24話 賢者の帰宅
僕とウェルティナは無事、魔の森に帰還した。
空が夕暮れに染まり始めた頃。
僕たちはが家のまえに転移するや否や、それを感知したらしいベーチェルとクレアが家から飛び出してきた。
「師匠、おかえりなさい!」
「おかえりー、賢者」
そう言って迎えてくれた。
クレアたちが来てからというもの、家に帰ると心が温まる。
僕は家にいることが好きだけれど、少し前までの帰るとシンとしていた家は、今となっては寂しいものだったように思う。
クレアの笑顔と共に言われる「おかえり」は、とても温かいのだ。
「ただいま」
クレアの頭に手を伸ばし、ポンポンと撫でる。
一度そうしてから、なぜか定着した帰りのあいさつ。
そしてこれを忘れると、ひどいことになる。
クレアはシュンとする。
そしてそれを見たアイラは、じっとりとした視線を僕に突きさすのだ。
「ただいま、クレア、ベーチェル! そっちは何事もなかった?」
「うん、とくに問題はなかったよー。あっ、一人は起きた子がいるんだ」
へえ、陽が完全に沈むくらいまでは全員眠っていると思ってたんだが……。
「そうなんです、師匠。ペトラ、あっドワーフの女の子の名前なんですが、彼女が起きました。今は、食堂でゆっくりしてもらっています」
そうか、ドワーフ少女か。
一般的には、ドワーフは人間よりも魔法の耐性が高いからな。
そのために一人だけ早く起きてしまったのだろう。
「そうか。お疲れさま、クレア。フィアルテのほうはどうだい?」
僕としてはそっちが気になる。
あの部屋にあった魔法陣について、彼女がなにか憶えていないかどうか……。
彼女にとっては辛い記憶だろうことを思い出させるのも忍びないので、それほど焦ってはいないけれど。
僕の問いかけに、クレアは首を横に振ると答えた。
「……まだ、眠っています。もしかしたら目を覚ますのは明日になるかもしれません」
契約を交わしたクレアの推測ならば、おそらく正しいだろう。
僕は頷いた。
さて、ドワーフ少女――名はペトラだったか――と話すこともあるし。
「ここで立ち話しても仕方ない。食堂に行こう」
「はい!」
***
食堂に移動するなか、ドワーフの子がなぜあの場に囚われていたのかをクレアから聞く。
なるほど……。
ドワーフの里は閉鎖的すぎて、子供の警戒心を育てるのは難しいのかもしれないな。
僕が食堂に着くと、そこにはあの赤毛のドワーフの少女が身を固くして座っていた。
いつもの端の席に座り、彼女に話しかける。
「えっと、君がペトラでいいかい?」
カックンと頷きが返ってくる。
「あー、話は聞いているかもしれないが……今回、君たちを保護したのは僕だ。名前は、名乗れないのだけれど……」
僕の言葉が尻すぼみになると、初めて彼女の声が放たれる。
そして、彼女の方からその続きを言ってくれた。
「は、はい。あなたが、あの賢者様だと。ウチは、ドワーフのペトラっていいます。……その、ほんとうにありがとうございました!」
そう言って、深く頭を下げる。
お礼は嬉しいのだけれど、あのってなんだい。あのって……。
……北の大陸でやらかしたことは、ないはずなんだけどなぁ。
人の話っていうのは、なんでこう……伝わらなくていいものほど伝わりやすいのか。
そしてなぜ、伝わらなくてはならないものほど、伝わらないのか。
「……なに、君たちを助けたのは僕の目的のついでだ。それほど気に背負わなくていいさ」
目の前にある赤色の頭をグシグシと撫でて、顔を上げさせる。
僕は早速、本題を彼女に投げかけた。
「君は、里に帰りたいかい?」
「……! はい!!」
彼女はジワっと涙を染み出させると、大きく返事をした。
そのまま目をウルウルとさせて、僕を見る。
僕は安心させるように笑って、ペトラの目を見つめた。
「大丈夫。もうドワーフの里は見つけているし、実は君のお父さんとお母さんにもさっき会ってきたんだ。すぐにでも帰れるよ」
それにご両親はとても心配していたよ――と、僕は言った。
彼女は、声を上げて泣き出してしまう。
しかしその涙が、喜びからのものであることは明らかだった。
「よかったわね、ペトラ」
ウェルティナが言うと、ペトラはぐずぐずと泣きながらも返事をしようとした。
「っ、ひっく、っふぁ、ばい……ぼんどうに、っぐ、よがっだ、っですぅ」
……なんでこんな頑張るのだろう。
そう思うぐらい、息もつまらせながら彼女は答えていた。
……あー、そういえばドワーフやエルフといった種族は精霊信仰があるのだ。
僕は古い記憶を引っ張り出し、昔会ったドワーフの者たちを思い浮かべると理由を悟った。
精霊信仰。
その根底にあるのは、自分たちの祖は精霊である、という教え。
ドワーフなら土の精霊、エルフなら風の精霊が祖であると云われている。
本当のところは不明だ。
しかし、彼らの魔法の属性に対する適性が、種族全体で偏っていることは確かである。
ちなみに、人間の適性は個人でバラバラ、多少の遺伝要素がある程度だ。
まあ、そういった信仰があるものだから彼らしてみると……。
精霊は偉大な祖であり、不可侵なもの。
そういった、特別な存在なのだ。
「うんうん……よかったな。ペトラ」
いつの間にか、クレアがペトラの背をゆっくりとさすっていた。
ペトラは嗚咽を漏らしながら、クレアの胸に抱き着く。
そうしてしばらくの間、少女の涙は流れ続けていた。
これからも拙作をよろしくお願いします。




