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停滞の賢者  作者: 楯川けんいち
精霊の増えた日常編
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5話 賢者の褒誉

「……これが、君の答えかい? クレア」


 僕の前には、跳ねた水の一滴すら見事に凍り付いた滝と川の威容があった。

 

「はい、師匠」


 流れる水特有のゆらりきらりとしたものではなく、今ばかりはキラリと冷たく光を反射している滝を眺める僕の隣に立ち、こちらを伺っているのは我が弟子であるクレア。

 彼女はフィアルテを肩に乗せ、挑むような様子で僕を見つめていた。

 

「私自身の力とは、私だけの力ではない。それが、私たち(・・)の答えです」


 それがなによりも正しいことだと、彼女の瞳は言葉より雄弁に僕へと語りかけていた。

 しかし視線を下げるとそこには……司祭服の裾を強く握りしめて震える、彼女の両手があった。

 

 言い渡された修行の解釈を、自分は捻じ曲げたのではないか……。

 そんな彼女の不安が、ひしひしと感じられる様子だった。

 

「……クレア」


 彼女を呼びながら、僕は手を持ちあげる。

 その挙動にビクッと肩を跳ね上げた彼女は、ギュッと目を閉じた。

 

 すると、差し出されるように傾けられた彼女の(まばゆ)い金色の頭に――――

 ――――ゆっくりと、僕は手を置いた。

 

 そして撫でた。

 

 撫でて、撫でて、撫でた。

 

「――し、師匠っ!? そんな擦られると、頭、頭が熱いですっ!」


 擦ってるんじゃない、撫でているんだ……!

 

「いい加減にしなさい! このアホ師匠が!!」


「ぐふぁっ!」


 横合いから飛び出してきたウェルティナの膝が、僕の横面にめり込んだ。


 すぐさま報復の手を伸ばすも、ウェルティナはすでに僕から距離を取っていた。

 

「いきなりなんだっていうんだ、ウェルティナ……! 師匠が弟子を褒めるのは師弟においてなによりも大切なことなんだぞ!」


「だったらまずは言葉で褒めなさいよ! ……このところのあんたは修行が気がかりで、クレアが心配で仕方なかったのは知ってるし気持ちも分かるけどね! いきなり乙女の髪を蹂躙するなんてケダモノの所業でしかないわ!!」


 ぼ、僕がケダモノ、だと……。

 自らを紳士と称するまでではないが……僕ほど理性的な人間はそういないと思っているのだが……。

 

「ねえクレア、あなたもそう思うでしょう?」


 ウェルティナがクレアに確認するように問うと、クレアはいつの間にか赤くしていた顔を隠すように俯かせて、小さな声で答えた。


「……や、やさしくしていただけると…………そ、その、もっと、うれしい、かも……しれませんっ……」


 言い終えると、彼女はなぜか耳まで真っ赤に染めるのだった。

 

「……ああ……クレアも毒され始めたわね…………」


 口の中で何かぼそりと言ったウェルティナは、僕の顔に呆れたような目を向けてきた。

 なぜだろう……。

 

 まあ、ケダモノ疑惑はうやむやにできそうだ。

 

「……それで賢者。クレアは合格?」


 頭から煙を上げている様子を幻視できるくらいに赤くなって動きを停めているクレアを余所に、フィアルテが事の核心を僕に訊ねる。

 もう今までのやりとりで分かっているだろうけれど、フィアルテははっきりとした言葉がほしいようだ。


「もちろん。見事、君たち(・・)はこの修行を達成した」


 だから僕はそう言って、クレアとフィアルテに微笑んだ。

 

 そして、大音量の濁音を響かせることなく停止している滝を見ながら、今回の修行の趣旨を二人に語った。

 

 


 クレアはどうにも、自己とフィアルテとを分けて考えすぎていた。

 契約を交わした両者は、もう一つの存在と言っても過言ではないというのに。

 

 たしかに自己の研鑽も大切なことだ。

 けれど、クレアには契約した精霊――フィアルテがいる。

 

 クレアがフィアルテを可愛がるのも、守ろうとするのも間違ってはいない。

 けれど以前から言っているように、精霊というのは人とは次元の違う魔術師・魔法使いだ。

 

 クレアにできないことでも、フィアルテなら容易くできる。

 しかしフィアルテだって、できないことはある。まだ彼女は幼いから、特に。

 

 

 

「だから君たちは、互いに助け合って、補い合っていいんだ」

 

 そう言って、僕は話を締めた。

 

「はい……師匠!」


「……わかった、頑張る」


 契約を結んでいる二人は、同じように瞳を輝かせた。

 前途有望な若者特有の眩しさが、そこにはあった。

 

 そう、僕だって昔は――。

 

「――昔は僕も、特に戦闘に関してはウェルティナに頼ってばかりだったな……」


 僕が在りし日を思い出して呟くと、それを耳ざとく拾ったウェルティナがニマリと笑って言う。

 

「そうよねー。昔のあんたはあたしがいなかったら……」


 そしてウェルティナは僕の肩に乗ってきて、得意げに話し始めようとする。


 しかし僕はどうにも不愉快な気分になったので……反撃を開始した。

 というか彼女は先ほど僕を膝蹴りしたことを、もう忘れたのだろうか……。


「昔のウェルティナは本当に素直で可愛かったなぁ。僕を足蹴にするどころか、僕の言葉を疑うことはなかったし。それに血を見るだけでピーピー泣いたり。あとは『ちゃんと見ててね』が口癖で見てないと拗ね、あいたたたた!!」

 

「なに、いいだしてるのよ……!!」


 白磁の肌を珍しく朱に染めたウェルティナが、ぎりぎりと耳を抓っていた。

 

「いたいいたい!」


「なら、この話は終わり。いいわね……?」


「ああ、わかったから手を放せ……!」


 必死に頷くて、ようやく解放される。

 

 はあ――。

 

「まったく、なんでこんな乱暴な性格になってしまったのか……」


 僕がそう零すと、


「……あんたのせいよ、あんたの」


 ウェルティナはプイッとそっぽを向いてしまった。

 しかしそんなウェルティナに、クレアは言う。


「でもウェルティナ、私も師匠とウェルティナの昔話には興味があるのだが……」


 そんなクレアの言葉に、フィアルテも隣でうんうんと頷いていた。

 

「うっ。…………それは、いつかそのうちに、ね」


 チラリと僕とアイコンタクトを交わしてから、ウェルティナは歯切れ悪くクレアに返した。

 ……ああ、そのうちに、だな。

 

「……はい。でも、楽しみにしてますからね!」


 しかし、目の前の凍結した滝よりもなお青く美しい瞳を輝かせて、クレアは満面の笑みを見せるのだった。



 ***



 家に帰ると、今日は留守番をしながら仕事をしていたメイドが不貞腐れるという事態が起こった。

 なんでも、修行を達成したクレアの雄姿を目に焼き付けたかったとか……。

 

「また、クレアとフィアルテにやってもらえばいいじゃないか」


 ……しかしこの僕の一言は、アイラというメイドの怒りに触れてしまったらしい。

 

「なにを言っているのですか、賢者様……! 苦難を乗り越えたその瞬間の殿下でなくては意味がないのですよ! まったく、なにもわかってませんね!!」


 ……あ、これ面倒くさいやつだ。

 

「ああ、なぜ今日に限って……」

「メイドの矜持が……」

「安易な選択をした今朝の私が憎い……!」


 流されるように付き合うこと十分以上……さすがに、この面倒くさいメイドの主人であるクレアに助けを求めた。

 だが……そのクレアすら困り顔になっているんだが、いいのかアイラよ……。

 メイドの矜持ってなんなんだ……。


「アイラ。私が修行をやり遂げたのだから、祝ってはくれないのか?」


「いえ、殿下! もちろん心からお祝い申し上げております!!」


 クレアの言葉に、アイラは即答した。

 

「なら今晩の夕食に、とびきり美味しいものを私に食べさせてくれないか?」


 邪気のない笑顔でクレアが頼むと、アイラは感極まったように震える。


 この主従は、ほんと見てて飽きないな――と、僕は心底に思った。

 しかし、僕の隣にいたウェルティナが「あんたら師弟もね……」と零していたことには気づけなかった。

 

「はい、殿下! ご夕食は、この身命をかけて作らせていただきます……!!」


 アイラは異様に固い決意をもって立ち上がった。

 そして今にも厨房に駆け込みそうなアイラだったが……どうにか全員で宥めて座らせた。

 まだ夕食の支度をするには早すぎる。

 

「……なら、本日の様子を詳しく教えてくれませんか?」

 

 しかし不満げに頬を膨らませたアイラの言葉によって、改めて今日のことを話すことになるのだった。

 

 

 

 そこで僕は、クレアに言い忘れていたことを思いだした。

 

「そうだ、クレア。勘違いしているかもしれないが……、君はすでに最上位の魔術師といっていいレベルに達しつつある」


 すると、クレアは口をあんぐりと開けることしばし……。


「ええっ!? ですが私が師匠に師事してから、まだ半年くらいですよ……!」


 ようやく、反応が返ってくるのだった。


「ああ、しかし事実だ。現に、一瞬で流されたとは言え、あの滝の三分の一ほどまでは独力で凍らせていたじゃないか。あの巨大な氷塊を、流れる川の水から瞬時に作りだせる水属性の魔法なんて……それこそファルシウェン王国ほどの国であっても、片手で数えられるくらいしか使える者はいないだろう」


 そこで言葉を区切り、クレアと目を真正面から合わせる。


「だから、君自身の力量に関して……卑下することなどなにもない」


 むしろ、胸を張っていいんだ――と、僕は彼女に諭した。

 

 その言葉に、クレアは端正な顔をくしゃりと歪める。

 

 そうして彼女は、おもむろに顔を俯けると――――。

 

 ――――静かに震えながら、熱い涙を流すのだった……。


 そんな彼女の頭に、僕は努めてやさしく手を置いた。





これからも、拙作をよろしくお願いします。

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