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停滞の賢者  作者: 楯川けんいち
精霊の増えた日常編
67/76

6話 賢者の温泉1

 風が強く吹きすさぶ、ある日のことだった。

 

 朝食の後のまったりとした雰囲気は、その場にいる一人を除いた誰にとっても、その日がいつもと同じようなものになるだろうと当たり前に思わせるものだった。


 ――しかし、その当たり前は容易く打ち破られた。


 その場で唯一の男が、おもむろに立ち上がる。

 そしてテーブルについている面々に向かって、彼は宣言した。

 

「――――温泉に行こう!!」


 突然の座っている者たちは、一様にポカンと口を開ける。

 そんななか、暗い銀色の髪をもつ精霊は頭痛をこらえるように頭に手を置いて、大きなため息を吐くのだった。

 

 なぜ、彼が唐突にそんなことを思い立ったのか……。


 始まりは三日前だった――――

 

 

 ***

 


 朝、僕は冷たい水で顔を洗うとデッキに出た。

 

「このところは寒いな……」


 そこにある僕が長年気に入っている揺りいす、その背もたれに手を置く。

 すると、その冷たさに思わず言葉がもれた。

 

 この大陸は冬でも温暖だけれど、それは他と比べればの話。

 常日頃から住んでいれば寒いときは寒いし、熱いときは熱い。

 人は適応するものなのだ。

 暑い地域の人間がコートを着込むときでも、寒い地域の人間にしてみれば暑いと言って薄着になるくらいの気温だということもある。逆もまた然り。

 それだけ人の感覚というのは、住む場所に適したものになるのだろう。

 

「だが、おかげでここで寝入るには心地がよくない……」

 

 魔道具で寒さは遮断できるとはいえ、それは寝心地がマイナスにならないというだけのことだ。

 暖かな陽気のなかで自然をいっぱいに感じつつ睡魔に身をゆだねることこそ至上だと、僕は思う。

 

 どうしたものか……。

 

 クレアの修行もひと段落したばかりだし、いっそのこと長期の休暇としてどこかに出かけるのもありかもしれない。

 僕はこの時分、ゆったりと過ごすに最適な場所を頭の中で検討し始めた。

 

 やはり常夏のパーシェ海はどうだろうか。魔道具のパラソルもあるし、砂浜でゴロゴロするのも悪くない……。

 

 だが、そこで僕の思考に雷の如く閃光が走った。

 

「――温泉」

 

 そう、温泉だ。

 寒いなかで――なんなら雪が降っていてもいい――露天のごつごつとした湯船の温泉に浸かりながら一献傾ける。

 

 これだ……!

 

 だが、そこでまた問題が挙がった。

 

「…………良い場所に心当たりがないな」

 

 ゆっくりと、それこそ貸し切りのように入れる寒い地域の温泉は僕の知り得るところになかった。

 それでも僕は、諦めようとは思わなかった。頭に思い描いてしまった甘美な光景を実現するためには、多少の労力を厭うつもりはもはやなかったのだ。

 だから、逆転の発想をする他にない。

 

「ないならば、そう――――掘ってしまおうじゃないか」

 

 温泉を――と言った僕の顔は、知らずにやけていた。

 

 だが、どこがいいだろう……。

 

 今度は温泉がでるだろう場所を考え始めると、僕の脳裏に先日の北の大陸で見た火山帯がよぎった。

 

「決まりかな……」


 ちょうどいいから、ドワーフの里によってペトラの様子も確認しておこう。

 

「さて、善は急げだ」


 僕は家へと身を翻して、準備を始めた。

 

 

 その後、僕はクレアにしばらくの暇を告げて、ウェルティナを供に家を飛び出したのだった。

 

 

 ***

 

 

 実のところ、ウェルティナは賢者の呟きの一部始終を余さず聞いていた。

 

 玄関から家に姿を消した賢者の影を見やりながら、彼女はやれやれと頭を振る。

 

「善じゃない、断じて善じゃないわよ……! あいつ私欲に走りまくってるわ」

 

 呆れているのか憤慨しているのか、判別の難しい様子のウェルティナだった。

 そんな雰囲気を霧散させたのちに、「まあ、でも――」と彼女は続ける。

 

「たまにくらいなら、いいかもね……」


 そう言って彼女は微笑んだ。

 しかし、次の瞬間にはため息を吐く。

 

「……というか毎度のことだけれど。……あの行動力はまともな方向に発揮できないのかしらね…………」


 まったく――と独り言ちた彼女はしかし、その口元は(ほころ)んでいた。

 

 

 

 

 

この話、書こうか迷ってたんです。

……でも書いてしまったから、仕方ない。


これからも拙作をよろしくお願いします。

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