23話 弟子の哀感、賢者の気配
クレア視点です。
魔法陣が輝き、師匠とウェルティナは転移していった。
もう、私の前にはそこらにありふれた草木しかない。
しかし、私はその場を動くことができなかった。
――再び彼の地に赴く師匠の背に、言外の拒絶を感じとってしまったから。
師匠の静かな言動の影には、確かにそうした雰囲気があった。
やはり私は、師匠のお荷物になってしまったのだろうか……。
そう感じずには、いられなかった。
そして、たぶん師匠は、私のためを思って拒絶しているのだろうこともわかってしまった。
具体的な理由はわからないけれど……。
転移の間際、師匠が私に向けた笑顔は、そういうことなのだと思う。
……私は、非力だ。
だからこそ、師匠のもとで研鑽に励んでいる。
だが、今はそのことが、とても悲しくて恨めしかった。
「何してるのー、クレア」
いつの間にか、ベーチェルが目の前に浮かんでいた。
「……ううん、なんでもない。家に戻ろう」
そうだ、ここで嘆いていても仕方ない。
たとえ師匠がそばにいなくても……いや、いないからこそ私は、私が為すべきことをしなければならない。
こちらのことを、私――とアイラ――は師匠に、頼まれたのだから。
***
「彼らの食事の方はお任せください、殿下!」
師匠の家に戻ると、アイラはさっそく大鍋で料理を作り始めた。
今も眠っている子供たちが起きたときに、振る舞うためのものだ。
「ならー、ぼくはあの子たちを見てくるよ。もうしばらくはー、起きなさそうだけどね」
「……静かにするのだぞ、ベーチェル」
「はははー、もちろんだよー」
ベーチェルは、師匠が作った隣の建築物に飛んで行った。
……そこはかとなく不安だが、大丈夫だろうか。
そして、私は一度部屋に行き、フィアルテの様子を確認した。
小さな体躯を艶やかな露草色の髪が包んで静かに眠る様は、物語の本にある挿絵よりもずっと神秘的で幻想的な光景だ。
そんな精霊と、私は契約を交わしたのだ――と、今更ながらに感慨に浸る。
今も感じる胸の奥の温かみが、そんな思いを強くした。
精霊との契約なんて、夢物語のひとつと言っても過言ではない。
それぐらいの奇跡だ。
しかし、フィアルテがいることでこれから色々なことが起こるかもしれない。
……というか、ファルシウェンに帰れば絶対にひと悶着あるだろう。
でも、私はこの出会いと奇跡に感謝しているのだ。
それに、フィアルテと一緒ならどんな困難だって乗り越えられるだろう。
…………師匠に言い渡される、修行以外は……。
あれ……なんだか視界がにじんで……。
……うう。
…………ううう。
……だいじょうぶ……ふぃあるてといっしょならのりこえられるのだ。
…………きっと、たぶん。
はっ!
……私はどうしていたのだ?
なぜか、ベッドのシーツに水滴が垂れたような跡がある……。
まあそんなことはさておき、ベーチェルも心配であるし私も子供たちの方を覗いてみよう。
それに、フィアルテと私の間には確かな繋がりがある。
もし私が離れている間に彼女が起きたとしても、すぐにわかるだろう。
そうしたら、私はすぐに駆け付けるからな……フィアルテ。
しばしフィアルテを眺めた後、私も子供たちの様子を見に行った。
***
「あ、クレアー。来てみてー、一人起きたみたいだよ」
明かりが抑えられた薄暗い建物のなかに入ると、ベーチェルがそう言って手招きしてきた。
だから静かにって…………起きたのか!?
たしかに、ベーチェルの目の前の布団では上半身を起こしている様子の人影が見えた。
近づいてみると、それは例のドワーフの少女だった。
なぜだか、ベーチェルを見て身をカチコチに固めている。
「なにかしたのか、ベーチェル? 彼女が固まっているようなのだが……」
「なにもしてないってー……! ぼくが話しかけたらこうなったんだよー」
……ふむ、と私は思案しようとした。
しかしそのとき、その少女が私をジッと見ていることに気付いた。
「ああ、すまない。私はクレア、こっちの精霊はベーチェル。あなたたちは私たちが保護させてもらった、もう安心するといい。あとは……体に何かおかしなところはないか?」
私はそう話しかけると、彼女もゆったりと言葉を返してくれる。
「えっ、はい。……ウチはない、です。ありがとうございます。……あの、ここはどこですか? それに、ウチたちを助けてくれたのは男の魔法使い様だったと思うんですけど、あの人は?」
赤毛を揺らして、彼女は左右を見まわした。
その様子はなんだかそわそわとしていて、顔も赤くなっている気がする……。
……それを見て、なんだか私は嫌な気分になった。
いやいや、彼女はただ恩人の姿を探しているだけ、そうに違いない……。
私は頭を振って、そんな気分を散らした。
「ここはあなたたちのいた大陸から見て、南の大陸。そこにある魔の森なのだ。魔の森に住まう賢者様のお話しは知っているだろうか?」
私の問いかけに、ドワーフの少女はコクリと頷いた。
「知っているなら話は早い。そう、あなたたちを助けたのはその賢者様なのだ。そして、私の師匠でもある」
「っ――――!!」
彼女が驚愕に叫びそうになったので、私は彼女の口を慌てて抑えた。
シーっとジェスチャーすると、彼女も周りに眠っている人がいることを思い出したのか何回も頷いた。
それを見て、私は手を離す。
そのとき、少女から「くうぅー」と音がした。
すると彼女は顔を真っ赤にして、慌ててお腹を押さえる。
「ああー、やっぱりおなかがへってるみたいだね」
「……そうだな、立って歩けるか?」
私の問いかけに対して、少女はゆっくりと立つことで答えた。
なら、食堂で食事をとりながら話そう。
「この隣の建物でいま食事を作っている。ここではあまり大きな声で話せないし、そちらに行こうか」
***
少女は、無心に食べていた。
その様子は、師匠と初めて会った日の私が重なるようだった。
……やはり、ここの食事は魔性なのだ。
うむうむと、私は再認識した。
彼女が食べているものはアイラの調理したものだが、そもそも食材のレベルがおかしいのだ。
おそらく、彼女の飢えを無視しても、いま彼女はその人生において最高の美味しさを感じているだろう。
「うわー、食べるねー」
ベーチェルの感嘆の声も、彼女には聞こえていないようだ。
「おかわりはいかがですか?」
「はいっ、いただきますっ!」
しかし、アイラのおかわりを勧める声には、即答した。
その微笑ましさに、思わず笑いがこぼれる。
――――しばらくして。
二回のおかわりを完食すると、少女は幸せ気な顔でひとごこちついた。
「はああぁー、おいしかったー! こんなおいしいの、ウチ食べたの初めて……」
「それはよかった」
アイラがお茶を淹れ始めたので、それを待ってから私は彼女に話しかけた。
「まず、あなたの名前を教えてくれないか?」
すると、彼女はまだ名乗っていなかったことに気づいたようだった。
姿勢を慌てて正すと、早口で話し出す。
「ウ、ウチはドワーフのペトラっていいます」
小さな膝の上に、これまた小さな両手を握って乗せて、緊張した様子を見せる。
「もっと肩の力を抜いていいし、敬語もいらないぞ」
そう言うと、彼女は目を開いて驚いた。
「えっ、でもクレア様はあの賢者様のお弟子なんじゃ」
弟子と言われても、至らないばかりの弟子なのだ……。
「様付けもいらない。それに師匠だってそこまで言葉遣いにこだわる人じゃないのだ」
そう言って笑いかけると、ようやく彼女も緊張を解いた。
「わかったよ、クレア」
そのまま他愛のない言葉を二三交わしてから、私は本題をふった。
「それで、話づらければ話さなくてもよいのだが……捕まっていたなかで、ドワーフはペトラ一人だけだった。それにドワーフの性質をみても、ペトラがあそこにいたのは不思議なのだ。……どうして、あそこにいたのだ?」
そう切り込むと、彼女はしばらく逡巡してから答えた。
「……ウチが里の外に勝手に出たの」
そう言うと、彼女は俯いてしまう。
「……そのまま遠くまで道を歩いていたら……馬車が通りかかって、食べ物あげるって言われて……馬車に入ったら……いつの間にか捕まってた……」
……彼女の警戒心の無さもあれだが。
「それは誘拐ではないか……!?」
「……ひどいことをします」
アイラと共に憤慨する。
なんていう奴らだろう。
こんな子供を拐かすなど……許しがたいことだ。
「ウチ、帰れるかな……」
ペトラは、小さく呟く。
その声音には不安が色濃くあった。
「大丈夫だ! 師匠なら、ドワーフの里もすぐに探し出してくれる……だから、安心して待っているのだ」
なんでも師匠頼みなのは、とても心苦しいが……。
私が言い切ると、ペトラも安心したように息を吐いた。
そこで一端話を区切り、皆でお茶を楽しむ。
「賢者様かぁ……」
吐息に乗せるように、突然にペトラがそう言った。
「ペトラー、何か賢者に気になることでもあるの?」
ベーチェルが聞くと、彼女はとてもあたふたとした。
「せ、精霊様! いえ、気になるというか、その……」
「ぼくもベーチェルでいいってー」
「いえ、精霊様を呼び捨てになんてできません!!」
さっきから気付いていたのだが……どうもペトラは精霊にとても敬意を払っている。
確かに精霊は神秘的な存在だけれど、それだけではないような態度だ……。
「もしかしてドワーフの方たちは精霊様を信仰してらっしゃるのですか?」
アイラがペトラにそう質問した。
「うん。ドワーフでは土の精霊様を筆頭に、精霊様を崇めてるの」
ああ、なるほど。
それでは寝起きにベーチェルを見て固まるわけだ。
「ええー、そんなの別にいいってー。かたっくるしいよ」
……まあ、その対象はこんな感じなのだが。
「それで、師匠がどうしたのだ?」
私はズレた話を戻した。
するとペトラは、一度ベーチェルを見てから私の方を向いた。
そして――。
「あっ、そうだったね。うーん……まず始めに言うと、ウチたちドワーフは精霊様の気配に敏感なの。それで賢者様は……あのときはわからなかったけどね…………今思えば、なんだかとっても精霊様に近い気配がした気がする」
そんなことを、言った。
これからも拙作をよろしくお願いします。




