17話 賢者の不意
僕は、クレアに歩み寄った。
「まさかの出会いだったな、クレア。……それで、契約を交わした感想はどうだい?」
クレアはフィアルテに向けていた視線を上げて、瞳に僕を映した。
「――師匠。……なんだか、不思議な感じです。今までなかったものが隣に寄り添っているのに……なにも違和感がないような…………むしろしっくりくるというか……」
そこで言葉を区切ると、彼女は腕の中の相棒をチラリと見る。
「ただはっきりしているのは……私のなかに、私ではない温もりを感じます」
クレアは、優しく微笑んだ。
僕は、それに一つ頷くと言った。
「……クレア。これからの君のすべては、その精霊と共にあるだろう。君の喜びも悲しみも、もう君一人のものではない。……なによりも分かちがたい契りを、君は結んだんだ」
契約を結んだ時点で、クレアとフィアルテは一蓮托生の関係だ。
ただフィアルテは生まれたばかりであり、クレアも修行の最中の身。
クレアならば大丈夫だと思うが、互いに正しく成長することを願うばかりだ。
……いや、僕が正しく導かねばならない立場なのだ。
師匠として、先達として。
そう思いなおす。
「はい……! もうフィアルテは、私の相棒ですから。……師匠とウェルティナにだって負けないコンビになります!」
そこまで言うなら――。
「……なら、そうだな。水の精霊と契約をしたのだから水属性は言うに及ばずだが、クレアの魔法・魔術の能力は全般的に上がったはずだ。なら……修行も見合ったものをしなければならないな?」
そう言うと、このひんやりとした地下の空気のなかにも関わらず、クレアは目を泳がせてダラダラと汗をかき始めた。
口から言葉を出そうとしては、閉じる。
そんなことを数回繰り返した後、絞り出すように言う。
「…………はい。で、ですが、お、お手柔らかに、師匠……」
「ああ。……釣りのときのようなことは、ないようにするよ」
僕は深く頷いて、宣言した。
するとクレアは俯いて、ブルブルと震えだした。
なにか、呟いている……?
僕は耳をそばだててみた。
――ぐすん……つれない……しっきん……ぐすっ。
あ、あれ、泣いてる……。
あのときのことが、それほど心の傷となっていたのだろうか……。
慰めなければ……。
これは、マズい――。
バッと周りを確認しようとしたときには、もう遅かった。
「あんたねぇ……! 無神経にもほどがあるわよ!!」
ウェルティナが目の前にいた。
その後は、まあお察しの通りだ。
……耳が痛い。
***
その後、僕たちは地下を出た。
近くには、結界のなかで眠っている子供たちがいる。
あの部屋から、直接外に転移させたのだ。
また書類なども、あらかた回収した。
小屋や地下にいた者たちは一か所にまとめて眠らせている。
……彼らには後で用がある。
クレアたちは一度、魔の森に戻すことにした。
契約を交わしたために、クレアには少しばかり時間がいるだろう。
フィアルテも、今は休ませるべきだ。
子供たちも、この極寒の地に放っておくわけには行かない。
魔の森に送ったほうが、安全に保護できる。
クレアが抗議の声を上げたが、フィアルテと子供を盾にとって諭した。
――そして一度、僕たちは魔の森に戻ってきた。
……なぜ、僕も一緒に戻ったのか?
それは、九人の子供たちを寝かせるスペースが僕の家にないからだ。
そこで雑魚寝になってしまうが、とりあえず彼らを寝かせられる箱を作った。
位置は家の隣、風呂小屋の反対側だ。
…………そう、家ではない、箱だ。
とりあえずのものだし、彼らをどうするかには目星はある。
……やわらかい布団も敷き詰めた。
だから問題ない――と自己弁護を試みた。
そんなことを考えつつ家に戻ろうとすると、側にいたクレアが話しかけてきた。
フィアルテは、彼女の部屋に寝かせてきたようだ。
「ここを一日も離れていなかったのに、なぜだか懐かしい気がします……」
そうだな……。
昨日の今頃に、ちょうどベーチェルが来たのだったか。
「いろいろあったから、そう感じるのも仕方がないさ。……僕も一日前は、クレアが精霊と契約するなんて思いもしていなかったさ」
一日というのは、何かが変わるには十分すぎる時間だ。
そう、わかっているはずなのに……。
人はいつだって、変わることを想像するのは難しい。
なぜなら、――今に特段の不満がなければ――人は変わらない日々を想うものだ。
そして突発的に起こる変化を、嫌うものなのだ。
無意識に、変わることを拒んでいる。
だから、普段はありえるとわかっているはずなのに、変化が起こると慌てふためく。
何かがあって、ひと段落すると、僕は思うのだ。
ああ、変わったのか――と。
そこで、ようやく思い出す――。
――変化は、いつだって起こり得るものだということを。
幾度、そう実感してきたのだろうか……。
……僕は本当に、学習しない。
「師匠、どうしましたか?」
いつの間にか、クレアが僕の前に立っていた。
「……いや、なんでもない」
視線を上に向けると、燦々と輝く太陽が天頂にあった。
そのため、手で庇をつくる。
視界には、秋の始まりらしい抜けるような青空があった。
「ちょうど昼時だから、食事にしようか。あと、彼らが起きたときも考えておかないとな……」
僕たちのものとは別に、胃腸にやさしいものも用意しよう。
「そうですね。起きたらお腹を空かせていると思います……」
空を見ながら、クレアも真剣な様子で考えている。
責任感の強い彼女のことだ、子供たちのこともしっかりと見てくれるだろう。
こういうことなら、アイラも頼りになるからな。
そのまましばらく、僕とクレアは空を見上げていた。
***
そうして僕とウェルティナは、また北の大陸に戻る。
「じゃあ、クレアとアイラ……ついでにベーチェルも。そちらは頼んだよ。僕はいろいろと片付けてくるから、少し時間がかかるかもしれない」
後処理とか、ドワーフの里探しとか――。
――――黒幕探し、とか。
「はい! 任せてください!!」
「どうぞ、こちらは心配せずに。賢者様」
「ぼくがついでとはなにさー、ついでとはー。そこは賢者ー、お願いしますでしょう?」
ベーチェルは、ブーブーと文句を垂れているが気にしない。
こんなことを言ってはいるが、頼まれたことは放り出さないやつだ。
「ウェルティナ、頼む」
「さっきの小屋ね。行くわよ!」
クレアたちに見送られるなか、魔法陣が広がる。
ベーチェルは手を振り、アイラはお辞儀する。
クレアは胸元を握り、こちらを見つめていた。
彼女の瞳には、一抹の心配げな気配があった。
……もしかしたら何か、気づくことがあったのかもしれない。
ここから先のことは、クレアに触れさせるつもりはない。
もろもろの予想外の出来事がなくても、彼女を遠ざけていただろう。
僕は、フィアルテを閉じ込めていた部屋を思い出す。
――なにせ今回の事態は、根深そうだ。
しかしそんな考えは押し込めて、僕は笑って手を振った。
そうすると、クレアも心配げな顔を引っ込め、笑顔になって手を振り返した。
……そう、これでいい。
そして魔法陣が輝き、視界が暗転した。
これからも拙作をよろしくお願いします。




