15話 弟子と精霊の邂逅
クレア視点です。
師匠を先頭に、私たちは進む。
辺りは重苦しい空気が充満していて、いつもはおしゃべりな精霊たちも無言だ。
そしていくつかの部屋を抜けた先に、目的の場所はあった。
「……ここだ」
師匠がそう言って立ち止まる。
そこは、殺風景な部屋だった。
――――ある二つのものを除いて。
一つは、地下なのに壁に設置されている大きな嵌め殺しの窓。
もう一つは、その窓の手前に書かれた一つの魔法陣。
それ以外はなにもない。
しかし、すべての問題はそこにあった。
窓の先には、こちらの部屋と同じ大きさの部屋が見えている。
そしてその部屋の中は、仄暗い青い光が上下左右から薄らと溢れて照らしていた。
光を発しているのは、その部屋の中のすべての面を埋め尽くしている魔法陣だ。
窓に嵌められたガラスの上にすら、その魔法陣の一部が描かれている。
そのおかげで、中の様子は見えづらかった。
だが、その部屋の中心にあるものだけは、よく見えた。
ウェルティナやベーチェルと同じぐらいの背丈。
仄暗い青色に照らされているなかで、その光を幻想的に反射させている背丈よりも長い髪。
そう、そこにいたのは精霊だ。
精霊は、こちらに背を向けるように横になっていた。
…………本当に、囚われた精霊がいるとは……!
私の胸中に、様々な思いが渦巻いた。
それが何に対してのものなのか……怒りなのか悲しみなのか、心配なのか安堵なのかすらわからなくなるほどに。
そしてそんな思いを抱きながら、私はその精霊から目が離せなかった。
なんだか、呼ばれている、ような……。
あの存在がなにか、かけがえのないもののように感じる。
私は吸い寄せられるように、窓に近づいた。
そのまま、窓に手をつく。
私とその精霊とを隔てるものがあることが、なぜだか無性に悲しい。
「クレ……い! ……もしか……霊が……呼ん……!?」
「……んか…!? ど……し…か!」
師匠やアイラの声が聞こえるが、なにを言っているのか聞き取れない。
ただただ、その精霊だけが私の目には映っていた。
私は、ここにいる……!
ここに、いるぞ…………!!
そう心の内で叫びながら目を閉じて、額を窓に押し付ける。
そして目を開けたとき、その精霊と目が合った。
寝ていたはずの精霊は、いま半身を起こして顔をこちらに向けている。
しっとりと涙を湛えていたその目から、大粒の涙が一滴こぼれた。
そのとき唐突に、私たちを隔てていたガラスが消え去る。
同時に、不快な魔法陣がすべて光を失った。
つんのめるように、私は前へ出る。
一歩一歩を、熱に浮かされたような足取りで歩く。
精霊もゆっくりとした動きで、私に向かって飛んでくる。
私たちは、いつしか互いに手を伸ばしていた。
私の胸に飛び込んできた精霊を、両腕で包み込む。
膝の力が抜けて、床に両膝をついた。
――腕の中の存在は、私の半身だ。
なぜか、そう思ったとき――。
真っ白に心が漂白されて、一つの言葉が浮かんだ――。
私は突き動かされるように、その名を口にする。
「――――【フィアルテ】」
小さく呟かれた名は、しかし確かに世界に刻まれた――。
眩い光が、足元から立ち上がった。
精緻な魔法陣が私と、精霊――フィアルテ――を中心に広がっていく。
そのなかで腕の中のフィアルテを覗くと、彼女もまた私を見ていた。
薄闇では分からなかったが、白い光の中で見る彼女の髪の色は、美しい露草色――明るい薄青――だ。
その身を包む群青の衣はゆったりとしたワンピースで、その裾は彼女のくるぶしまでかかっている。
見つめ合ったまま、フィアルテの小さな唇が開いた。
「――――クレア」
彼女が私の名を呼ぶと、周りの光がさらに強くなった。
「――――≪契りは、いまここに≫」
その鈴を鳴らすような声で、力ある言葉が紡がれた。
光が、私たちを包み込んだ。
それと同じくして、私とフィアルテの間に繋がりが生まれる。
すると私の中に、今までのフィアルテの哀しみと嘆きが流れ込んできた。
――いつの間にか、ひとりぼっちで……。
――気づいたら、閉じ込められてて……。
――暗くて……静かで……。
――寂しくて……寂しくて、仕方がない……!
いつしか私は、涙を流していた。
滾々と、目から大粒の滴が湧いてくる。
そんな私とは裏腹に、フィアルテは――目の端に涙を残しながらも――笑っていた。
見る者を和ませるようなあたたかな眼差しを、私に向けて微笑んでいる。
「――あったかいね……クレアは」
「――」
私は、なんて言えばいいのかわからなかった。
……安易な言葉を、彼女には言えなかった。
ただフィアルテにだって……これからたくさん……。
たくさんの、嬉しくて楽しいことが……あたたかな幸せが、あるのだ…………!
そう願い。
そのためになら私は、この力を尽くそう。
たとえ、それがちっぽけなものであっても。
そう誓う。
そんな私の心は、繋がりを通してフィアルテに届いていた。
彼女は、一層嬉し気に微笑んだ。
「……クレア、ありがとう。……これから、よろしくね」
私は強く、強く頷いた。
「ああ、うん……もちろんだ。これから、よろしくたのむ……!」
そう言うとフィアルテは、ホッと息を吐く。
「……ねえ、クレア。……なんだか眠いから……わたし、少し眠るね」
フィアルテはトロンとした目になりつつ、そう言った。
「わかった……安心して眠るといい、フィアルテ」
私は、そう言って笑おうとした。
だが勢いこそおさまってきたものの、まだ涙は流れて続けている。
……たぶん私は、とてもひどい顔をしていた。
けれど、フィアルテは私の言葉を聞いて「……うん」と頷く。
そして体の力を抜くと、目を閉じた。
「……おやすみ、フィアルテ」
私のその言葉に返ってきたのは、静かな呼吸だけだった。
これからも拙作をよろしくお願いします。




