなければわからないでしょう」
アイラが言う。
そうだな、私もそう考える。頷きながら続ける。
「不躾かもしれないがいろいろと好奇心が疼くな。精霊様のことや黒髪も珍しいし」
「そうですね、あれほどの魔法をたやすく連発しているのは驚愕です。知らない魔法もありましたし、なによりおそらく古文書に極まれに記されている真言詠唱を行っていました。この事態でなければ教えを請いたいですね」
デリアが目を輝かせて言う。
いつもは大人なデリアが子供っぽく見えるので思わず顔が緩んだ。
「ふふふ、なにせ伝説の賢者様だからな。私たちでは及びもつかないほど高みにいらっしゃるのだろう」
私の様子を見て、アイラも気を緩めたようだ。
「殿下も嬉しそうですね。昔からの意中の方に出会えたのですから無理もないですか」
「な、なにを言っているんだ! 私は憧れ尊敬しているのだ! そんなものではない!!」
突然のアイラの言葉に、私は顔が熱くなった。
立ち上がって、大げさに反論してしまった。
アイラはニコニコとデリアはウフフと私を見ていた。
くう、こやつらめ。私は恥ずかしさから涙が出そうになったが、二人を睨みつけるようにして誤魔化した。
こうなるともうどうしようもない、話を変えよう。
「私たちの目的を忘れてはいないな? 賢者様に知恵を貸していただくなり協力していただくなりしてもらわなければファルシウェン王国は滅びかねないのだ」
体を湯に沈めながら言った。
「ええ、殿下。わかっております」
アイラが返す。
さすがに二人とも真剣な顔に戻った。
「しかし、あの方は動いてくれるのでしょうか? ここにいらっしゃるのは俗世から離れるためでしょうし王都まで来ていただくのは難しいかもしれません」
デリアの言うことも分かる。
しかし、賢者様にすがるしか打開はない。
「やるしかない。まずは賢者様と話して、あの方の答えを聞かねば始まらないだろう」
絶対にあきらめない。
人に縋って、願うしかないなんてひどく浅ましいことだ。
だが、私は成さねばならないのだ。
どんな対価を支払ってでも。
「ファルシウェンを滅ばせはしない。絶対にだ」
私は決意を新たにした。
少女の涙は正義
少女の涙目+睨みは至高