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停滞の賢者  作者: 楯川けんいち
囚われの精霊編
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18話 賢者の整理

 さて、僕は当初の目的である、精霊の救出は達成した。

 ……達成した結果は、思わぬものにはなったが。

 

 そして、ここから始まるのは後片付けだ。

 

 陳腐に聞こえるかもしれないが……。

 後片付けは、とても大切だ。

 何かをした後、これからも心地よく過ごすためには必ず行わなければならない。

 

 遊んだ後でも、勉学をした後でも、料理をした後でも……。

 ――何かを為した後には、後片付けが必要だ。

 

 そうしないと、そのうち困ることになるのは自分なのだから。



 ***



 水の精霊フィアルテを閉じ込めていた部屋。

 

 あの部屋は壁や床、天井に至るまで、魔法陣が隙間なく書かれていた。

 隣の部屋から中を覗ける嵌め殺しの窓があり、無論そのガラスにも魔法陣の一部が書かれていた。

 

 僕は、あの魔法陣によく似たものを知っている。

 正確に言えば似ているではなく、基になっているものを、だ。

 その魔法陣は、もしかしなくてもクレアだって知っているはずだ。


 あの魔法陣は、ある魔術をアレンジしたもの。

 その魔術はありふれたというか、知る人は知っているものだ。


 それは、音を反射する魔術。

 完璧に反射するわけではないが、魔力を流し込むと一定時間効果を発揮し続ける。


 その魔術を引き起こす魔法陣は、遮音目的で様々な場所に設置されている。

 特に、コンサートホールにはおおよそ施されているものだ。

 そのため魔術に疎い人間でも、上流階級にいる者なら大抵は目にしたことがあるだろう。

 まあ、コンサートホールなどに書かれる魔法陣はできるだけ目立たないように塗料の色を周りに合わせたり、術式自体も発動時の光を抑えるよう加筆されていたりするが……。


 あの部屋の魔法陣は、それを改変してある。


 音ではなく、魔力を反射するように。


 なるほど、効率的とは言い難いがよくできた魔術だ。

 二刻ほどしか保たない魔術だが、常に起動させ続ければ確かに精霊を捕らえることができるだろう。


 そして問題なのは、この魔法陣を書くには高い技術がいるということだ。

 

 部屋全体に魔法陣を施すこと、そしてその効果を十全に発揮させることはかなりの難度を有する。

 まず間違いなく、僕の前に現れた深緑ローブの魔術師には不可能だろう。

 

 それほどの高い技量を持つ魔術師が関与しているのは確実だ。

 

 またアレンジのためか、魔法陣に使われている塗料とそこに混ぜられた触媒はとても高価なものを用いていることが見て取れた。

 そこらの資産家が、全財産を叩いて揃えられるかどうかだろう。

 

 人と、金。

 それを併せ持つ存在が、今回の件には関わっているはずだ。

 

 

 ***

 

 

 まず僕は北の大陸に戻ると、あの小屋と地下室にいた者たちとお話し(・・・)をした。

 

 一応、物騒なことはなにもしていない。

 ただ、思考が口から垂れ流しになる魔法や、嘘をつくと必ず舌を噛む魔法をかけただけだ。

 

 叫んでいる途中で舌を噛むのは、とても痛いと思うけれど……。

 

 ……頭から直接記憶を抜くことこともできるが……下衆な輩の思考を追体験するのは精神衛生上よろしくない。

 

 そんなわけで穏便に聴取した結果、いろいろなことがわかった。


 彼らは、ある商会の下部組織であるということ。

 その商会は、皇都に本店を構える大きな商会だということ。

 その商会は、裏で人身売買を営んでいるということ。

 

 そして、精霊を捕まえたのは全くの偶然だったということ。

 

 発見時、フィアルテは泣き叫んでいるばかりで、抵抗も何もなかったそうだ。

 やはり他の精霊の例にもれず、生まれたてだったのだろう。

 

 それで彼らは、その精霊をどうしようかと、商会に連絡を取った。

 すると幾人かの人間がやってきて、例の魔力遮断部屋を作ったらしい。

 

 そして彼らにこう命じた。

 時が来るまで、精霊を保管するように――と。

 

 今ここにいた魔術師三人は、そのとき置いていかれた――魔術を発動させ続けるために――魔法陣への魔力補充を行う要員だそうだ。

 

 

 「時が来るまで」とは何なのだろうか……?

 ……対応が決定するまでということか、何かを待っているということか。

 手元にある情報では、わからない。

 

 だが、僕が重視するべきは、そこではないのだ。

 

 重視するべきは、どんな相手であろうと。

 

 ――違法行為に手を染めていることであり。

 

 ――子供すら食い物にしていることであり。

 

 ――精霊を、もの扱いしていることである。

 

 そして、僕の怒りに触れたことだ……!

 

「はあ。クレアを置いてきて正解だったわ……。師匠のあくどいところなんて知りたくないでしょうし……。…………今のあんたの顔は、見せられないわ」


 僕が今しがた埋めた、地下室への入り口があった(・・・)場所を見ながらウェルティナは嘆息した。

 

「……そんなに怖い顔になってるかい、ウェルティナ? それにそんなあくどいことなんて、してないだろ」


 聞き取りの終わった人たちは眠ってもらい、文字通り悪夢を見てもらってはいるけれど……。

 あとは、もぬけの殻になった地下室を埋めたくらいじゃないか。


「……表情が抜けてるし、あんたの周りの空気がまるでカミソリみたいだわ……。それと、五日間悪夢を見続けさせる呪いは、あくどいものではないのかしら……?」


 そうか……? 普通にしてるつもりなのだが。


 そしてそれは、事が事だし仕方ないのではないだろうか。


「いや、ほら憲兵とかに突き出すにも人里に行ってからでないと転移させられないじゃないか。だったらしばらくおとなしくしていてもらった方が、僕らと彼らのためだろう」


 狭い小屋に全員押し込めたのは、悪いとは思うけれど……。


「もっと、穏便な方法があるでしょうが……!?」


 まあ、その通りだ。

 これは僕の、ささやかな怒りの発散である。

 

 僕が明後日の方向を向いて黙っていると、ウェルティナは小さく言った。

 

「……あたしたち(せいれい)のことになると、あんた熱くなりすぎよ。気持ちは分かるし、そのことは嬉しいけど……少し肩の力を抜いたら?」


 精霊であるウェルティナに言われるとは……。

 そんなに熱くなっているのだろうか、僕は。


「……わかったよ」


 だが、それもやむを得ないのかもしれない。


 ――精霊たちは、僕にとって無二の身内なのだから。

 

 その身内を害するものは、僕にとって敵だ。

 

 寒空の下で、僕は敵のいる方角を見据えた。

 

 

 

 



これからも拙作をよろしくお願いします。

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