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停滞の賢者  作者: 楯川けんいち
病患の王国編
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4話 賢者と王女の遭遇

 視界の暗転と一瞬の浮遊感の後にまず見たのは、目の前で巨体に見合った大きな頭を振りかぶるアレこと、エンシェントグラウンドドラゴンだった。

 

 

 ***

 

 昔、我が家に突進してきたエンシェントグラウンドドラゴンがいた。

 僕は面倒くさいから無視していた。奴の攻撃で僕が張った障壁は破れないし、障壁を飛び越えるような特殊な攻撃法も持っていないからだ。

 

 結果としてそれは間違いだった。

 

 どうしたって障壁を越えられなかった奴は、その巨体で飛び跳ねるように暴れたのだ。

 

 障壁は家から半径五百メートルは離れているといっても、数百トンはある巨体が跳ねればもう波打つように地面がたわんだ。

 

 いろいろなものが棚から落ちる。

 お気に入りのカップ、グラス。

 愛する僕の蔵書の数々。

 

 ダメ押しは地割れというか断層。

 家が傾いた。

 

 ぐわんぐわんと揺れる傾いた家の中で、僕は割れたカップと大きく表紙が折れ曲がった本を見ていた。

 

 僕の魔力は弾けた。

 

 

 我に返ると、数百メートルほど切り開かれ焦げついた森の中で何かの灰が舞っていた。

 多少の爽やかさとやるせない虚しさが揺蕩(たゆた)うなか、僕は空を見上げておぼろ月を眺めた。

 

 それから数か月かけて魔法で森を修復し、割れた地面を均し、家を建て直した。

 

 このことから、僕はエンシェントグラウンドドラゴンを第一種警戒対象としている。

 

 

 ***

 

 

 とりあえず、僕の前に六角形の障壁を張った。

 

 その大きさは小さい、しかし小さくとも強度さえあればどんな大きさ重さのものでも受け止められる。

 障壁は戦士の持つ盾とは違うのだ。

 

 こんなことをしなくとも自動発動の全方位障壁も常駐しているのだが、極力は魔力を節約する昔の癖が抜けない。

 

 奴の頭と障壁がぶつかり、止まる。

 

 普通はあんなぶつかり方したら頭が陥没するんだけど、奴は嫌になるほど頑丈だ。

 

 しかし、衝撃は通ったようで悲痛そうな鳴き声を上げながらのけぞった。

 まあ、人で言うと金槌に頭を思い切りぶつけたようなものだからね。

 

 ちらりと後ろを見やる。

 薄汚れた、性別も年齢もバラバラな四人組がぽけーっとこちらを見ていた。

 

 面倒事は後回しにしよう。

 今は奴をどうにかする。

 

「さあて、ウェルティナ。どうしようかあいつは? 迷惑だが個体数が少ないのも事実。あまり殺したくはないんだが」

 

「かけらも残さず焼き尽くしたことのあるやつの言うことじゃないわよ……」


 目を半目にジトッと様子でウェルティナが僕を見る。


「やっぱり適度に痛めつけて近づかないように教え込もうか」


 僕は強引に受け流した。


「まあ、いいわ。でもそうね、休眠明けで本能的に向かってきているんだろうしね。力の差を刻んでやれば近づかないんじゃないかしら」


 ドラゴン系は大抵、休眠期と活動期がある。

 休眠期明け直後は、空腹なのか魔力が不活性ぎみなのか、本能的に魔力の濃い場所に向かっていく。

 この場合、僕の家近辺だ。

 

 はた迷惑ではあるけど、向かってくるたびに殲滅していたらまず絶滅してしまうだろう。

 

 だから奴らのために、面倒だけど強さでもって一蹴する。

 

 あそこは危険だと、よほどアホな個体以外は死なないために本能に刻んでくれる。

 

 人が近づくとセミが逃げる習性を獲得するようにね。

 

「じゃ、やりますか」


「≪衝撃(しょうげき)≫」


 僕はエンシェントグラウンドドラゴンに向けて魔法を放った。

 すると、見えない何かに衝突するように巨体が吹き飛んだ。

 衝撃の魔法は文字通り力を対象に加える魔法であり、シンプルかつ手軽で融通が利く。

 

 着地すると、大きな土煙を巻き上げ地面が揺れた。

 

 追い立てるように魔法を放つ。

 殺さないように、大きな怪我にならないように。

 

「≪衝撃≫、≪衝撃≫、≪衝撃≫」


 倒れた上から叩きつけるように連打する。

 

 奴が何が起きているのかわからない混乱のままに、何もさせない。

 

「≪旋風(せんぷう)≫、≪鎌鼬(かまいたち)≫」


 視界を奪い、体中を浅く切り刻む。

 

 しかし、奴は吠えて闇雲にブレスを放とうとする。

 

 エンシェントグラウンドドラゴンのブレスは万物を石化させる。

 

 僕は当たっても問題ないが、今回は他の者たちもいる。

 

「≪衝撃≫、≪衝撃≫」


 わざわざ、こっちが手加減しているのに全く面倒くさい。

 口を閉ざさせて、さらにひっくり返すように吹き飛ばす。

 

 また起こる土煙と地揺れ。

 

 そして、奴はもう動かなかった。

 

 気絶したようだ。

 

「…………なんてことだ」


 後ろから声が聞こえたが、気にせず気絶したエンシェントグラウンドドラゴンに近づく。

 

 奴の目の前に立ってから魔法を使う。

 

「≪氷水(ひょうすい)≫、≪衝撃≫」


 大量の冷水をぶっかけ、たたき起こす。

 起きた奴は、こちらを睨んだ。

 

「≪伝心≫」

『お前には、二つの選択肢がある。二度と泉に近づかないか、ここで肉の塊になるか。どっちを選ぶ?』


 直接意識に言葉を投げかける魔法を使って奴に問いかける。

 言葉を持たないもの相手でも意志は伝わる。

 

 酷薄(こくはく)な笑みを浮かべながら、魔力で圧すると奴は尻尾を丸めて泉と反対方向に逃げていった。

 

「ふう、終わった」


「相変わらず、容赦(ようしゃ)無いわね」


 ウェルティナが笑う。


「でも、大変なのはこれからよ」


 振り返りたくない僕の耳を引っ張る。


「……忘れてしまいたかったのに」


「往生際が悪いわよ、ほら」


 分かったから、耳を引っ張るな。

 

 僕は体の向きを変えながらため息をついた。


やっぱりエンシェントグラウンドドラゴンって語呂がわるい…

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