7話 賢者の温泉2
一瞬の意識の暗転と浮遊感――
その後にまず目に入ってきたのは、深々と降るまっさらな雪だった。
僕はまだ記憶に新しい北の大陸に、ウェルティナの転移魔法によって舞い戻ってきていた。
さらに言うならば、あのとき保護したドワーフの少女ペトラの故郷。火山を含めた山々に囲まれたドワーフの里の入り口に、僕とウェルティナはやってきたのだった。
踏み出す足の感触と音は、積もっている雪がぱさぱさとした柔らかなものであることを伝えてくる。
長いブーツに履き替えてきて正解だったな……。
「やっぱり積もってるわねー。家の外に人出がないのも無理ないわ」
ウェルティナの言う通り、レンガや石造りの家が建ち並んでいるドワーフの里には雪かきをしているらしいもの以外に人影がなかった。
「ああ、それにこれだけの寒さだ。ドワーフも家に籠っているんだろう」
そこまで言うと、僕は視線を上に向けた。
そして、「ただ――」と続ける。
「煙突からもくもくと煙を吐き出しているのが見えるのは……鍛冶をやっているからだろうな」
魔法に関してドワーフは土属性の適性が特に高い種族だけれど、次点で火属性の適性が高い種族でもある。
窯に薪をくべずとも、高い火力を得られるのだ。
それは鍛冶を主な生業にする彼らにとって、大きな強みだろう。
逆に言えば、そんな特性があったからこそ冶金技術に長じるようになったのかもしれない。
……まあ、魔剣をはじめとする特別なものを作るときはまた別だ。魔獣由来の燃料や錬金術による代物などを用意する必要があるからな。
「しかし、こんな季節にご苦労なことだ……」
ドワーフというのは、暇さえあれば金槌を握っているのだろうか……。
里の近くにある、皇国に所属する領地と細々とした交易はあるらしいが……こんな時期にその関係の仕事があるとは思えなかった。
「家にいればダラダラとしかしない誰かより、よほどマシよ」
考えを巡らせていた僕に、隣から辛辣な言葉を突き立てられた……。
僕の契約精霊はなぜこんなにも刺々しいのか。フィアルテの爪垢を煎じて飲ませてやりたい。……精霊に垢などないのだけれど。
「さて、誰のことだか…………。最初は里長の家に挨拶しておくかな」
ウェルティナの言葉は軽く流して、僕は里の奥にある一回り大きな家を目指して歩き出す。
さすがにその道中で、僕たちは雪かきをしていたドワーフたちに見つかる。
すると彼らは、いずれも大きく手を振って歓迎の意を表してくれた。
だが、彼らが声を上げると……通りにあるほとんどの家屋から一斉に住民の顔が出てきたことには驚かされた……。
…………ウェルティナなんて「ふぁっ!」という叫びを上げて、軽く涙目になっていた。
そんな一幕がありつつも、僕たちは目的の家へとたどり着く。
そしてノックをしようとすると、その前に扉が内側から開けられた。
「おお、外が騒がしいと思ってみれば……! これは賢者様と精霊様、よくぞ来られました! ささ、中に入られるとよろしい」
そこには白髭を豊かに生やしたドワーフがおり、僕たちを迎えたのだ。
彼はこの里の長である老ドワーフ、ぺルド翁。
老いてもドワーフらしいがっしりとした体躯で、顔に深く刻まれた皺は見る者に威厳を与える。
けれど、その顔に笑みを浮かべれば好々爺然とした雰囲気がにじみ出る人物だ。
「ああ、お言葉に甘えさせてもらうよ」
「お邪魔するわ」
多少の厚かましさを自覚しながら、僕はウェルティナと共に家の中へと案内されていった。
***
「ほほう、賢者様は温泉を掘りにきた……と」
ぺルド翁は、僕の目的を聞くとそう言って唸った。
「この里の者で温泉を知っているのは、わしと家内くらいのものかのう……。ここからさらに北のカプリ山の麓などは湯本として賑わっております。一度家内を連れて行ったのが随分と昔のこと……うむ、懐かしいものです」
引きこもり体質が多いドワーフにしては……彼はかなり外へ出た経験があるようだ。
だからこそ、里長となっているのだろう。
「ということは、ここらで温泉が湧いたことはないのね?」
ウェルティナがぺルド老に確認する。
「わしの知るうちにはありませんから、そうなりますかな」
その言葉に、ウェルティナはどうするの……というような視線を僕に向ける。
「まあ、源泉を探るための魔法を適当に考えてみて調べるよ。深く掘れば出る可能性は十二分にあるだろう」
少し、時間はかかるけれど。それは想定の内だ。
「……さすがは、賢者様ですな。既存にない魔法をその場で創りだすことすら造作もないとは……………………いやはや、やはりぜひとも里の者と子を儲けてほしいもの……」
ぺルド爺は感嘆の言葉を口にする……しかし、後半が聞き取れなかった。
…………なぜだか全身に寒気がしたのだが。
「はいはい、それじゃこの話はお終いね。……で、あんたは他に気にしてたことがあったでしょう?」
ほら、あの子の――と、ウェルティナに促されてもう一つの用を思い出す。
「――そうだった。その後、ペトラの様子は……どうだろうか?」
居住まいを正して、僕は問いかけた。
すると、ぺルド翁は笑みを深めてから口を開いた。
「ええ、元気にやっております。先のことの影を引きずっている様子も見られない。……それもすべて、賢者様のおかげですな」
ここに、改めて感謝を――と、ぺルド翁は頭を垂れる。
僕は慌てて、彼に顔を上げるように言うのだった。
そうして、ドワーフの里長との話は締めくくられた。
***
どうぞ、ペトラにも顔を見せてやってください――と見送られて、僕たちはぺルド翁の家を辞した。
「たしか……ペトラの家はあちらだったかな」
まだペトラを魔の森で保護していたときのことだが……彼女の生家は里と両親を探す過程で一度訪れている。
その方向へと足を向けるが……記憶が間違っていないか少し心配だった。
なにせ積もった雪のせいで、どちらを見ても同じように見えてしまうのだ。
しかし結果として、その心配は杞憂に終わった。
なぜかというと――。
「ああ……! ほんとに賢者様だ!!」
良く通る高い声が響いたと思えば……見覚えのある赤毛の少女が、僕たちのもとへと駆け込んできたからだ。
「あらペトラ、久しぶりね」
こんもりと厚着をしている少女――ペトラは駆けてきたせいで額に汗を垂らし、肩で息をしていた。
はあ、はあ――と息をついてから、彼女は輝くような満面の笑みをこちらに向けてくる。
僕はそれと悟らせないように注意深く、彼女の観察を始める。
ぺルド翁の言葉はあれど、直にきちんと確認せねば……。
「お久しぶりです、ウェルティナ様! それに賢者様も!」
そう元気よく答える彼女は、あのときと違って健康的な年相応の肉付きになっていた。その顔にも影はまったく見当たらない。
あの事件のなかで関わりを持った僕と接触することでパニックになる様子もないのだから……彼女はきちんと乗り越えられたのだろう。
……ああ、よかった。彼女はもう、大丈夫そうだ。
人知れず、僕は安堵の思いを抱いた。
「ああ、久しぶり。……元気そうでなによりだ」
僕は、心からの思いを言葉にする。
「はいっ、ウチは元気です!」
僕の心を知ってか知らずか、彼女は無邪気にそう答えた。
うんうんと頷きながら目を閉じ、僕はいろいろな思いを噛みしめていた。
しかし、その間も隣ではこんな会話が続いていたらしい。
「ちょうどいま、あなたの家に行こうとしていたところだったのよ」
「そ、そうだったんですか!? ウチは、お隣さんたちが『賢者様と精霊様がやってきてるよ!』って教えてくれたからご挨拶にきたんですけど……」
「……田舎特有のお隣さん情報網というやつかしら…………。まあ、行き違いにならなくてよかったわ」
「あっ、こんなところで立ち話はあれですから……。どうぞ家に来てください」
「そうね、あたしたちはともかくとしてペトラは寒いわよね。なら、行きましょうか」
「はい……えっ、ウェルティナ様は寒くないんですか?」
「ふふふ、精霊は自然に影響を受けないものよ。憶えておきなさいな」
「へえー、なら賢者様は?」
「あいつはローブはもちろん、身に着けている物はたいてい魔道具なのよ。その恩恵ね」
「えええーー! 魔道具ってとんでもなく高いってウチ聞いたんですけど……」
「そうねぇ、普通なら高いと思うわ」
「普通なら……?」
「自分で作ったものがほとんどだもの、元手はただ同然ね」
「はああ……。やっぱり賢者様ってすごいんですねー」
…………。
……。
ハッ、と僕が気づいたとき……すでにウェルティナとペトラは随分と先を進んでいた。
僕は見失わないよう、急ぎ彼女たちの後を追ったのだった。
ドワーフの里を、もっと掘り下げたかったのです。
読んでくださる皆様に、厚い感謝を。
これからも拙作をよろしくお願いします。




